[忘れられた]

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元・噺家、林家クーペ。彼の人生はロックであり、彼の歌はブルースであり、そして、彼はヘタレの☆を歌う。

● 『ヘタレ論 クーペ』 〜はじめに〜

どこかの国の大臣が、「こういっちゃなんだけど、女性は子供を産む機械」だっていった。
フェミニストのフリをした人たちが、とりあえず怒ってみせている。でも、問題はそこだけじゃない。問題はこの国の為政者や資本家たちが、人間を完全に機械としかみていないことなんだよ。機械といわれて、怒ることもしない、半ば諦めの観さえ伺える日本の国民。

この国には諦めがマッタリ漂っている。ふたことめには「どうせ○○なんだからと」。
ワシはそんなやつらに、時速20000KMで飛び膝蹴りを喰らわせたいっ!そんな2007年!
ある日、ワシはTVのドキュメンタリーを見て、バケツ1杯分泣いた。その男の名は、クーペ!林家三平の弟子だった男。8回破門になり、そして9回目、落語界から永久追放された男。猫背、ダミ声、ずんぐりむっくりのいかつい体つき。還暦間近いこの男が、ヘタレの真髄を見せてくれる!

実はワシはヘタレに限界を感じていた。今の時代、本当のことを言うにはキチガイかオカマのふりでもするしかないと。そう、実際そうしていた。だがちがった!我輩激しく失敗!ああ、やはりヘタレでよかった!何もいらない。本当の気持ちを真正直に伝えようじゃないか。
たとえば、君が落ち込んでいるとしよう。誰かが君に「がんばれ」というかもしれない。でも、それは多くが君の心にはとどかない。だが、同じことばをクーペが君に言ったとする・・・そのことばはきっと君の心の奥底まで響くだろう。 。

クーペのことばはココロの根っこのほうから、にじんでくる。なぜだろう、それは彼が本当に生きているから。ほんとうに生きてきた涙、くやし涙や笑い涙、それらがキラリ結晶になって輝いている。

クーペ、ワシはまだ実際会いにいってないし、ドキュメンタリーでみただけである。それも録画してるわけじゃない。デビューしたといってもまだまだ無名の上、情報はほとんど手にはいらない。だがしかし!描かずに入られないワシッ!脚色・嘘・錯誤・うろおぼえ全開!それでも描きたい!ヘタレの☆クーペがそこにいるのだ!


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クーペ。1748年4月山口県に生まれる。高校卒業後大学受験を目指して上京。
浪人時代にチャーリー石黒に弟子入りするが、「落語が似合う」と推薦され、20歳の時故林家三平に弟子入りするのだがしかし、酒と賭け事におぼれ破門を繰り返す。5度目の破門の時、クラブで出会った女性と結婚、一人娘が生まれた。が、クーペの悪行三昧に妻は1歳半の娘を連れて家を出ていってしまった。
そして、9回目の破門。ついに落語界からも永久追放され、家族からも見放され、膨大な借金と大きな悔恨を背負う日々。転がり落ち、金に追われ、酒に溺れる人生。そして、ふと気がつくと、そんなズンドコの生活が23年過ぎていった。

あっという間の20年余年・・・

50歳も半ばの疲れたクーペ。見上げる空はどこまでも淀んでいる・・・。

ずんぐりした背中を更に縮こめるようにして、くたびれたサンダルが安酒場の裏手に消えていく。

何もかわらない・・・何も変えられない・・・ただ転がり落ちていくだけ・・・

自嘲しようにも自嘲する力さえ残っていない男の背中。

・・・もう、何もかも終ってしまった。

死神と貧乏神しか寄り付かないような、そんなクーペのもとに、一通の手紙が舞い込んできた。それは興信所に頼んで宛て先を探したという、離別した娘からの手紙なのでした。

うろたえるクーペ!しかし、うろたえつつも超カンゲキするクーペ。
娘の手紙には「わたしを生んでくれてありがとう。私は一度でいいからこの言葉をお父さんに伝えたかっただけ、だから返事はいらない。」と。

手紙には博多の消印が。ああ!娘に会いたい!クーペの両目からボロボロ・・ボロボロ溢れるナミダ。けれど娘は今一体どういう人生を歩んでいるのかもわからない。そのまえに、こんなボロ雑巾のような自分が父親と名乗れる資格がない。こんな父親を見たら娘は恥じるに違いない。でも、一目でいいから娘にあいたい!ああ、自分を恥じることなく娘に会いたい!

