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今日はどうもいけない日だった。
朝のナルシッサのクラスはお腹が痛いなりに、いや痛いけれどもいつもより何だかよく分かった。コールニーと一緒に話すレクチャーがあったけど、スペイン語でとてもスムーズによどみなくコミュニケーションがとれ、ナルシッサに言われた以上のことを二人でたくさん話して、とても面白かった。
午前の授業は有意義だ。ナルシッサは教え方も授業の進め方もとても上手くて、私は自分がどんどん話せるようになるのが分かる。
クラスの後で、昼食を食べながらナルシッサとkanakoとしゃべったのも楽しかった。
しかし、昼休みにまたお腹が痛くなってきて、もう一度薬をのんでしまった。朝ものんだのだが。
そしてむかえた午後のSPINはヨランダというあんまりはっきりしゃべらない先生で、はっきりいって教え方はうまくない。生徒の心をつかむのも下手だ。こんなことを言うのはいけないのかもしれないが、私はもしかしたら教師を見る目が厳しすぎるのかもしれないが、今日は何だかイライラしてしまった。衣類のボキャブラリーを覚えるのに、はさみで人形をチョキチョキと切って、衣類をわざわざ着せながら「マリアはシャツを着ています」とか言わなくてはいけないのだ。しかもカースティンはわざわざ服を着せ、どんどん脱がせていくというエロオヤジぶりを見せるしまつ。私も何にもなかったら笑っているのだろうけど、今日は無理、笑えない。
そんなもんで、私は大分いらだっていた。
紙を渡されて覚えてこいと言われれば覚えてくるのに、なぜこんな幼稚園児のようなことをしなくてはならないのだろう!
みんなにもさとられる程にイラだってしまった私は、ちょっと悪かった・・・。全く虫の居所が悪い日みたいだ・・・。
ごめんなさい・・・。
そしてSPIN後、卓球大会をずっと見ていたが、私がいろんな子と早く友達になりたいと思うあまりに、少し、あせってしまった感がある。
今日のように、感情をあまりコントロールできない日は、はっきりいって引き際が肝心なのだ。
私が不安定になったのにはもう一つ訳がある。
Leninとのことだ。朝の休み時間に、Leninが話しかけてくれた。オタバロの日に私が感じたのは気のせいではないことが分かった。私たちはお互いに意識してしまっている。
でも、オタバロの最後に、Leninは皆の前だったからか、学校という仕事場に着いたからか、アクティビティ・コーディネーターが生徒に接するように接した。それで私はすぐに、そうだな、と思い、一生徒としてあいさつをして帰ったのだ。
今朝も、必要以上に親しくしてはいけないと思い、わりとクールに彼に接した。でもそれからLeninはなんだか傷ついたかのように(?)、いつものようにフレンドリーに話しかけてくれなくなった。
私もどういう風に話しかけていいか分からなくなり、Leninがどこにいるかを目で追っているくせに、普通に話すことが難しくなった。
これはいけないと思い、生徒が疑問に思ったことをアクティビティ・コーディネーターにたずねるように(つまり私がLeninのことを意識する前のように)いくつかのことを聞いたりもした。でも......ぎこちないのだ。私はすっかり悲しくなってしまった。
そういうわけで、なんだかどうもいけない日だった私は、その気分を変えようと、いつものネットカフェに向かった。もう顔も覚えてくれた、一見怖いけれど実は優しいお兄さんたちのいるお店だ。kanakoと一緒に来て四苦八苦したので、顔なじみになった。これから一年間通い続けることになるだろう。
そのカフェでこの気分をたちきろうとした。
訪れた時はなんかやっぱり沈んでいた。
メールを覗いて、何通かのメールを読んだ。友達や、大好きな人たちの優しい言葉が身にしみた。
そして自分のホームページ(Esperanza、つまりここですね)を開いてチャットに返事を書いていると・・・ふいに誰かがチャット上にわりこんだ。
それはドイツに留学している私の友達だった!!待ち合わせもしていないのにこんなことは初めてだ。偶然通りかかったといっていた。すごすぎる!
そしてドイツとエクアドルでチャットをした。
これは私にとってはとてもとてもうれしい出来事だった。
留学の先輩である彼は適切なアドバイスをしてくれて、彼と話せたことで本当に今日のダメな気分をたちきることができた。
がんばろう!と家路についた。
私は私。他の誰でもない。心をオープンにしよう。
可能性にチャレンジしよう。飾る必要はない。
私を、もっと、もっと自由にしてあげよう。
明日、Leninに、サルサのクラスに興味があると伝えに行こう。
踊りたいのならやってみよう。
興味があることにチャレンジしよう。自分を制限しないでいよう。
自由に、自分を表現していこう。
<2002.1.14日記より>
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