| 姿形書換字 (3) |
廾 3
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「弁」の姿形書換字。上の「厶」が「 」に換えられ,「丶」が右下に移動している。同じ字を使っているく弁当屋のロゴの例もある。写真は大阪市の水道用マンホールの蓋。「水道」、「制水弁」の文字が鋳造されている。同じサイズの蓋でも,「弁」という字体のものもある。 左記の『今昔文字鏡』@009588は常用漢字の字形。 撮影:2000年8月,大阪市北区 |
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Unicode:未収録 文字鏡:未収録 | ||
弓 8
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「彌」の姿形書換字。旁の下部が「用」に似た形となっているが,「メ」二つを「一」で表したものか。或いは,減画略字の「 」の「ソ」と「ハ」がそれぞれつながって「一」に変わったものか。写真は馬籠宿にある阿彌陀堂の石碑。 撮影:2001年8月,長野県木曽郡山口村 |
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Unicode:未収録 文字鏡:086350 | ||
弓 9
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「發」の姿形書換字。大阪天満宮の入り口脇にある「大阪ガラス發祥之地」の碑の写真。 『敦煌俗字譜』にも収録されている字だが,部品が「攵」ではなく,「殳」の字形の方をよく目にする。(倒産した中国の海南發展銀行のロゴなど) 撮影:1999年5月,大阪市北区 |
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Unicode:未収録 文字鏡:084510 | ||
彳 7
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「御」の姿形書換字。真ん中の「 」が「 」の様な形に換えられている。この字は社寺のお守りや暦などでもよく使われている。写真は,「大御所」という伏見の清酒の銘柄で,専用の自動販売機の側面に書かれていたロゴ。 撮影:2000年1月,京都市伏見区 |
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Unicode:未収録 文字鏡:084483 | ||
彳 8
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これも「御」の姿形書換字。真ん中の「 」の下側が「山」の様に変わっている。写真は,天寧寺の前にある船着き場「御碼頭」の石碑。京杭運河を通って北京と繋がっている。乾隆21年(1756年)に乾隆帝が華中を視察した際に修築されたもの。京都市伏見区にある西方寺前の石碑にも類似の字が見られる。 左の『今昔文字鏡』@010157は常用漢字の字形。 撮影:2003年9月,江蘇省揚州市維揚区 |
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Unicode:未収録 文字鏡:未収録 | ||
彳 8
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もう一つ「御」の姿形書換字。真ん中の「 」の「ノ」が無く,真ん中の縱線が上に突き出ている。写真は,木津川にかかる「御幸橋」の欄干。「幸」も「橋」も常用漢字とは字形が違う。「昭和五年七月竣功」と彫られていた。 左の『今昔文字鏡』@010157は常用漢字の字形。 撮影:2000年1月,京都府八幡市 |
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Unicode:未収録 文字鏡:未収録 | ||
彳 9
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「循」の姿形書換字。旁の「十」が「二」に換えられている。 写真は,銭塘江の逆流を鎮める海神を祭った海神廟にある御碑の一部。「遵〜」は‘遵守する’という意味。 左の『今昔文字鏡』@010187は常用漢字の字体。 撮影:2000年9月,浙江省海寧市 |
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Unicode:未収録 文字鏡:未収録 | ||
尸 12
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「殿」の姿形書換字。「殳」の部分を「口」と「一」と「乂」の組み合わせに書いている。 写真は静安寺内の建物の扁額。「兜率殿」と書かれている。 左の『今昔文字鏡』@016651は常用漢字の字形。 撮影:2000年9月,上海市静安区 |
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Unicode:未収録 文字鏡:未収録 | ||
尸 12
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韓国に見られる「殿」の姿形書換字。「殳」の部分が小篆に近い形の「々」と「丈」の組み合わせになっている。類似した書き換えは「設」の字でも見られる。 写真は韓国で現存する最古の仏教寺院と言われる「傳燈寺」の中の「香爐殿」という建物の銘板。ソウル市内の建築物でも用例が見られる。「爐」の字も「虍」の部分が異なる姿形書換字となっている。 撮影:1999年12月,韓国・京畿道江華郡 |
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Unicode:未収録 文字鏡:084485 | ||
尸 13
