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ニューヨーク研究室
ニューヨーク旅行記 ねこ伯爵は都会好きです。日本で言えば東京、アメリカで言えばニューヨーク。ということで、2000年の6月に、ニューヨーク市に旅行しました。初めての海外旅行です。しかし、パック旅行で集団で行くというのは、落ちこぼれそうな気がしたので、渋谷のHISで格安航空券とYMCAホテル2週間分を取ってもらって、手さげバックだけで渡航しました。また、観光客というスタイルが嫌だったので、カメラも持って行きませんでした。そういう訳で、一般的なニューヨーク観光ツアーのレポートみたいに華やかではないのですが、気づいたことを、いまも覚えている範囲で書いてみます。このレポートは、旅行から帰ってきた直後に書きはじめたのですが、一時中断して現在(2002年7月)また、書き加えています。その間には、同時多発テロが発生しました。事件前と現在では、ニューヨークという街に対する考え方が変わり、今では気軽に行ってみたいと思えるかどうかは難しいのですが、ニューヨークという街で感じた、スケール感や人々の熱気などは、少しも色あせていません。その辺を思い出しながら、書き進めてみたいと思います。
1)大きな旅行カバンを持っていかなくても大丈夫なのか? 海外旅行には大きなカバンを持っていくことになっていますが、今回は持っていきませんでした。会社に通勤する時に使っていた手さげカバンだけです。入国審査の時に怪しまれるかもという意見も聞きましたが、一方、ハンドバッグだけでも大丈夫というのも聞いていたので、自分の気持ちに従うことにしたのです。結局、特に何も問題は起こりませんでした。持っていく着替えを最小限にしてたのでそのへんはちょっと困りましたが。あと、大きな荷物の受け取り方を体験しないままになってしまったのは少し心残りです。 2)いろいろな準備 参考書として、「個人旅行39 ニューヨーク2000-2001年度版」(昭文社)を選びました。中がカラーで使いやすかったです。今回の全行程は、これ1冊で、すべてまかなえました。 3)家を出てからホテルにたどり着くまでに、どういうことが起こったのか? 格安航空券の場合は、まず引き換え券をもらっておいてから、当日に空港でチケットと引き換える仕組みでした。その際に、行きと帰りのチケットをもらうのですが、受け取りの時間に遅れると引き換えカウンターが閉まってしまうという説明があったので、緊張して早めに行きました。予定時間のかなり前にそのカウンターに着いたのですが、早めに引き換えを開始していたので無事にチケットをもらえました。それから航空会社の方のカウンターで手続きをしたと思います。引き換えるカウンターの方が印象に残っていて、そのあとはあんまり覚えてません(笑)大きな荷物がある人はいろいろするのでしょうが、なにしろ手さげカバンだけなのでなんとなくぶらぶらしながら出国口の方へ行ってみたのです。そのままうまく飛行機に乗ることができました。 飛行機はノースウェスト航空のエコノミーです。寒かったので、ずっと毛布にくるまっていました。荷物を少なくしても、上着は持っていくべきだと思います。ニューヨークのJFK空港に着く頃に、紙を書かされました。入国審査の時にパスポートと一緒に提出する、出入国カード(I-94W)という緑色の用紙です。このように何か書類を書くことがあるので、筆記用具を服のポケットなどに入れてすぐ使えるようにしておくことは、大切だと思いました。このカードには宿泊先のホテル名なども書く必要があるので、書く内容を事前にチェックしておく方がいいかも知れません。書き方は、2)で紹介した本に載ってます。 入国審査は殺風景な広い部屋で、待つのに1時間ぐらいかかりました。同じ便で到着した人が500人もいるのに、10数個ある審査カウンターのうち、半分くらいしか係員がいなかったからです。手続き自体は30秒ほどで、何も聞かれませんでした。長い廊下を歩いたりして外まで出ると、そこは砂漠のように暑かったのです。バスに乗って市内に向かうというプランを旅行ガイドでチェックしていたのですが、旅の疲れと入国審査待ちの疲れで断念し、みんなが並んでいるタクシー乗り場におとなしく並びました。 砂漠状態のタクシー乗り場からタクシー、いわゆるイエローキャブに乗りました。でも中も暑くて困りました。運転手が東南アジア系の人みたいで暑さはそんなに気にならないらしく、クーラーもあんまりきいていません。ダッシュボードのクーラー送風口にパイプをガムテープで固定してあり、そのもう一端を後部座席の方に伸ばしてあって、そこから風を送ってもらうシステムでした(涙)でも、暑いから窓を開けてもいいですか、というようなことを言っていると運転手さんもいろいろやってくれて、なんとか涼しくなってきました。 そういう状態で、広い後部座席のシートにダラーっと腰かけたまま30分も経った頃でしょうか、ようやく直方体のビルの集団、まさに摩天楼の光景が遠くの方に見えてきたのです。この頃までに、旅の疲れと暑さでかなりまいっていたのですが、やはりこの景色がせまってきた時には感動して元気になりました。そしてタクシーはマンハッタン島へと入っていったのです。 あまり外の様子を観察するゆとりはなかったのですが、道から蒸気が立ち登っていたことを覚えています。 4)YMCAホテルはどうなっているのか? 参考書の”超経済的ホテル”のリストに書いてあった中から選びました。YMCAヴァンダービルトです。テレビでよく見る国連本部のビルの近くにあります。治安は悪くないでしょう。24時間あいていて、玄関の正面にあるカウンターには、体格のいい黒人の警備員が2人ぐらい立っています。そばにあるエレベーターで部屋に上がるのですが、乗る時にはその人たちに部屋のカギ(赤くて大きなプラスチックの板がついています)を見せて、確かに宿泊客だということを示さなければなりません。チェックインの時には別の部屋で名前とか連絡先とかを書いたのですが、備えつけのボールペンのインクが出にくくて、それを伝えるのに苦労したり、日本の連絡先の電話番号は、国際的にはどう書くのかに悩んだりとかしていました。トレーニングルームを使えるみたいなことも言われたのですが、聞き流してしまいました。 部屋は5階の一人部屋で、6〜7畳くらいだったと思います。ベットと机と、洋服をかけるラック、小さいたんす、そしてその上に、RCAというメーカーのロゴがある20インチぐらいの大きいテレビが置いてあります。窓際に古いクーラーがあって、暖房用にスチームがありますが、夏は暖かくならないのです。(夜に寒い時があって困りました) つづく(ニューヨークでなぜかキリン午後の紅茶ミルクティーを飲んでいました。というお話も) |