JUNKOのエクアドル留学日記(仮)
 日本をよいしょと飛び出して、海を越え未知の南米大陸へと足を踏み入れた「私」。その留学生活はかなりハードでトラブルだらけ!しかし何もかもが新鮮で、アンデスの高地を照らす太陽のように輝きに満ちたものだった。

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 まさか教会に行ってあんなに涙が出てくるなんて、本当に思わなかった。
昨日kanakoのファミリーとミサに行った。私が行きたがっているとkanakoが家族に言ってくれたのだ。ニーニョ(子ども)のなんとかといって、子どものキリストを祀っている教会だった。だからなのか、賛美歌はとても明るくて陽気な雰囲気の歌が多かった。知らない歌だけど 繰り返しがあるので何となく一緒に歌える。すごくすてきな雰囲気で、私は教会に行ったことはほとんどないけれど、きっとお国柄があらわれているのだろうな、と思った。

kanakoも言っていたけど日曜日に家族そろってミサに行くという習慣の、温かさみたいなものを感じたし、南米のこの国に宣教師がやってきた頃のことにも思いを馳せた。
私がエクアドルに来て、エクアドルの人々と一緒にこの世界を讃える歌を歌う。この世界の不思議と向きあう時間を共有している と思うと、幸せがこみあげた。

 ある、何曲めかの歌を歌い出した時、ふいに胸がつまった。
その曲は、私がとてもとても好きな感じの音楽だった。
教会に入った時、キリストの像を見てお兄ちゃんの死を思い出していた。そしてその曲が流れだしたとき、私はやりきれない思いになった。
お兄ちゃんはどうして死ななくてはならなかったのだろう。死ななくてもよかった。お兄ちゃんは生きていて、もっと幸せを、この今の私のような幸せをその胸に抱いては どうしていけなかったの?私はお兄ちゃんにここにいてほしかった。
この世界のすばらしいものをその感性で味わって豊かでやわらかい幸せに、包まれて生きていってほしかった。
もっともっといろんな場所に行っていろんなものをその目で見れたのに。そう思うと本当に悲しくてやりきれなくて、涙があとからあとからあふれてとまらなかった。
すごくがまんしていたけど、とうとうkanakoの胸にもたれて えんえんと泣いた。涙はとまらなかった。悲しくて悲しくてしょうがなかった。
教会という場所は、悲しみをうけとめてくれる場所なのかもしれない。
今ふとそう思う。

 

<2002.1.13日記より>

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