TRPG改造論[思考実験]

 RPGはわかりにくいものである。海のものとも、山のものともわからないものである。比較的すんなりはいれる人をあげれば、自我の未熟な精神でなければ、ゲームをやりこんで病膏肓な人たちといったものだろう。だから、商業的に中高生ねらいというのはなかなかいい線をついているといえる。
 RPGを構成する要素に一人遊びの容認というものがあることを私は過去(拙著「ひとはなにをRPGにもとめるのか?」以下)に明らかにしてきたが、未熟な自我というのはまさにこの一人遊びの面に高い受容性を示しているのである。すなわち自他の明別という節制がうまく働かないためイメージ先行で容易に妄想めいた感情移入モードにはいれるのである。もちろんRPGの魅力の一つは(それも麻薬的なもの)はそこにあるのだからイメージさえ触発すれば容易にRPGを愛好するようになるだろう。(一人遊び面を重視しているのだから「ノリ」が大事で、「ルールはむしろ邪魔」という場合さえ生まれてくるわけだ)
 しかし、これは返せば精神の成熟した人間には通用しないということである。大人になって食べた駄菓子の味は「なんでこんなものが大好きだったんだろう」と思うのと同じである。自他の区別がつき、分別を備えた人間のする遊びではない・・・というわけだ。
(筆者も精神的に幼い部分を、いいトシこいて多々残している人間であることを自覚している。実のところ、精神の成熟は年齢と厳密に関係しないし、精神のすべてが均一に成熟するわけでもない)
 ところで大人がやっても子供がやってもおもしろいゲームというのは存在する。ルール自体はそれほど複雑でもないのに、ケース・バイ・ケースで予断を許さない多様な展開の可能性を秘めたゲームだ。囲碁、将棋、バックギャモン(もたぶん子供でも楽しめるはずだ)などである。
 そこで、ここで一つRPGと通常のゲームを比較しつつ、勝手に改造案をぶちあげてみようかと思う。

 まず、人間対人間のゲームを考える。
 RPGと通常のゲームの違いは大きく分けて次の2点である。

  (1)プレイヤー間の緊張関係
  (2)ゴールの明示

 (1)はすなわち、RPGではプレイヤーとプレイヤーは対立者ではないということである。「パラノイア」のような例外はあるが、これもカルネアデスの板的なもので能動的なものとはいいがたい。
 それがRPGのいいところ、とかRPGらしさ、という意見もあるだろうが、こと面白さという点についてはこれはどちらかといえば失敗した冒険といえよう。
 コンピュータ化されたゲームを想定してほしい。ウォーゲームにしても囲碁将棋にしても、コンピュータと対戦するより多少下手でも人間と対戦するほうがよほど面白い。対立するものが人間であるほうが多様性ももちろん、人間的要素も込みとした読み、そして心境の変化も含む変動という点において断然に面白いのである。RPGでも敵は設定されているが、それを操っているのはゲーム管理者である。ゲーム管理者という立場である以上、よき対立者とはなりえないのである。(プレイヤー側が勝てるように、そして負けるとしても納得できるようにしなければならない・・・つまりよき対立者のふりをしなければならないのだから仕方ない。そして、大きな負担がかかることになる。その負担を軽減するにはコンピュータRPGのように手順を法則化することしかないのだろうが・・・よき対立者の実現はできない)
 と、するとプレイヤーを悪のチームと善のチームに分けて管理者は完全に中立のNPCの管理と審判に終始するのがよいのだろうか? それも一つの方法に思える。実際、ルールと環境さえ整備できればかなりおもしろいものになるのではないかと思う。審判は審判でNPCを通じてゲームをささやかにかきまわし、状況を楽しむということもできそうだ。ただ、2チームの管理という点に困難がありそうに思える。
 RPGでないゲームに多少でも類似した構造のものはないだろうか?
 他にもあろうとは思う。だが、筆者はトランプゲームのナポレオンを取り上げたい。ナポレオンというゲームは一人のナポレオンに対し、残りが連合軍として戦いを挑むものである。ゲーム全体を見ればナポレオンとして立って、勝たなければ一番にはなれないものであるが、それぞれのナポレオン対勝利阻止の連合軍がRPGのマスター対プレイヤーにやや近いといえる。違いはナポレオンは本気で勝ちにいけるが、マスターは負ける要素つきの手抜きで勝ちにいかなければならないことである。ところが、それでもおそらくナポレオンというゲームはそれほどおもしろくならないだろう。
 ナポレオンを面白いゲームたらしめているのは副官の存在である。連合軍プレイヤーの中に一人ナポレオンの味方がいるのである。(もちろん副官はナポレオン勝利の恩恵にあずかれる)誰が裏切り者かわからない、だから連携がうまくいかずお互いに探りあい、副官は副官でどこまでだましおおせるか、どこで正体をあらわすかの緊張がたまらなく面白いのである。なにしろナポレオンのプレイヤーにも副官が誰かわからないのだ。しかも時には副官がいないこともある!(ナポレオンにはわかるので、ナポレオンのプレイヤーがどこまでだましおおせるかが勝負所になる)
 キーワードは「疑心暗鬼」であろうか? この構造は実はRPGでも有効である。一度、深淵でこの構造を取り入れたシナリオを試みたところ、プレイヤーに恵まれたこともあったが非常に盛り上がり、セッション後もだましおおせたほうもだまされたほうも興奮と話の種がつきなかったことがある。(それ以前に、お手紙戦術という方式が存在していたが、それをさらに隠匿された目的と対立に置き換えたのである) プレイヤー同士がよき対立者として(しかも利害一致しないとは限らない)機能することほどわかりやすくもりあがりやすいことはないないだろう。カルネアデスの板的としたものの、やはり「パラノイア」は優れた構造をもっているといえよう。
 ただ、馴れ合いの一人遊びには少々向かない。こういう遊びはゲームというより気張らしの要素が強く、結局個々人のエゴに依存するところが多いからである。もし、このような遊びをもう少し一般化しようとするなら、原作などで強烈なイメージ(キャラクター含む)を植え付けておき、あくまでそのレール上で動くという前提でいくしかないだろう。シナリオには管理者によるプレイヤーの説得材料として「原作のこのシーンみたいなもの。原作ではこうするとこうなった」といったものを記述するのがよろしかろう。すなわち、ともに原作の世界を追体験するものとしてのRPGである。したがって、ルールは原作にそったものかどうか、ということであろう。原作にそうにしても該当シーンのものが優先されるというわけだ。(こういうものなら原作関連グッヅとしてそこそこ売れるだろう。もちろん原作の普及度に応じた数だろうが)