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上記と類似の「殿」の姿形書換字。「殳」の部分が「々」と「攵」の組み合わせになっている。また,「尸」の中が,「共」ではない。 写真はだるま市で有名な川越大師喜多院の本殿「潮音殿」の名を書いた額。 撮影:2000年7月,埼玉県川越市 |
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Unicode:未収録 文字鏡:未収録 | ||
尸 12
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「屬」の姿形書換字。「蜀」の部分が「禹」に似た形に換わっている。 写真は韓国の江華歴史館内にある「世界金〜活字發祥中興紀念碑」の部分。 撮影:1999年12月,韓国・京畿道江華郡 |
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Unicode:未収録 文字鏡:084487 | ||
己 2
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「包」の姿形書換字。「勹」が「ク」の様な形で上に,「己」が「巳」に変わって下に書かれている。一見すると「色」と間違えそうだが,中国ではよく見られる字形である。同様の書き換えは「庖」、「炮」、「鮑」、「 」、「飽」などにも見られる。写真は,包装材料を販売している店の看板。 撮影:1999年10月,上海市黄浦区 |
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Unicode:未収録 文字鏡:077281 | ||
巾 3
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「帆」の同字。「几」の中の「丶」が上に移動して,「ノ」に変わっている。この字はUnicode 3.0で追加収録された。 写真は,帆布店の屋号表示。 撮影:2000年9月,広東省湛江市 |
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Unicode:3836 文字鏡:079515 | ||
广 10
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「慶」の意符書換字。本来の部首である「心」が「一」と「丶」に代わり,下の「夊」と一体化して,「拔」の旁のように成っている。 写真は,「慶安宮」という名の道観の額。 左記の『今昔文字鏡』@011145は伝統的な字体。 撮影:2006年5月,台湾・彰化市 |
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Unicode:未収録 文字鏡:未収録 | ||
广 11
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「樓」の意符書換字である「 」の姿形書換字。「婁」が「由」と「安」の組み合わせの様になっている。同様の書き換えは「樓」等においても見られる。写真は,地下鉄構内の広告にあった,クレジットカードが使える店舗の一覧の一部。 左記の『今昔文字鏡』@009462は標準的な字形。 撮影:2000年5月,香港特別行政区湾仔区 |
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Unicode:未収録 文字鏡:未収録 | ||
彡 11
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「彰」の姿形書換字。旁の「章」の「十」の縦線が「立」にまで伸びている。
李圃編の『異体字字典』は『鮮于 碑』を出典にこの字を載せている。また,唐の薛稷の『信行禪師碑』にも用例が見られる。写真は,17世紀に福建から砂糖精製術を導入した,儀間真常(ぎましんじょう)の墓の脇に建てられている『糖業顕彰碑』の一部。生誕400年記念で1958年に建てられたもの。 左記の『今昔文字鏡』@010015は常用漢字の字形。 撮影:2000年2月,沖縄県那覇市 |
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Unicode:未収録 文字鏡:未収録 | ||
心 5
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「念」の姿形書換字。「ラ」の部分が「テ」と作られており,1画多い。「今」の字にも同様の姿形書換字がある。なお,伝統的な楷書では「ラ」ではなく「ニ」と作る。 写真は,江華歴史館の中にある「世界金屬活字發祥中興紀念碑」の一部。 左の『今昔文字鏡』@010390は,常用漢字の字形。 撮影:1999年12月,韓国・京畿道江華郡 |
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Unicode:未収録 文字鏡:未収録 | ||
心 5
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これも「念」の姿形書換字。「ラ」の部分が左右反転しており,1画多い。「今」の字にも同様の姿形書換字がある。 写真は,稲荷鬼王神社の門柱裏の説明で,「御大禮記念」と彫られているものの一部。大正4年に建てられたもの。 左の『今昔文字鏡』@010390は,常用漢字の字形。 撮影:2000年3月,東京都新宿区 |
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Unicode:未収録 文字鏡:未収録 | ||
戈 12
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「戲」の姿形書換字。「虍」の部分の形が書き換えられているほか,「豆」の上の「一」が略されている。 写真は,淡水鎮にある古びた映画館の入り口。「戲院」は本来,芝居を行う劇場だが,香港、台湾では映画館の名称にも用いられている。正面にも同様の字体で大きな看板がかかっていた。 撮影:2000年5月,台湾・台北県 |
