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今日は水曜日なんだけどフィエスタがある。アルトル(確かドイツの男の子)とベッキーが国へ帰るのだ。ベッキーは7日から来たが、2週間しかいられなかった。そういう予定だったのだ。2週間はすぐに過ぎてしまう。アルトルは3か月いた。別れはさみしい。
夕食のあと、マリアにフィエスタがあることを話して、TAXIでレジデンシアに行った($2.50)。
寮ということだが、私が想像していたようなものではなく、大きな家、という感じだった。そこにガブリエラやベルト(ベルギーの男の子)やアルトル、グレゴールとレナート(マチュピチュに行っていて最近帰ってきたドイツ人の男の子)、グリルとサベス(このノルウェーから来た二人はやっぱり恋人同士だった)と他にも誰かが住んでいる。食事をつくったりいろいろ世話をしてくれるエクアドル人の家族も同居しているみたい。
部屋も、グレゴールとレナートのを見せてもらったが なかなか快適そうだった。ガブリエラによると、みんなで一緒に朝食を食べて一緒にバスに乗って学校へ行く。とても楽しいらしい。ホームステイとはまた違ったよさがあるみたい。
でもみんなSEXに対して大らかな子が多いというのがびっくりした。私が寮を探険しようとグレゴールと2階へ行こうとしていると、ジョンが「SEXはなしね」と言う。グリルとサベスの部屋をノックすると、「今やってる最中なんだよ!」と中からサベスがどなった。やれやれ。
みんなでたくさん飲んでから、ディスコテカへ移動した。
私はもうこの前みたいなCHUCHAQUIはごめんなのでセーブしたが、それでも結構飲んでしまった。キトは2850mの高山にある街なので、アルコールの回りも早いのだ。ディスコテカはわりと暗く、この間のところの方がよかった。でもレゲエが流れたりして、踊ったり話したりして楽しんだ。
帰りはTAXIをキャッチして、イムケ(ドイツの女の子)が「1人しか乗らないし、彼女は日本から来てるんだから2ドルにしてよ」と交渉してくれて、3ドルのところを2ドルにしてもらった。
ところがこのタクシーの運転手がとてもいい人だった。
かなりいろんなことを話したが、話が盛りあがって、「サングリアを飲むかい?」と彼(○○・カストロ氏・28才...というがどうみても38才くらいにみえた)が言って、OKというとセニョール・カストロはお店でサングリアを買ってきて、二人で何回も乾杯して飲んだ。ラジオの音楽でサルサも踊った。恋人はいるかいというので、私はお酒に酔った勢いもあって「いないけど好きな人はいると思う」と言ってLeninのことを相談した。彼はとても親身になって相談にのってくれて、私が、
「前は向こうも私を好きでいてくれてたと思ったけど、今はよくわからないの」と言うと、
「大丈夫だよ。大事なのはたくさん話すことだよ。君もスペイン語でどんどん話せるようになって、そしてきっとLeninと君はうまくいくよ」と言ってくれて、その言葉が何だかうれしかった。私がせっかくオタバロに行ったのにCHUCHAQUIになって何も見れなかったことを話すと、今度案内してあげるよ
と言ってくれて、「800-800」に電話して○○・カストロを呼び出したら僕がすぐかけつけるよ、と言った。ファーストネームは言っていたけど忘れちゃった。
私が乗ったのが2時くらいで家に帰ったのが3時だったから、1時間くらい一緒に話していた。彼は3時に仕事が終わると言っていて、何と代金の2ドルも、いいよ、いらないよ
と言って受け取らなかった。本当に、こんなのはめずらしい、本当にいい運ちゃんでした。
マリアに次の日に言ったらびっくりしていた。私も
「たまたますごくいい人だったけど、今度からは気をつけます」と約束した。
帰ってすぐ寝て 次の日起きたら8:45でびっくり(*注1)!急いで準備して学校へ行って、今日はエクアドルの小学校を見学に行く日で、軽く二日酔いだったがとてもいい体験をして有意義に過ごせた。写真もたくさん撮って、子どもたちともたくさん話した。私はすごく子どもが好きだとあらためて感じた。
その小学校はバスで小1時間ほどかかるところで、帰りはさすがに疲れて、今日は赤道の講議がある日だったけど、行きたかったけど
帰って寝た。
<2002.1.16日記より>
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