|
今日はCumanda(私たちが3/11までに読まなければいけない本)の途中経過の口答試験と、中級の下クラス(Intermedio
bajo)に上がるためのちょっと大事な試験がある。そのために、私たちのクラスは昨日のエクスカーションに行けなかったのだ。エクアドルの伝統的な占い師(呪医:シャーマン)を訪ねるという、かなり興味深いこのオプショナル・イベントに、私はかなり行きたかったのだけど。帰ってきたジュリーに話を聞くと
とても面白かったらしい。生徒を代表して誰か二人が占ってもらうようになっていたのだけど、一人はジョンセバスチャンで(もう一人はデニス?)、シャーマンはにわとりやクイのお腹を割って
中の臓器の様子で彼のことを占うのだという。ジョンははだか(トランクス一枚)にされて、全身に油をぬられ、シャーマンがクイをしめてクイが「キューイ、キューイ」と絶叫する。そしてなんとジョンの体を炎がつつみ、彼は体毛が少しこげてしまった。そしてクイのお腹の中の様子で占いの結果は「too
much sex」だったらしい!?彼はこれから3日間のあいだお酒とたばことsexを禁じられた。でないとこのままでは32才でインポテンツになると診断されたらしい!は!
そして帰りのバスが故障して、乗り換えたバスがパンクして、ジュリーは9時すぎにやっと帰ってきた。
とまあ そんなはちゃめちゃなイベントにも参加できずに私たちは勉強し、今日の試験を迎えたのだった。
Cumandaを読むのは、かなり大変な作業(今の私にとっては読書というよりまさに「作業」だ)で、3/11にはプレゼンテーションをしなければいけないというのに、ページは進まず
日にちだけが過ぎていくといった感じ。
読書は大好きなんだけど、このCumandaというスペイン語の本を読むのはちょっとばかり勝手が違う。何しろ単語が分からない。一ページの中に分からない単語が何十個もあり、それを辞書でいちいち調べてから読んでいくのは困難を極める。数ページ読むのに何時間もかかったりするのだ。単語さえ分かれば苦労はしないのに。その膨大な単語を辞書で調べるという作業が私にはとても苦になるのだった。
今回も、38ページまで読まなければいけないところを、21ページまでしか読めなくて、口答試験直前にクリスやkanakoと情報交換をしあってなんとかクリアした。レベルアップのための試験もそう悪くないと思う。ともかく二つの試験が終わってすっきりした。
お昼にマルセロ(イタリアーノの38才)と話をしていると、なんと彼は今週で終了し
日曜には国へ帰るのだそうだ。トータルで3週間。とても短い...。感じのいい人で、私はよく話していた。残念だ。
その彼が明日 Mitad del Mundo(赤道記念碑)に行くらしい。
私はまだ行ったことがないし、マルセロは最後だし、一緒に行くことにした。kanakoのルームメイトのメラニンもここには行きたがっていたので
誘うことになった。彼と3人でいつものエクアドル料理のレストランへ行き、詳細を打ちあわせて別れた。明日10時に アメリカ・コロン(通り)で待ち合わせだ。
Spinはイレーネ。街角で使われている言葉を習った。
最後には「とっても悪〜い言葉」を習った。英語でいえばサナバビッチ!といったところだ。私たちがお願いしたのでいくつもいくつも教えてくれて、盛り上がって面白かった。こないだは子ども向けのスペイン語のかわいい歌を教えてくれたし、彼女はすっごくキュートだ。カルナヴァルの時には、通りに面した自分の家に大きなタンクにいっぱいの水とともに待機して、通りを人が通るたびに水をかけてカーニバルを楽しむわ!と言っていた。
Spinの後、いつものように売店でカフェコンレチェ(ミルクたっぷりコーヒー)を頼み、イサベルに英語のクラスのことを聞くと、すぐにジェームスに連絡をとってくれて、私は3時にジェームスと話をした。併設している英語コースについて詳細を教えてもらった。しかしレベルによって少し異なってくるらしく、私のレベルを知るための筆記試験と口答試験、そしてクラスの見学をするのは無料だった。ジェームスが「早く英語を上達させたいのだったらできるだけ早く始めるに越したことはないし、もし時間があるのだったら試験を今日にでも受けてみるのを勧めるよ」と言い、EFで英語を勉強するかどうかは別として、私は試験を受けてみることにした。
最初は易しく、だんだん難度が上がる。最初にここに来た時に受けたスペイン語のレベル試験と同じだ。でもあの時より少し分かった。