そしてクーペは歌を歌い始めるのでした。娘から届いた手紙の感激を、一日も娘のことを想い出さなかったことはなかったということを。娘に与えてやれなかった愛のすべてを歌にこめて、クーペは真面目に歌に取り組み始めたのでした。

人生ドン詰まりのようなクーペに舞いこんだ天使の手紙、さてクーペのその後はいかに。


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クーペは少しでも自分が、誇れるような父親でありたいと、歩み始めた。
そしてできた歌が「25年ぶりの手紙」。
弟子であり、相棒であり、同志でもあるピアニストのShifoがそれを支える。そして、Shifoと共同経営するライブハウスの常連客たちが更にそれを支えていく。ゆっくりとクーペの周りに広がる暖かな輪。そして、「25年ぶりの手紙」は2003年東芝EMIよりCD化。クーペ、55歳で新人デビュー。CDは地味にしか売れないものの、少しずつ活動の幅を広げていくクーペたち。

そして、2005年日比谷野外音楽堂。クーペは勘当され疎遠になっていた実家の姉たちを、ここに招待する。どうか生まれ変わった俺を見てくれと。姉たちの見つめるステージの上、そこには顔をみれば「金を貸してくれ」としかいわなかった昔の弟の姿ではなく、一人の、表現者としての弟・クーペの姿があったのです。コンサート終了後、姉がぽつり口を開く。「死んだ両親にも(クーペの今の姿を)みせてあげたかった。」

何かが確実に変わり始めた。クーペ自身も、そしてクーペを取り巻く運命も。
そして、ついに消印のあった博多へのツアーが、始まったのです。

地元新聞やラジオ・テレビはクーペの娘とのいきさつを取り上げ報道する。暖かな善意の輪が博多にも広がり始める。クーペの歌がクーペの娘に届くよう、誰もが祈らずにはいられなかった。

そして、博多コンサート当日・・・。

しかし、会場のどこにも娘の姿はなかった・・・。

そして翌日、公園に佇むクーペの後ろ姿。
「・・・娘も俺と同じだからわかるんだ。あんまり騒がれたら出て来れなくなっちまう・・・。」
自分にいい聞かせるようなクーペの横顔。思えば、娘が報道を見たのかどうかもわからない、今博多にいるかどうかさえわからない。・・・何やら遠のいていくような娘の存在。そして、数日後。病院に駆け込むShifoの姿。そう、クーペは脳梗塞で倒れたのでした。病室、そこには右半身が麻痺し、立ち上がることもしゃべることさえままならないクーペの姿がそこに・・・・。


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遂にペンタブレットが完全にヘタレました^^;当分、マウス描き^^;


クーペとShifoのライブハウス[stand by me]のHPより色紙に書かれていた当時のクーペの文をここで勝手に転載。


脳梗塞になってしまった

脳梗塞なんて

年寄りがなるもんだと思ったら

俺は充分年寄りだった

まるで水前寺清子の365歩のマーチは

脳梗塞の人の為に作った歌なのじゃないかと思うほど

一日一歩ずつしか治っていかない

それでも、治っていけばいいほうで

泣いても駄目、怒っても駄目

人に世話になるのが、どれほど口惜しいか分かって

ため息もつきあきてしょうがない。


いろんな人にあってきたから

どんな人の真似だってできる

すごいヤクザの親分だって

大会社の社長さんだって

小泉さんだって

でも、一人だけ真似できない人がいる

その人が病院に見舞いに来てくれた

二人で大笑いして、腹がよじれるくらい笑った

次の日、掃除のおばさんが

昨日きてた方の笑顔を見てるだけで

私まで笑顔になれたって、感謝された。

どんな辛い時でも、この人いると笑顔になれる

辛さを一緒に笑ってくれる人

この人の真似は誰もできない


脳梗塞なんて年寄りがなるもんだと思ってたら

俺は年寄りだった

脳梗塞なんて

バンカーにつかまっただけ

どんまい


どんな怖いヤクザだって

せいぜい小指くらいだよ

持っていくのは

病気は手から足から

命だって持っていく

病気はおっかない



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もし、クーペに仲間がいなかったら。

そう、クーペは立ち直れなかったのかもしれない。でも、クーペは一人じゃなかった。クーペは右半身不随の状態から必死で立ち上がるのでした。腕はおろか、指を動かすところからの必死のリハビリ。しかし、がんばっていたのはクーペだけじゃない。身の回りの世話をするShifoも、そして店の常連客たちも、病を克服したクーペと一緒にまたステージに立とうと、クーペのバックバンドを結成します。

