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3週間の北九州生活から戻ってきました。
うまく言い表せるか分からないけれど、たった3週間とは思えない「怒濤の日々」でした。(この表現が大げさでないところが怖い..!?)
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私はスペイン語が大好き。生きていく上で幸せを感じる瞬間がいくつかあるとしたら・・・、
たとえば時間を気にせず何にも制約されず、ちょうど良い温度の安心な部屋で、肌触りのいい布団とタオルケットにくるまって眠る瞬間とか・・・、
あるいは美しいハーモニーを創るという共通の目的、ただそのためだけに大勢の仲間が集まり一つになる瞬間・・・。
文章に携わってなんらかの需要に応じて推敲をくり返し、結果的に自分の納得のいくものに仕上がる瞬間・・・、
数えていけばきりがなく、こういった時がいくつもあることにまたうれしい気持ちを抱いたりもする。
そして私にとってスペイン語に包まれてコミュニケーションをしている時というのは、自分のなかで5つの指に入る大好きな時間なのだ。好きなことは苦にならない、私はとくにその傾向が顕著だ。
そんな私が今回の仕事の中で、
「これは絶対無理だ!今の私にはできっこない!」と何度思ったことか。
スペイン人のトーマス教授から事前に聞いていた話では、仕事自体は大変ではなく、日常会話ができれば大丈夫、ということだった。船のエンジンについて授業をする先生は通訳を使い慣れているので分かりやすい日本語を心がけてくれるし、使用するテキストも日本語とスペイン語がダブル表記されたものなので、通訳のために特別に専門用語を予習しておく必要もない、ということだったので、私はすっかり安心してその他の(北九州でしばらく暮らすための)準備を整えることに重点をおいていた。
ところが仕事の初日、3cmはゆうにあるプリントの束をどん!と渡された。内容は全て日本語、しかも日本人の私が見ても内容がすぐには理解できないような、機械やエンジンや電気に関する専門的な用語と難解な表現で、船の複雑なしくみや理論についてびっしりと書かれたテキストだった。そして先生の第一句は、
「えー、船舶における熱機関について外燃機関と内燃機関、まず内燃機関の概要について。船で主に使用するのはこの内燃機関・・・」
その時の私の様子はきっと簡単に想像がつくと思う。そして多分その通り。
私は内燃機関というのがつまりいわゆるエンジンを指すということばかりでなく、スペイン語でエンジンという単語は何なのかさえ知らなかったのだ。
その日は午前中だけだったが、今から思い返してもあれで給料をもらうのは申し訳ない(いやもらうものはもらうけど!)、とにかくボロボロ。。だった。やはりショックで、終わったあとにトーマスさんに電話をし、
T「どうでした?」
私「いやー、すっごく大変でした」
T「え?そうですか?でも3日くらいで多分慣れますよ」
私「え!そうなんでしょうか?まぁ、楽しかったですけど」
私もヘンな子だ。あんな状況でも、それでも楽しかったと言えるのだから。足りないものだらけの頭の中で自分の持っているものを総動員して生徒である彼らとコミュニケートして協力を得て一緒に考えて、先生にも随分助けてもらって、理解の数値をゼロ、いやマイナスから引き上げていく(なぜマイナスかというと、私は自分の物理学に対する適性のなさに高校1年の時に気づいて以来「物理」との接点を自ら捨ててしまっていたから。私の人生においてもう二度と「物理」と出会うことはないだろうし、その必要もないことを確信していたのである。それがまさかこんな形で覆されようとは・・・。)。自分の仕事としては全く納得できていないものの、それでもその状況で感じたことは苦痛のみではなかった。
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しかしトーマスさんもかなりのものだ、話が全然違うのに『3日で慣れる』とは..そんなものなのかしら、と思いつつ授業の準備にひたすら時間を費やした。自分に足りないものは分かっているし、もしやらなければどういう状況になるかも充分に思い知っているから必死だった。とはいえ限られた時間でできることはたかが知れている。最優先事項として、通訳をしていて頻繁に使うのにどうしても言葉が見つからなくてもどかしかった単語(たとえば「噴射する」「中を通って」「伝わる」「膨張する」など)を調べてすぐに使えるようにリストにしたり、次の授業で扱う内容の機器や部品の名前を調べたり、といったことぐらいだったが、専門の辞書を持っていないためかなりの時間がかかった。