 (2)はもっとはっきりした違いである。普通、ゲームにはゴールと勝敗判定が明示されている。相手の王やキングを取る。全部の石を置き終わった時に、相手より多くの目を確保している。手札を一番最初になくす、といったものである。ゲームによってはシナリオという形で個々の状況設定と勝利条件を規定しているものもある。例えばウォーゲームの場合、10ターン終了までに指定されたヘクス(六角形のマス)を自分の駒で確保しておく、といったものが史実の展開とそのヘクスを確保する意味の解説つきでのっている。
 ところがRPGの場合、同じシナリオという名称で呼ばれながらもゲームを始める前にゴールが完全に明示されていることは少ない。冒険が主体であるから、明かされることが一つの目的である最終目標を見せるわけにもいかないという事情もある。
 しかし、何も目的を与えられないままではあいまいで何をしていいのやら困惑を招くことが多いのは確かだ。馴れ合いの一人遊びをしたい人はそれが目的なのだからそんなものがなくても一緒に遊ぶ口実があればいいので気にはならないだろうが、そうでない精神的に成熟あるいは成熟しつつある人はやはり何をすべきか明確な別の遊びへと流れてしまうだろう。
 と、すればシナリオの最終目的とは別の明示された目的と、そしてそれについて考える要素(障害となるもの、背景など)を与えておくのがよいだろう。そうすれば「何をすればわからない」というとっつきの悪さもかなり解消される。しかし、これはゴールの明示であって判定や評価のようなものではない。経験点も通常は頭割りの上に多少のボーナスがある程度だ。
 やはり、目的があるならうまくやったかどうかの評価があったほうがいい。
 明示された目的とそれに対するスコアリングのシステムがほしいところである。チェックリスト形式のものは既存のシステムにあるが、あれはどんな場合でも使えるように抽象的なことしか書いていないので、判定というよりマナー評価のようなものといえよう。スコアリングシステムとしては今ひとつである。
(深淵の運命システムなど近いものはある、がこれも経験点などゲーム内の利益として還元されているため、評価としては抑制のある感はぬぐえない)
 いっそ、目的達成とプレイ評価はプレイ内部の有利不利から切り離してしまうべきではないだろうか? もちろん経験点によって成長させてゆくことは楽しみの一つではあるが、それはプレイのよしあしとは必ずしも一致するものではない。失敗から人は多く学ぶものだ。目的を達成できなかった人も、経験点は別勘定でそれなりにかせげるならプレイヤーの技量の差をキャラの能力でおぎなう(要するにハンディをつけることになる)ことでつめることができてゲームはバランスが取れたりはしないだろうか。
(そしてジレンマの要素はそれなりに多いほうがゲームはおもしろくなる)
 最初から明示されている目的の決め方は、ある程度ランダムのほうがよいだろう。