半分ほど終わった頃、ふいに誰かが入ってきた。なつかしい声がした。え、まさか、まさか。それはLeninだった。
「Junko!」私はびっくりして、「ハーイ」としか言えなかった。ほっぺをくっつけて挨拶をして、私はまた英語のテストに戻ったが、心はどこかに飛んでしまい、うわの空、全然集中できなかった。それからの半分にはおかしい位
時間がかかった。
LeninがいるとEFが明るくなる。雰囲気が変わる。
皆が何となくうきうきし、彼がいるところに笑い声がうまれる。
彼は不思議な力を持っている。
筆記試験を終わり、口答試験までの間に、カフェにいたジュリーのところに行って「彼に会った!?Leninに!」私はジュリーに写真を見せて、今までのことを話していたのだ。
「Junko、頑張って!彼と話さなきゃ。そして彼をこっちに連れてきてよ!」とジュリーは励ましてくれる。だめだめ、まだ心の準備ができてないよ、と言っている間にLeninが来てくれて、
「Junko!」と私をおどけてつついた。
そして何を話したっけ。
本当に驚いた!と言って、彼はグアヤキルから戻ってから病気で寝ていたんだ、と話してくれて、そして、
「Junko、君は僕らの日本語のクラスのこと、覚えてる?」とLeninが言って(私はもちろん覚えていたに決まってるけど、何と答えたか全然思い出せない)、彼は日曜から二週間オリエンテに行かなければならなくて(彼の新しい仕事は観光客相手の旅行代理店のガイド)、でもその後は自由な時間がとれるから、EFに来て君を探すよ、その時にまたどうするか話そう、と彼は言った。もっといろいろと話したけど、あんまり覚えていない。
彼が行ってから、ジュリーが、
「OK、彼は何て言ったの?何を話したの?さあJunko、通訳をして!」と言って、私はジュリー、マレタ、スティーブの3人の前で、英語でたどたどしく説明した。
I was quite happy.
口答試験は2階の英語コースのオフィスであったけど、途中で騒がしい歓声が起こる。私の試験官をしていた英語の先生がドアを閉めに行って、
「今日はLeninが来てるからもう大変!」と言った。私が口答試験をうけているとき、彼は後ろの部屋で他のいろんな人に挨拶をしていた。
(今日はまたいろんなことが起きたから日記を書くのが大変!)
試験の結果、私の英語のレベルはIntermedio Altoにほぼ達しているんだけど、完璧というわけじゃないので、Intermedioの方がいいということになった。6段階で5に近いけど4というわけだ。もしも私がどんどん上達してレベルが達したら上にあがることもできる。
月・水・金の16:30-18:10と、会話のクラスが火・木の18:00-20:00と土曜の9:00-13:00。一つのレベルが終了するのは4か月らしい。費用は全て込みで284ドルだけど、若干ディスカウントされて、271ドル。
4か月間英語に毎日接して包まれて、この値段というのは悪くない。エクアドルの感覚で考えると決して安くないんだけど、思っていたよりも手の届く値段だった。EFだからもっと高いかと思っていた。
日本円にしてみると約3万円。
日本でNOVAなどに通うのがよく30万/数カ月位かかると聞く。
これって比べてみると分かるけどすごく安いんだ!
(今気づいた。)
通わない手はない。同じ学校で勉強できるのはとても都合がいいことだし。決めた。私はEFで英語のクラスを受けよう。
どんどん夢に近づいている自分がいる。
可能性を広げるために、自分が今できることをことをやるって、何てすてきなことなんだろう。
夜はkanakoが紹介してくれた、日本大使館主催のピアノのコンサートへ一緒に行った。演奏されたのは全て日本の曲だった。エクアドルで日本の曲が演奏されるのを聴くのは感慨深かった。
アンコールは「夕焼けこやけ」うちの家族にもゆかりのある歌(*注1)で、心にぐっときた。
スイスホテルの日本料理店「楽しい」のシェフ、谷田さんとも知り合えた。
「あなたのうわさは聞いてましたよ」!?
EFの生徒が、とある場所で彼と出会い、私のことを話したらしい。
「あなたにbeautiful panchと名付けられた男の子ですよ」
!!サベスだ!!自分の名前が自分の知らないところで一人歩きしているのは面白い。
本当に今日は、印象的な出来事でぎっしりつまった日だった。
<2002.2.28日記より>
|