| 二上山 |
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| 彼岸花と二上山 |
生駒山地と葛城連山の間に位置し、標高こそ低いものの、奈良でも屈指の歴史をもつのが二上山である。 「うつそみの 人なるわれや 明日よりは 二上山(ふたかみやま)を いろせ(弟)とわが見む」と 大津皇子の悲運を姉の大来皇女(おおくのひめみこ)が詠んだ万葉集の歌も知る人ぞ知るところであろう。 ダイヤモンドトレイルの始発地でもある屯鶴峰から、雄岳・雌岳の頂を踏み、當麻の里へ抜けるルートをとった。 |
| 近鉄大阪線関屋駅・・・屯鶴峰・・・ダイヤモンドトレイル北始発点・・・馬の背・・・二上山雄岳 |
・・・馬の背・・・二上山雌岳・・・岩屋峠・・・傘堂・・・近鉄南大阪線当麻寺駅 |
【明神山】
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近鉄大阪線関屋駅から南へ、某女子大沿いに住宅街の坂道を登っていく。 振り返ると明神山(標高275m)の稜線が見える。 古代、聖徳太子が斑鳩から上の太子へこの山を越えていったという。 頂上には、水の神様水波能当ス(みずはのめのみこと)が祀られている。 山なみの向こうは高安・信貴山地と対峙して、 大和川(亀ノ瀬渓谷)が東西に流れている。 |
【屯鶴峰(どんづるぼう)】
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国道165号線(長尾街道)を超えると屯鶴峰に入る。白い凝灰岩層が露出した景勝地で奈良県選定の天然記念物である。 ちょっとした岩峰歩きが楽しめる。凝灰岩の白とアオマツの緑のコントラストが鮮やか。 |
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【ダイヤモンドトレイル始発点】
| 二上山北麓から槙尾山まで、金剛・葛城山系の主稜線を走る縦走路が ダイヤモンドトレイルである。 屯鶴峰南入り口から近鉄南大阪線に沿って大阪方面へ10分程歩いたところに この縦走路の北の始発点がある。 かつては屯鶴峰南入り口を始発点としたルートがあったが、 現在は廃道となっているようである。 |
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【ダイヤモンドトレイル】
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ダイヤモンドトレイルに入るとすぐ山道となるが、整備が行き届き、とても歩きやすくなっている。 二上山まで幾たびのアップダウンが続くが、気持ちのよい尾根歩きが楽しめる。 |
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【大阪の街なみ】
| 途中、西側の展望が開け、大阪の街なみが大きく広がっている。 右奥に見えるのは、PL教団の塔である。 余談になるが、このあたりからなら夏のPL花火の全景が楽しめそうである。 |
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【大阪側から見た二上山】
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左が雄岳(標高517m)、右が雌岳(同474m)。 奈良側から見た二上山のイメージとは、趣きが違う。 |
【馬の背】
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雄岳と雌岳の鞍部、馬の背。 名前の割には売店やベンチがあり広々としている。 ここから祐泉寺経由で、當麻寺方面へ降りる道が通じる。 |
馬の背から雄岳へ向かうの登り道は 岩がむき出しており、多少歩きにくい。 |
雄岳山上は展望こそきかないものの、葛城坐二上神社と大津皇子御陵があり、歴史に彩られた二上山を象徴するかのようである。
ちなみに美化協力金として200円徴収される。
葛城坐二上神社。
祭神は豊布都御霊神(とよふつみたまつかみ)と
大国魂御神(おおくにみたまつかみ)であり、
文武両道と縁結びの神様を祀っている。
大津皇子御陵。大津皇子は天武天皇の皇子であったが、
皇位継承に絡み、天武死去後に義母の持統天皇により謀反の
罪で抹殺されたとされる。
【雌岳三角点】
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雌岳山上は日時計やベンチが置かれ、公園のように整備されている。 写真手前は三等三角点であるが、非常に保存状態がよい。 奥の小高く平たい感じの山が、雄岳である。 |
【雌岳からの展望】
雌岳山上からはほぼ360度の展望が開けている。 |
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大和側の眺め。奈良盆地がゆったりと広がっている。 大和三山の畝傍山の向こうに、音羽山の稜線が南北につたわる。 |
南方面へは、手前から岩橋山、大和葛城山、金剛山が重なって見える。 ダイヤモンドトレイルは、この主稜線を南に向けて走っている。 |
【岩屋峠】
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雌岳山頂から南へ急下降すると岩屋峠に降り立つ。 ここからひとつ南のピークを超えると日本最古の官道・竹内街道が通る竹内峠である。 東への下り道は、祐泉寺で馬の背からの道と合流し、當麻方面へ抜ける。 石碑から峠の由緒が感じられて、味わい深い。 |
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岩屋峠から東へ下るルートは、結構な角度のある急坂で、 背の高い桧に覆われた道は昼なお暗く、 振りかえれば、時おり射す陽光がなんともまぶしい。 |
【傘 堂】
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山道を抜けて當麻寺に近くなってくると、當麻山口神社の参道脇に、 ひっそりと佇む傘堂がある。 宝形造りの瓦屋根を真柱一本で支えるめずらしい建築物で、まさに「傘のお堂」。 江戸前期に当地の郡奉行が、主君の郡山藩主の菩提を弔うために 建立したものとされている。 |
関西は歴史に恵まれたエリアであり、ことさら大和の国はこれを代表するであろう。 山を標高や雄大な自然の観点でなく、歴史のみでとらえたなら、 この二上山は、日本の山のベストテンに推したい山である。 |