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高尾から大月行きの中央線普通列車に乗り換えると肌に突き刺すような寒さを感じる。それに線路脇や道の路肩には大量の雪が残っていて、先週の積雪を改めて思い知らされることとなった。 しかしそれ以上に参ったのは今回の装備だ。今日は「雪」のことなんか念頭に置いて無くて、アイゼンやスパッツといった冬の装備を持ってきていない。ここまで慌てたのは今回目指す「二十曲峠」が1,000mを越す標高にある為だが、高尾の状況から分析する限り非道い残雪と路面凍結が予想され厳しい「峠越え」の予感に焦りを募らせていた。 |
大月駅から富士吉田方面へ向かうため国道20号、国道138号と走ると路肩にはビッシリ雪が積まれていた。ただでさえ狭い道が狭くなるのはたまらんが、早朝の気温が低いこともあって雪が溶け出さず飛沫を上げることはない。むしろ埃っぽい位だ。 大月から走ること14km、鹿留林道の入り口である鹿留入口信号に到着する。道には雪がそれ程残っていなかったが、畑なんかでは雪が相当量残っている。目視でも積雪は40cmを越えているのではないか。 フライ・ルアー専用の「鹿留鱒釣場」の脇を通り、道が鹿留川に沿って走るようになると路面にはうっすらと積雪が現れる。除雪した跡もあってこれでもまだマシな方だと思うが、先に進むに連れ積雪は増してくる。そして更に進んだ所で眼前に現れたのは「冬季通行止め」のゲートだ。 ここで筆者はバイクを倒してゲートの中へと強行した。 後述になるが、ここで「賢者の選択」をして引き返すという選択肢も当然あったと思う。でも、暫く走れなかったせいなのか、はたまた雪の中を走りたかっただけなのかよく解らないが、この時は冷静な判断が出来なくなっていたのかもしれない。 |
路面は既にアイスバーンになっていたが、その上に雪がシャーベット状に積もっていたのでタイヤは問題なくグリップしている。時折、脇の木々から雪が頭に落ちたりもするが、川の音しか聞こえない状況と一面の銀世界に気分は久しぶりに高揚していた。 ゲートから続く序盤の道は勾配が意外にも緩く7%前後の登りである。非道い状態(カチンカチン)のアイスバーンに乗らないよう路面を選びつつも慎重に高度を稼いでいくのは楽しかった。冬季閉鎖区間であるから車どころか人もおらず操舵に集中できる。先刻まで脇を流れていた鹿留川であるが、標高が700m近くなるとその姿を見下ろすようになる。と、ここでようやく勾配が増しているのが分かり、峠道らしい緩やかなヘアピンが続く。 登り詰める高度が増すほど路面の雪はどんどん深くなってくる。タイヤやフロントディレイラー周り、それにハンガー部にも雪がまとわりついていたが、まだまだ乗車していける。でも操舵に集中していたのだろうか、景色を見る余裕はあまり無かった。そんな時は、脚を止めて周りの景色を眺めればいい。 脚を止めるとまず見えるのは立ち上る自分の白い息、それに続いて雪を被った周りの山々の景色。春や秋にここがどんな景色を見せるのか解らないが、今しか見られないこの景色を一人満喫する。 |
積雪は更に非道くなる。当然、高度の稼ぎ方も鈍くなってくるので景色の変化が単調になってきた。だが標高が1000mを越えようとした辺りで、一度、それもほんの一瞬だけ富士の頭頂部分が顔を出す。暫くすると富士はまた顔を隠してしまうが、それでも凄い迫力だった。 峠は近い、そんな予感が十分感じられペダルを踏むのも力が入る。そして標高が1100mを過ぎると眼前には再び通行止めのゲート現れた。だが、これは大月側から来た筆者を遮る物ではなく忍野側から上がって来た人間を遮る物。そしてバイクを倒してこのゲートを潜ると、膝上までの積雪、そして「富士」の姿がそこに。 ここが二十曲峠だ。 富士の絶景ポイントは関東に数々あれど、その全容が見渡せる場所は意外に少ないと思う。しかし、ここから見る富士はどうだ、下に山中湖を携え全容を見せる富士は見事としか言いようがなかった。しかもシーズン中では考えられないことだが、今、この峠に居るのは筆者一人だけ。まさに独り占めだ。 何をする訳でもなく暫く富士に見入っていた。 これも後述になるが、自宅に帰ってデジカメの画像を見直すと富士ばかりが十数枚も写っていた。いつもでは考えられない程の撮影量に、その時の興奮の程が伺える。 |
じっとしていた為かあまりの寒さで我に返った。二十曲峠では膝上まで積雪していたが、ここには幸い四阿があり、ここで暖をとることにした。しかし、バイクを担いで歩くと身体が雪に埋まってしまい、四阿まで歩くのも一苦労であった。 今日は昆布で出汁をはり、これに醤油と酒で味を調え牡蠣と春菊を交互に煮ながら食べていく牡蠣鍋だ。富士を見る、牡蠣を食う、春菊煮る、この繰り返し。都会の喧騒を忘れ、澄んだ空と富士を肴に牡蠣を食らうという贅沢さ、五臓に染み渡る旨さである。 食材を食べ尽くした後は辺りを散策・・・したかったのだが、普通のブーツではそれもままならない。四阿の奥には「山の神」と書いた鳥居、それに上には石碑が祭られてあって、登ってみようと試みたが雪に埋まってしまいやっぱりダメ。 この二十曲峠の積雪を考えると今日はラッキーだったなあ、と思わざる得ない。もし鹿留林道が除雪していない状況だったなら、今日の装備でここまで来ることはとても出来なかっただろう。こんな自分の「アホさ加減」を改めて自覚しつつ、今度は忍野へ向けて下りの準備に取りかかる。 路面がアイスバーン、しかも下りとなればスリップを誘発するブレーキはとても使えない。じゃあ、どうやって止まるかと言えば・・・それは「両脚」。今日はアイゼンを取り付けていないが、路面と靴底の接地面積を増やしてやれば十分減速可能だろう。それに、このバイクにはサドル位置を後にオフセットする為の「スライドポスト」もあり、クランクとの距離を調節することもできる。 靴底が路面に設置するまでサドルを下げ、クランクが邪魔にならないよう位置をオフセット。そして(どうせ濡れるが)リムとブレーキシューを拭き取ってから下り始めた。アイスバーンを削りながら下る様は異様だが、乗車していけるというのはポイントが高く、結局今日の全行程において乗車することができた。 峠から忍野までは4kmとあっという間の距離であった。当初は山中湖と道志を経由して帰ろうと思っていたが、既に路肩の雪が溶けだしていて走る気を起こさせない。そこで忍野から一番近い富士吉田駅に向かい東京への帰路に着いた。 富士吉田を出発する汽車の中、窓から外を覗いていると、なんと「肴」との嬉しい再開が待っていた。峠で見る姿も良かったが、汽車の小さい窓枠一杯に拡がる富士山もまた乙な物である。思いがけない富士の姿を肴にビールがことのほか美味かったことは言うまでもないだろう。 |