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Unicode:未収録 文字鏡:未収録 | ||
手 5
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「招」の姿形書換字。「召」の「刀」が「ク」に換わっている。同様の書換字は「召」、「照」、「貂」などでよく見られる。 写真は「招待所」の看板。 左の『今昔文字鏡』@011968は常用漢字の字体。 撮影:1999年10月,雲南省昆明市 |
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Unicode:未収録 文字鏡:未収録 | ||
手 12
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南普陀寺前にある清の『乾隆御製碑』に見られる「撃」の姿形書換字。「殳」の部分が「口」と「又」の組み合わせになっているほか,「車」の下端が突き出ていない。『中華字海』には,魏の『元徽墓志』に見られる類似の字が収録されている。 「殳」の書き換えは,左端の「投」の例にも見られるほか,「殿」、「設」、「聲」などでも見られる。 撮影:1999年6月,福建省厦門市 |
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Unicode:未収録 文字鏡:084489 | ||
攵 9
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「散」の姿形書換字。「月」が「日」に換わっている他,「 」が,「 」に変形されている。これは,唐の柳公權の書などに見られる様に,草冠と「一」の組み合わせに分解されたものが,変形したものと考えられる。写真は,扶蘇山麓の古刹皐蘭寺の本堂に掛けてある柱聯。「法花香散清涼地」と書かれている。 左の『今昔文字鏡』@075463も「散」の姿形書換字。 撮影:2001年1月,韓国・忠清南道扶餘郡 |
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Unicode:未収録 文字鏡:未収録 | ||
攵 14
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「數」の中古字の姿形書換字。旁の「攵」の上に「々」があるが,これは中古字によく見られる。しかし,右側は「 」と作るのが普通で,この例では清の『康煕字典』と同じに変形されていて,朝鮮時代以降に書かれたものと分かる。写真は,公山城の上に建つ『公州山城雙樹亭紀蹟碑』の一部。1734年に建てられた双樹亭の由来を記している。 左の『今昔文字鏡』@013363は『康煕字典』の字体。 撮影:2001年1月,韓国・忠清南道公州市 |
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Unicode:未収録 文字鏡:未収録 | ||
攵 15
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「夏」の古字「 」の姿形書換字。「頁」の横棒が1本少ないのと,「夊」が「攵」に換わっている点が異なる。写真は,滕王閣の下にある,珍しい石の展示室の看板。「華夏奇石館」と書かれている。 左の『今昔文字鏡』@071414は古字。 撮影:2001年6月,江西省南昌市 |
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Unicode:未収録 文字鏡:未収録 | ||
方 6
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「施」の姿形書換字。右側の部分が「色」に似た形になっている。 写真は縣(あがた)神社の中にある稲荷大神に献じられた狐の石像の台座部分。「施主」と読める。 左の『今昔文字鏡』@013629は常用漢字の字体。 撮影:2002年1月,京都府宇治市 |
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Unicode:未収録 文字鏡:未収録 | ||
方 7
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「旋」の姿形書換字。右上の部分が「厶」と作られている。この部分を「人」と作る例は北魏や唐代に多く見られるが、「厶」とするのは稀で、柳公権が「族」の字でこう書いている例などがある。 写真は島津斉彬を奉る照国神社の灯籠。「日露戦役凱旋紀念燈」とあり、1920年に建てられたもの。 左の『今昔文字鏡』@013656は常用漢字の字体。 撮影:2006年8月,鹿児島県鹿児島市 |
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Unicode:未収録 文字鏡:未収録 | ||
日 5
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『直音篇』にも見られる「昭」の姿形書換字。「刀」を写真の様に「ソ」に近い形に作る例は,中国でも「照」、「招」、「紹」などの字でよく目にする。 他に「刀」を「ク」の様に書く姿形書換字もあるが,これも『今昔文字鏡』未収録字。唐の『干録字書』は,「刀」と作るものを正字,「ク」と作るものを通用字,「ソ」と作るものを俗字としている。 撮影:1999年1月,京都市中京区 |
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Unicode:未収録 文字鏡:084490 | ||
日 6
