「レイキをやって人生が変わりましたか?」
レイキ伝授に興味ある方からよくこんな質問を受けます。
本やなにかに「レイキ伝授を受けると人生が変わる」ようなことがたくさん書かれているからです。
答えは「はい。ずいぶんと変わりました。」になるのですが、「何がどう変わったか?」という具体的なことは
答えるのが正直難しい部分があります。
それは大きく変わったのは表面的なことよりも、自分の内面的なことであること、また今もなお
ずっと変わり続けている=変容し続けている(だから今の状態がすべてではない。)ことも理由にあげられます。
それでもいくつか、レイキ伝授を受けて自分の人生(魂)が変化していったことを覚書として綴って
みたいと思います。
<仕事上の変化>
まず表面的な変化としては、仕事の内容が変化しました。
というか、おそらくまだ変化の途中であり、これからもどういう展開をしていくのかもわかりません。
自分の可能性が今後も広がり続けていき、それを自分が受け入れることを確信しています。
提供できるメニューが増えました。
セラピストという職業に就いている方はおそらくみなさん同じだと思いますが、仕事にプラスになる分野を勉強することが
好きです。
私も開業以来コツコツと、それなりに毎年興味のある講座へ足を運んだり、スキルを学んだりしてきました。
レイキ伝授をしてからは、それが異様に加速しました。
私は普段「こうありたい。」「こういうセラピストになりたい。」「こういうサロンにしていきたい。」という目的とか
意志とか意識がほとんどなく日々を過ごしています。(はっきり言い切るのもどうかとは思いますが・・・。)
なのに「あ!これやってみたい。勉強してみたい。」と
いう気持ち(ある意味欲望といってもいいかもしれません。)がどんどん湧いてくるようになってくるのです。
コースが増えていくのでよくお客様に「勉強熱心ですねえ。」などと言われたりするのですが、私の中では
「遊んでいる」感覚が強く、「私の遊びにお客様をつきあわせている」気さえしていて、感心されると
逆に恥ずかしくなってしまいます・・・。
もちろん私の中では、「これを取り入れたらもっと良くなる」という確信があってやっていることなのですが、
いろんなコースにチャレンジしてくださるお客様には、「私と一緒に遊んでくださってありがとうございます。」という
感謝の気持ちでいっぱいです。
気の済むまでたっぷり眠ると(眠り期みたいのが周期的にくる。)、なにかアイデアが浮かんで、
それに関わる講座なり情報を集めたりして準備をすすめ、新しいコースが立ち上がるとまた眠くなる、というサイクルを
ほとんど意識なしでやっている状態です。
私に使命というものがあるならば、それを遂行することに様々な存在がサポートをしてくれるの
ではないか、
と考えています。
<プライベートでの変化>
趣味と興味の対象が増えました。
前々からうっすらと「やりたいなあ。」と感じていたことをやるようになってきました。
手始めは高校の時にやっていた茶道の再開。
高校の時には気づかなかったけれど、茶道は時に「アクロバティック!」とか「アメイジング!」
とか叫びたくなるほど奥が深い世界で、先生方の知識の量には圧倒されます。
これだけでもまだまだ探求は続きそうです。
それから前々からやってみたかった「中山道ウォーク」も始めました。
子育て中の友人と月に一度コツコツ歩きすすめていく、というもので、「やりたい。」と思ってただけで偶然友人の方から
声がかかるというシンクロがありました。
「やりたいなあ。」と思っていたことに関する情報が自然に目につき、シンクロが起こり、
人から声がかかるということは確実に増えました。
困ったことに貯金は増えませんが・・・。
お金もエネルギーなので、循環させてナンボだと言い聞かせています。
<愛情の授受を学ぶ>
姪っ子(二人)とさらに仲良くなりました。
不思議なことに、レイキを受ける前と受けた後の子供たちの私に対する態度が変わりました。