途中でその日の授業を終えたトーマスさんから電話がかかった。
「ごめんね!!僕は全く知らなかったんだけど、去年までと状況が全く違っていたね!先生も新しい人に替わっていたし、テキストも今までの対訳付の本ではなくなってた。ものすごく大変だったんじゃない?本当にごめんなさい!でも、彼らに聞いたら君のスペイン語には問題ないし(そんな筈はない!←私の心の声)専門用語は先生がスペイン語で知ってるから、問題はないって言ってたよ。」
問題がないわけはないのだけれど、とりあえずあの状況が通訳の仕事としてはレベルの低いものではなかったということに、少しだけホッとした。私にとって信じられないくらい難しかったんだけど何しろ通訳の仕事をするなんてこれが全く初めてなのだから、普通どれだけの難易度があるのかということも私には分からない。
これより少しあとになって、すごく大変な時にちょっとトーマスさんに弱音をこぼした。その時彼は「心配しないで、この仕事は誰にとっても難しくて他の通訳だってうまくやれていなかったりするんだ。だってこの仕事は通訳としてはかなり難易度の高いもので、みんなそのことを分かっているからね」と言っていた。
あとで他の通訳さんやいろんな人にも話を聞いた。プレッシャーとしてはもっと大変な通訳の仕事もある。たとえば政府関係者や外国のVIPの会議の通訳や、大きな会場でマイクを持たされて大勢の前での通訳、カメラがまわっていて記録に残ってしまう通訳など・・・。
でも専門用語としての特殊さや、打ち合わせなしに先生が日本語で話される内容をリアルタイムでスペイン語に訳し、生徒さんと先生の質疑応答の同時通訳をし、理解をしてもらう、この状況は通訳の仕事としてはハイレベルなものである、と私以外はみな経験豊かな通訳さんたちが異口同音におっしゃっていた。
わかりました・・・。日常会話に毛の生えた程度の私がどんな場所に来てしまったのかということが。
というわけで、私の今回の北九州生活は毎日が非常に濃い、冒頭に書いたような怒濤の日々になったのだった。
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それからは、仕事が終わるとマンションに帰り、準備、準備、準備・・・。交替で仕事をしているトーマスさんが授業が終わると電話をくれて、例の分厚いプリントのどこまで進んだのかを教えてくれる。朝方まで勉強して寝ると6時15分には目覚ましが鳴る。休日には睡眠をまとめてとるが、目覚めればまた次の授業の準備、初めて住んでいる北九州の街をエンジョイする暇もない。。
しかしおかげで今までまったく知らなかった機械のことについて詳しく知ることができた。スペイン語の語いもみるみる増えた。燃料、ピストン、シリンダー、ボルト、造水機、蒸留機、冷却水、潤滑油、等々・・・。それはまるで私にとって船のエンジンや機械、物理的な学問を、スペイン語で一から勉強しているようだった。
私が通訳を担当したのはアルゼンチンとチリからの生徒。彼らはそれぞれの国で日本水産系列の会社で実際に船に乗って長年航海をしている。アルゼンチンのアルフレッドは8年の経験を持つ29才の機械整備士。チリのグスターボは21才のオイラーマンだが船に乗ってもう3年だった。彼らの船に対する知識はとても豊富で、先生の話を通訳していて機械の構造などで分からない部分があると私の方が逆に彼らにスペイン語で教えてもらうことも多かった。とにかく苦手な物理と、縁のなかった機械のことなのに、勉強しているうちに不思議と興味が出てきて面白くなってきた。
しかもこの仕事ではスペイン語において今まで私が足りなかったり苦手だったりした部分が求められている。つまり専門用語のボキャブラリー、日本語をスペイン語になおして喋るということ、それから確かな文法だ。
もっと私の得意な分野に重なっていたなら少しはましでもあったろうけれど、逆にいえば足りない部分をスパルタで鍛えられる、これほど私のためになる状況もなかった。
私は毎日必死で(やっててもそう見えないらしい)自分のできることを精一杯やっていたのだけど、今の私のレベルではどうしようもない部分もあり、いつも自分が歯がゆかった。