 さて、上記の考察を踏まえて手軽で親しみやすいRPGの改造をしてみよう。
 要点だけならべると

 ・プレイヤ−間に緊張を与える
 ・隠匿されたシナリオ目的のほかに明示された、具体的で、考える材料を備えた目的を与える

 これを実現するためのもっとも簡単な方法は、明示された目的がお互いに利害の対立しうるものであるというものにすることだろう。あとは明示された目的がどのようなものであるかという点だ。
 例えばアライメント。この抽象的な価値観をもっと具体的な形で与えることが、それも秘密をともなった形で、いまの仲間との対立の要素を含んだ形で与えることができればただ馴れ合いの仲間関係ではなく、小説のように緊張と親和の関係を築くことができるだろう。
 既存のRPGについては、このように価値観や背景、それに人生にみあった「それぞれの事情」のようなものを用意するのがよいだろう。そして、明示的な目的は一回のゲームの中で露呈されえたほうがよいのであるから、ずっと同じでは面白くない。そのゲームのキャラを構成するキーワードを抜き出し、ダイスをふるなりカードを引くなりしてそのセッションにおける当面の「それぞれの事情」を作ると面白いだろう。例えば、ルーンクエストでカルト入信者であれば、政治的意図によりそのカルトの高司祭から他の(仲間の)カルトへの牽制の指示が出ていたりするかも知れないし、シャドウランであればコンタクトのヤクザの親分から断りきれない何かをひそかに依頼されているかも知れない。手間はかかるがたいていのゲームでこの構造の追加は可能だろう。当面の、そして明示的な目的は、できればシナリオの明かされるべき目的とからむように調整するのが望ましいが、これは相変わらず管理者の仕事になるだろう。
 既存のゲームだけではない。最初からこの構造を組み入れたゲームを作れば、もっと簡単な入門用の手軽なRPGができるかも知れない。この場合、子供には抵抗がなくとも大人には抵抗のあるであろう一人遊びの部分(つまりキャラへの感情移入やなりきり気分)はおくびにも出さず、はまってきたらいつしか楽しんでいるようにしたほうがよいだろう。

#例えば、こんな感じになるのではないか、というものを考えてみよう。
 使うのは何種類かのきれいなイラスト(視覚的なわかりやすさとはいりやすさ重視)の入ったカードだ(判定用にはトランプでもいいかも知れない)。カードにキャラクターの情報がすべて記入されている。キャラクターメイキングの手間は不要だ。選ぶだけでいい。
 次に秘密の目的をカードを引いて決める。目的カードには達成目的と達成によるスコアが記入されている。
 冒険の舞台はダンジョンで、パーティ結束の目的はダンジョンに隠された宝物の奪還あるいはダンジョンマスターの打倒だ。(秘密の目的の中には他のプレイヤーの目的を阻害せよというものから、特定の宝の奪還を阻止せよというもの、あるいはダンジョンマスターの打倒を阻止せよなど、表向きの目的に添わないものもある。そのような目的が露見した場合はPC同士で戦って相手を排除することもできる。ただし、その場合にはスコアに対する減点が行われる)
 プレイヤーは手札からカードを場においたり、山からイベントカードをめくって冒険をしてゆく。このへんはいろいろなカードゲーム(たとえばミルボーン系のもの)の仕掛けをうまく使って面白くかつ他人の邪魔を意図を隠して行えるように作る。
 山札の払底、PCの全滅、あるいは終了イベントカードや追い出しトラップのようなものの発動を持って1ゲーム終了とし、スコアをつける。
 この入門用ゲームではプレイヤーは自由にキャラも作れないし、冒険も限定されたものしか行えない。そのかわり、完全な初心者が迷うことのない明確なゲームとなっている。RPGではないといわれるかもしれないが、一歩踏み込めば誰もがRPGと認める内容になるものである。

 まあ、これはあくまで「例えばこんな感じ」といったものである。

 この改造案はすべてのRPGにあてはまらないかも知れない。しかし、あてはまらないRPGで、気晴らしの馴れ合いでないものはこれにかわる構造をもっているだろうか? おそらく病根(本稿前半で指摘したもの)はすべて同じであろう。この病根から目をそらしている限り、RPGはとるに足らない遊びとしか認識されないであろう。


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