子供はおそらくエネルギーに対して敏感なのだと思いますが、気持ち良いのかどうなのか、やたらくっついてくるのです。
そして私も彼女たちから「愛」ということについてたくさんのことを学びました。
まだ様々な負の経験を積んでいない子供は、本当に素直にのびのびと「愛情」を表現できるんですね。
彼女たちを見ていると、大人になるにつれて「愛情を表現すること」にどれだけ恐れを抱くことに
なっていたか、よくわかります。
そして本当は恐れる必要なんて全くないということも。
<今持っているものに感謝することを学ぶ>
それからこれは結構後になって気づいたのですが、サード伝授以降私は「精神的に落ち込む」ということが
ほぼなくなりました。
もちろん時々びっくりするような失敗をしたり、不運のようなことに出会って「あ〜あ〜、やんなっちゃう〜。」と感じる
ことはありますが、切り替えが異様に早くなっています。
なんというか、「落ち込む」のがバカらしくなるんですね。無駄なエネルギーの消費だなあ、と。
10代20代の頃は、自分で自分を「ちょっと躁鬱の部分があるなあ。」と思っていました。
あまり表には出しませんでしたが、何日も沈んだ気分でいることもよくありました。
今思えばなにかしら「自己憐憫」の情にかられて自分に酔っていたように思います。
落ち込んでいた状況を今の自分が振り返ると、ただ単に「感謝が足りなかっただけ」と感じます。
当たり前にある自分の恵まれた境遇に対してありがたいという気持ちを持つ、ということに思い至らなかったんですね。
例えば・・・
目が見える、耳が聞こえる、口が利ける、歩ける、走れるなど身体的なこと
両親がいる、成長するまで自分の近くにいて、安全な生活を送れるよう守ってくれ、経済的にも庇護してくれた、
そして今も健在である、など環境的なこと
戦争のない平和な日本に生まれたこと
などなど。
どれひとつ欠けても大変な人生になっていたかもしれないのにありがたいとも恵まれているとも思わず、目の前の
思いどおりにかない瑣末なことで「自分ってかわいそう・・・。」なんて思っていたのですから・・・。
若いというか未熟というか幼稚というか、今思うと恥ずかしいですね・・・。
もちろんすべて成長の過程なので、必要なことでもあったわけですが・・・。
今自分が持っているものに感謝することで、ネガティブな感情に振り回されることがなくなる
ということを実感しています。
<霊的変化?>
それと意外なところで、「金縛り」がなくなりました。
私は特別霊感があったり霊が見えたりするわけではないのですが、20歳ころからしばしば金縛りにあっていました。
起こるのは夜眠りに入る直前と起きる直前で、疲れていて、足をまっすぐしていると(たぶんそのまま固まるから)
なりやすく、そのときにあまりよろしくない波動とつながってしまうことがありました。
何回も経験して馴れているので、怖いというよりそのたびに力を振り絞って起きなければならないのが面倒でしたが、
怖い体験として友達とかにうけをねらってよくしゃべっていました。
それが気がつくとなくなっているのです。
代わりに(?)ふわ〜っと体が軽くなり、まるで何か聖なるものがヒーリングをしてくれているようなやさしい感覚に
包まれることが増えてきました。
私はよくレイキ講習で話をさせていただくのですが、目に見える人間も目に見えない世界も波動の格差社会になっていて、
すべて自分の波動に近いところの存在と出会ったりサポートを受けたりします。
これは私の勝手な思い込みですが、金縛りがなくなったのはレイキと出会い、自分を浄化している
うちに自分の波動がかわり(上がり?)、以前の見えない世界のよろしくない波動とは合わなくなったからでは
ないかと考えています。
あと、レイキによるエネルギー防御のおかげもあるかもしれません。
でも喜んでばかりはいられません。
また自分が低い波動になったら(人や自分の境遇を恨んだり憎んだり憐れんだり)、その世界と親しくなってしまうのです。
カラダと心の履歴@〜アレルギー体質だった
学生時代〜