そう、みんなはクーペが娘に会える日を信じて。

そして、秋。埼玉芸術劇場の上にはクーペと仲間たちの姿がありました。医者の制止もきかず、無理やり退院し、まだ不自由な右半身を引き摺りながらのクーペの登場。

笑われたくはない、俺は芸人だから笑われるのではなく、笑わせるのが俺の仕事だ。クーペもナイーブになっている。ステージに立つものは誰もがこんな不安を抱くもの。ステージの憐れな自分を客が見て、同情されるのではないだろうか。同情の拍手なんかされるくらいなら、蔑まれたほうがまし。様々な思いが去来する中で、クーペのライブが始まります。

しかし、そこにはクーペの心配することなどひとつもなく、何故か、客の反応も以前よりよく、会場販売のCDも空前の57枚!を売るという記録達成。拍手も鳴りやまず、アンコール2曲も受けての大好評に終る。

そして翌日。

クーペもいまいち理解していないが、何となくしっているインターネットという便利なものが運命の輪を大きく回し始めた。娘の友達がクーペの店のHPを見て、クーペが娘を探していることを知り、書き込みをしてくれたのだった。感激するものの、クーペの心情は複雑である。

娘には会いたいよ。会いたいけど会えないんだ。
・・・マスコミなどが娘を探して迷惑をかけたくない。

その日のクーペの言葉。そして、次の日のクーペの言葉は。

やっぱり2月行く!博多!

一日で考えの変わるクーペ。180度の方向転換。何があったのかって?それはわしもしらない。どうやらクーペとShifoの師弟二人の秘密らしい。でも、あまりにも嬉しくてインターネットにこのことを書き込みたくなるほどだったらしい。

たぶん、娘の友達ではなくて、娘本人からの直接のメッセージがやってきていたのかも。とにかく、この日から、クーペにとって娘は急に身近な存在になり始めた。あと4ヶ月。とにかくすこしでも体を直して、娘に会いに行こう!来年の2月、博多でコンサートを開いて、娘へ歌を届けるんだ!ずっと、ずっと会いたかった娘に!やっと!ついに会える日がやって来るんだ!


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年の瀬。街はクリスマス一色。

都会の片隅のライブハウスに思いがけないプレゼントが届く。

店の電話が鳴る。まだ不自由なままの足を引きずりながら、電話へと向かうクーペ。受話器からは夢にまで見た娘の声が。何をしゃべっていいかわからず、何をしゃべっているのかもわからず、緊張して、どきどきして、でも、胸が張り裂けんばかり嬉しくて。でも、クーペは約束することができた。2月に博多にいくこと。そして、娘も2月にクーペのライブを見に来るといってくれた。

はにかむクーペの横顔から幸せがあふれ出ている。誰よりも幸せなクリスマスプレゼントを受け取ったクーペ。でも・・・年があけ、2月のコンサートも目前というころ。

調子に乗ったわけじゃない。傷つけたくてやったわけでもない。喜んでほしくてしたことが、ほんのちょっとずれただけ。
クーペは自分の絵と文と娘の手紙を載せた絵本を、2月の博多コンサートと同時に発売する予定だった。娘が喜んでくれるだろうと思ったものの、娘はそれについて出版を差し止めてほしいと伝えてきたのだ。しかし、もうコンサートは明日に迫っている。出版ももう店頭に並んだ状態。インターネットできっかけを作ってくれた娘の友達によれば、娘は怒っているという。

娘は母親にも内緒でクーペに手紙を出していた。母親は再婚していて、娘の下に今の父親との間にもうけた兄弟が二人いる。クーペは自分の幸せいっぱいで、娘のことを思いやれていなかった。娘がどれほど複雑な環境で育っていたかを。娘がどんな思いで、自分に会いにこようとしたかを。

クーペは激しく後悔する。娘は会場に来ないかもしれない。

コンサート会場の扉が開き、続々と客が入ってくる。警備用のモニターで必死に娘の姿を探すクーペ。出演の準備を促されても、モニターにかじりついたようなクーペの姿がそこに。でも、モニターには娘らしき人物は映らない。

そして、ステージの幕が開いた。

足を引きずりながら、まだ不自由な右手をかばいながら、クーペが現れた。

「脳梗塞で天国にいったんだけど、天国からも破門されて帰ってきました。」

つかみのジョークを飛ばして、会場を笑いに包むクーペ。

そのとき、クーペの目にうつる一人の女性。帽子を目深にかぶって・・・。
でも、クーペはそれが誰だかわからないはずはなかった。

娘が、来てくれたんだ!