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これも「昭」の姿形書換字。旁の「召」を「名」に近い形に作っている。 写真は木津川にかかる御幸橋(ごこうばし)の欄干に彫られた字。全体では「昭和五年七月竣功」と,竣工時期を示している。 左の『今昔文字鏡』@013855は,標準的な字形。 撮影:2000年1月,京都府八幡市 |
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Unicode:未収録 文字鏡:未収録 | ||
日 7
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「最」の姿形書換字。「取」の「又」が「く」と作られている。同様の書き換えは「趣」、「報」、「服」などにも見られる。また,この字の意符書換字もある。 写真は串揚げの店の看板。「MOGAMI」の読みから「最上」であることが確認できる。 左の『今昔文字鏡』@013855は,常用漢字の字形。 撮影:2001年3月,大阪市北区 |
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Unicode:未収録 文字鏡:未収録 | ||
木 2
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「来」の姿形書換字。真ん中の「ソ」の部分が「一」に書き換えられている。 写真は蒲田の中華料理店の看板の例だが,入り口の上には「来」が使われていた。日本の中華料理店の店名によく見られるほか,中国でも使われているが,中国大陸では,主に「耒」‘すき’の意味で使われている字形で,Unicodeもこの意味で収録している。 同様の書き換えは,「莱」や「釐」などにも見られる。 撮影:1999年9月,東京都大田区 |
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Unicode:8012 文字鏡:055470 | ||
木 4
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「材」の姿形書換字。旁の「才」の右上に「丶」が打たれている。 似た字に「 」があり,右上の「丶」がない「材」の同字は,日本の石材店や材木店でよく使われている。写真は神戸にある木材関連の団体の事務所入り口。「戸」や「科」も姿形書換字となっている。 撮影:1999年12月,兵庫県神戸市中央区 |
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Unicode:未収録 文字鏡:084491 | ||
木 10
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「樓」の姿形書換字。旁の「婁」が「由」と「安」の組み合わせの様になっている。 写真は海鮮料理店の提灯看板。「笑」も姿形書換字となっている。 左の『今昔文字鏡』@015430は標準的な字形。 撮影:2000年5月,香港特別行政区油尖旺区・尖東 |
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Unicode:未収録 文字鏡:未収録 | ||
木 10
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「橋」の姿形書換字。 写真にある銘板の字形は「右」の上部が折れ曲がっているが,大川にかかる橋の欄干に書かれた字形は「右」となっている。 隣の天満橋や上流の京都府八幡市の御幸橋も同じ字を使っているが,日本一長い商店街,天神橋筋商店街においては,この字はまだ発見していない。 撮影:1999年4月,大阪市北区 |
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Unicode:69D7 文字鏡:015351 | ||
木 11
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「機」の姿形書換字。隷書風だが,旁の「戍」の部分が「史」に近い形に書かれている。 写真は機械メーカーの事務所に書かれた社名を示す看板。 左の『今昔文字鏡』@015561は常用漢字の字形。 撮影:2001年4月,大阪府吹田市 |
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Unicode:未収録 文字鏡:未収録 | ||
木 12
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「橋」の姿形書換字。旁の「呑」の部分が「有」と「丶」の組み合わせの様になっている。 写真は,以前水路として使われていた旧高瀬川にかかる「彌左衛門橋(やざゑもんばし)」の欄干。現存する橋には「昭和六年三月」と記されている。 左の『今昔文字鏡』@054824は,類似の姿形書換字。 撮影:2000年1月,京都市伏見区 |
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Unicode:未収録 文字鏡:未収録 | ||
木 12
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「橋」の姿形書換字。旁の「夭」の部分が「ソ」と「一」の組み合わせとなり,下の「口」が梯子の様な形になっている。類似の書き換えは「僑」や「 」でも見られる。写真は京杭運河に架かる「京江橋」。この辺りでは,橋の中央部に橋の名を書いている。この例では,橋を渡る人が見られる内側に書かれているが,下を通る船か,少し離れた岸からしか見えない外側だけに書いている例も多い。 左の『今昔文字鏡』@054824は,旁が「丶」で始まっておらず,1画少ない。 撮影:2000年9月,浙江省杭州市 |
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Unicode:未収録 文字鏡:未収録 |