トーマスさんは「今必死で全てを完璧に勉強しようと思わないで、今年は初めてなんだからとにかく慣れて、経験を得ることを考えなさい。」と言ってくれていて、そういう意味では私は今この仕事がやれていることをとてもうれしく思っていた。知らなかった世界をしることは本当に大変で抵抗があるものの
興味深く、自分が広がっていく気がする。
しかし私がいつも気になっていたのは生徒であるアルフレッドとグスターボのことだった。
私の今回のボス、もう一人の通訳のトーマスさんは日本に来て10年ほど、日本語はとても流暢で難しい漢字もすらすら読みこなす。船やエンジンについてもとても興味があるそうで、ヨットのインストラクターの免許も持っているほどだ。この日本水産での通訳の仕事も8年ほど前から毎年やっていて慣れたものだ。そんな彼と私は交替で通訳をしているのだ。
トーマスさんの完璧な通訳と私の仕事は比べものにもならなくて、きっと彼らはずいぶん我慢しているのだろうなと済まなく思っていた。
でもある日の通訳で、いつものようにちょっとしたことで3人で笑ったあとで、
「だから昨日、君の通訳が僕らは恋しかったんだよ」とアルフレッドが言った。「え?」トーマスさんの通訳には彼らは何の文句もないのかと私は思っていて、確かに通訳は完璧だと彼らも言っていた。でも、「彼は通訳しかしないんだ」
トーマスさんは真ん中に座ってひじを広げて(彼は大きいから)、通訳をするとタバコの煙がけむってきて苦しいのだそう。彼らは二人ともタバコは嫌いで吸わない人たちだ。
そして彼は先生が言うこと、本に書いてあること、すべてを完璧に通訳するけど、「退屈だよ」と彼らは言う。それにひきかえ君は通訳はポチポチだけどいつも笑ったり冗談言ったり・・・
でも、彼との方がよりよく理解できるでしょ?と私が言うと
「同じだよ!」だって君がある程度の言葉を言ってくれたら僕たちはそれを自分たちでつなげて理解できるから、と二人は言った。
「ありがとう...あなた達のその言葉に私はずいぶん助けられるよ!」
本当にうれしかった。今はこれが私の精一杯だけど、こんな私でも彼らが授業を楽しく受けて理解する手助けに少しでもなっていると思うと、力がわいた。
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過ぎてみればあっという間だが、仕事をしている時にはとても長く濃く感じられた。今の私の力ではどうしようもなく及ばない部分があるのも、無理ないけれど悔しくて、うまくやれればこれほど私にとってやりがいのある仕事もなかなかないはず、と思いつつ・・・毎日が怒濤のように過ぎていった。そのうちにまだまだ力足らずながらも少しずつ形にはなるようになってきて・・・。
授業の最後の日に、先生が私たちを機械の置いてある部屋に連れていってくれた。
今まで3週間みっちり勉強してきた機械が目の前に実際にある。これは私にとっては感激だった。3週間前まで、私は機械のことについて何も知らなかった。ほとんどゼロに近かった。それが今や船のエンジンや造水機、冷凍装置などの各部分の名前や、その仕組みまで多少は分かるのだから!私はうれしくなって次々に質問をした。実際の機械のいろんな細かな部分にいちいち興味をそそられた。自分が通訳であることを忘れそうになるほどだった。
そして仕事を終えた今、振り返ってまだ書きたいことが山ほどある。この仕事と北九州での日々は私にとってとても大きな影響を与えてくれた。
それは私にとってとても大切なことだけど他の皆さんが興味のあることかは分からないから。。
話せばまだまだつきないのだけど、とりあえずこんなところで。
・エネルギー消費の問題(水、電気、燃料)
・機械を知らなかったがゆえの不安
・世界にはまだまだ私が知らない分野がたくさんある
・しかもその各分野を極めている天才・秀才達がたくさんいる
・彼らは日々研究を重ね人類と地球のよりよい将来のため、人々の安心な生活のために貢献し、その努力は着実に実を結んでいる
・そして私個人の人生の問題、自分を自由にすることについて
・可能性について。自分の力量で生活をしていくことへの希望と安心。人を愛して新たな家族を築いていくこと。
・能力の把握。磨いていくべき部分と、すでに持っていて長所として認識していい部分。。
2003.6.30
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