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Mitad del Mundo(『世界の真ん中』:赤道記念碑)に行った。メラニンは今日の午後2時に家にいなければいけないので来れなくて、マルセロと二人だったが、バスに揺られながらいろんなことをスペイン語で話して行った。
メラニンは来週にはオーストリアに帰るのだけど、この国で仕事を探しているのだそうだ。もし見つかればもう一度エクアドルに来て
1年程滞在したいと考えていて、その仕事のコネクションの電話が今日2時にかかってくるのだ。
私にとっても大変興味のある話だ。
私も帰国が近づく頃に この国にもっといたいという気持ちが強ければ、きっと仕事を探すだろう。
今のところ私は12月に帰国を考えている。航空券の期限が 2002年12月31日までなので、最大限にいたとしての可能性だ。12月4-6日のキト祭の後になるだろうと思う。そしてもし、この国で仕事をしたいと願い、仕事が見つかれば、一旦帰国した後に就労ビザをとりなおして再びこの国に来るだろう。
だけどどういう道を選ぶにしても、ここで過ごす1年間の日々が、私の人生にとても大きな意味を持つことは確かだ。
Mitad del Mundoでは、やっぱり北半球と南半球にまたがって写真を撮ったあと、コロニアル時代のミニチュアと資料が集めてある小さな博物館に入った。植民地時代のキトの街(現在の旧市街)が模してあり、やがて陽が暮れて
夜が訪れ、家々に灯がともり、そして街が眠り 再び 朝が来る。その様子がとても自然で幻想的で、私はマルセロに、もう一日分見たいな
と言って二人でそこにとどまった。
当時のことに思いを馳せた。
全く違う世界から遥かなこの土地へ 全く違った人々がやってきて、街をつくりここに住みついた。原住していた人々と争いがあり、ある者は戦いに倒れ、ある者は病をうけて命を失い、ある者は屈辱を強いられ
ある者は愛を育み、共に生きて今に到るのだ。
全く違った容姿、文化、性質... 異質なものが出会い、反発し、混じり合い、この多様性がうまれたのだ。
そして私も東の果てから この国にやってきた。
この国の人たちとは全く違った容姿の外国人としてここにいる。
全く異質な文化を持った異質な人間と捉えての反発、異和感、
そしてより大きな興味と好奇心、外国人に対する好意を常に肌で感じてこの国で生活している。
外国人としてではなく、私という一人の人間を伝え、
今まで違う文化の中で暮らしていた人々とより深く理解しあうために、同じ言葉を話すことは必要だと強く感じる。
それから また新しいものがうまれるのだろう。
新しいことが始まるのだろう。
違いと違いを融合し、多様性という懐の深さとどこまでも広がる豊かな可能性を含んだ世界を、自分たちで創り出し 生きていくことができるのだろう...きっと。
<2002.2.23-24日記より>
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