そして、クーペは歌い始める。『25年ぶりの手紙』を。





君と別れて25年ぶり 
突然君からの手紙そりゃびっくりしたのなんのって
嬉しくて 感動して うろたえて 
ドキドキして めまいがした
君の写真を見たけど 
俺にそっくりで嬉しいやら 
てれくさいやら 
申し訳ないやら

今でも 愛していたけど 
張り合いのない愛だった
でも これからは違う 
君に恥じない生き方ができる
たとえ逢えなかったにしても
お父さんと呼んでくれる人がいるのだから

俺はバカであほでだらしがなくて エトセトラ
そんなに自分を卑下するのは 良くないからしないけど
明日から いや今日から いやたった今から 心変わりしよう
シャカにキリストにモハメッド 聖徳太子に福沢諭吉
彼らの愛の広さには負けるけど
けして愛の強さでは負けないよ 
負けはしないよでも これからは違う 
君に恥じない生き方が出来る
君を愛する気持ちだけは
誰にも 誰よりも 負けることはあるはずないよ

今まで頑張ってきたけど
頑張って 頑張って いやになって
それでもやってきたけど 
これからは 君がいることで 頑張れる
これからは違う 君に恥じない生き方が出来る

たとえ逢えなかったにしても
お父さんと呼んでくれる人がいるのだから


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クーペはステージの上で必死に歌った。

でも、胸にこみ上げてくる熱い思いで、歌どころじゃない。

それでも、声をふりしぼるように歌うクーペ。

が、ついにクーペの歌声が途切れてしまう。

後ろでキーボードを弾いていたShifoが、とっさに歌い始める。

しかし、そのShifoも感極まって歌どころじゃなかった。

でも、その時、会場から応援するように手拍子が巻き上がった。

クーペを見上げる娘の頬にも、あふれんばかりのナミダ。

人生ドン詰まりのようなクーペに舞いこんだ天使の手紙。それがクーペを変え、周囲を変え、運命さえ変えて、奇跡のような夜に結実する。クーペはいう。映画みたいだって。わしはおもう、映画より映画らしいって。

念ずれば花ひらく。人間は思い続けていると何かが叶う。あるいは叶わなくとも何か花のようなものが生まれる。人生は不思議だ。そして、何やら可能性に満ち溢れている。

今回は、歴史上の人物でなく、まだ生きてる人物を取り上げたヘタレ論。そう、生き仏ならぬ、生きヘタレである。生きているうちにクーペとShifoに会いに行こうと思うわし。ちなみにクーペとShifoのお店は

Sound Cafe Bar [Stand by me]

ラジオや二人の歌声はこちらでも聞けます。

SBMラジオ「30過ぎたらダメダメダメ!」

日本のサッチモのようなクーペの歌声。ぜひ、おききあれ!

[ヘタレ論クーペ / 2007.2 めきしこ]


★★★ UNDERーPHILOSOPHY 後日談電波発信ナウ! ★★


【コソッと後日談】

ある日、クーペさんから「へたれクーペより」と表題されたメールがきました。
そこには自分のお話なのに、「昔から人の書いたものって読めないのに一気に読め 感動しました」と。私もとてもとても嬉しい想いでした。
それから、クーペさんと志保さんとメールのやり取りが始まりました。今年はなんとかお会いできればいいなぁと。

そしてそんなある日、「きっこの日記」のきっこさんからメールがきました。クーペの生年が1748年になってるよとのツッコミ・・・・クーペ今年で260歳?!ちょ、長寿ー!!!!娘に会えたことより、この人類最長寿記録の方が奇跡!って・・・・・^^;

人間は弱い生き物です。そして、時々間違いを起こします。ヘタレチップスはこの小さく重大な間違いを反省し、且つ愛します。それにしても、今まで誰もきがつかなかったってwそっちの方が奇跡かも。

クーペのお話はこれからも続きます。でも今回のお話しはココまで。それでは、アディオス!

[2008.1 めきしこ]


■蛇足の1コマ漫画■

物事は時として逆から懐疑してみるのも重要。

本人からツッコミがなかったのは、もしや1748年生まれが逆に正解?!もしそうなら、こんな感じ?^^

渡世人のクペ吉と、流し三味線のお志保のへっぽこ珍道中が始まる・・・。


■2008年4月NHKホールに行ってきました。
二人に会いにお店にも行ったので、お土産にぱぱっと思いついた絵を。


題「クーペの孤独」

この人の孤独は底知れない。でも、その孤独を時々微笑むことが出来る仲間が彼の周りにはいる。それが嬉しかった。クーペは偉大だ。ただ座っているのを眺めているのだけでも飽きない。何も語らずとも語り合える絶望の友、それがクーペなのかもしれない。


題「志保の道のり」

多摩の小さな店でピアノを弾く志保。彼女は自分の人生を普通だと語ったが、店の奥の調理場からピアノを弾く彼女の姿を見て、僕は思わず涙がでた。本当の才能は時も場所も選ばない。いつか立つカーネギーホールでも彼女は変わらず力強くピアノを弾き、愛を歌い上げるだろう。