cafe HENDRIX


INTRODUCTION

“cafe HENDRIX”へようこそ!
僕はこのカフェのマスター、Y.HAGA(“はが”と呼んでください)です。

1965年生まれの僕は、80年代にRCサクセションやROLLING STONESと出会ってロックに目覚めました。

僕の故郷は東北の田舎町、福島県。
80年代、東北はロック未開の地でした。地方に住むロック少年の多くがそうであったように、その頃の僕にとって一番リアルなロックは、FM放送とTVでした。ラジオ番組「サウンド・ストリート」やTV番組「ベストヒットUSA」、時々放送される特番のコンサート中継などを通して、僕はロックへの熱い思いを温めてきました。

はじめてロック・コンサートと言えるものに行ったのは、地元の公会堂にRCサクセションがやって来た時です。確か「BLUE」が出た直後くらいじゃないかな…。
あの時の会場は異様な興奮ぶりでした。清志郎がステージの袖から飛び出してくると、会場からは地鳴りのような歓声が沸きあがり、椅子の上に立ち上がる者、ペンライトを無茶苦茶に振る者、泣きながら清志郎の名前を叫び続ける女の子、チャボの名前を怒鳴るように連呼するニキビ面の男の子、もう何がなんだかわからないまま僕の初めてのロック体験は終わりました。

大学入学と同時に上京。僕は中央線の沿線に住みながら、ますますロックにのめり込んだ日々を過ごすことになります。
偶然にも、僕が住んだ三多摩地区はRCサクセションやSTREET SLIDERSと縁の深い土地柄でした。毎日のように吉祥寺のライブハウスや中古レコード屋に通った大学時代。ラジオやTVだけだったロックという世界が、ぐっとリアルなものとして目の前に広がってきました。
この頃、ギターを手に入れて、バンドの真似事みたいなことも始めましたが、うーん、残念ながらプレイヤーとしての素質はなかったみたい…。

さて、時代は21世紀を迎え、新人類とか、無気力・無関心世代なんて言われた僕らも、今や社会では中堅と呼ばれる年代に差し掛かりました。僕も、妻と子供を守るために毎日あくせくと働く日々を送っています。
でも、相変わらずロックを追い駆けるのは止められません。ROLLING STONESが来日したら全公演見なければ気が済まないし、給料日には何か目新しいアルバムが出てないかCDショップに寄らずにはいられない。この前のボブ・ディランも、一回きりのライブのはずが、気がついたら3回も見に行っていました(苦笑)。
きっと僕は、いつまでたっても、昔自分がイメージしていたような大人にはなれないんだろうと思います。年々ハードになっていく仕事のスケジュール表を見ながら、何とかライブを見に行く時間をやりくりできないか、ぼけーっと考えるような生活をこれからもずっと続けていくんだろうなあ…。

最近ふと思うんです。
80年代初め、清志郎の名前を絶叫していた女の子や、チャボに熱い視線を送っていたギター少年たちは今頃何処で何をしているんだろうと…。僕の周りでも、ロックの話ができる友人がめっきり少なくなってしまいました。
でも、ロックって、そもそも別れたり卒業したりするものじゃないはずですよね。ジョン・レノンも歌ってたじゃないですか。“一緒に歳を重ねていこう”って…。

僕がティーンの頃から聴き続けてきたRCサクセションは、残念ながら90年代に入って活動を休止してしまいました。
でも、仲井戸“CHABO”麗市は、ソロ・アーティストとして今も精力的な音楽活動を続けています。2000年10月に50歳を迎えたというのに、驚くことに風貌は当時と殆ど変わっておらず、そのロック・スピリットは衰えるどころか、ますますしなやかに鋭くなっています。
僕は、そんな仲井戸“CHABO”麗市に、今でもティーンエイジャーの頃と変わりない憧れの気持ちを抱き続けています。一人の素晴らしいミュージシャンとして。一人の素敵な人生の先輩として…。

イントロをいささか引っ張りすぎました。
チャボのライブに行くと、僕と同世代くらいの人が一人でライブを見に来ていて、あの頃と変わらぬ熱い眼差しでステージを見つめている光景を見かけることがあります。このサイトが、そんなはぐれた遠い子供たちがいつでも寄っていけるような場所になればいいなあ。そう願って大好きなチャボの曲“ランタン”からの一節を取って、このサイトを“cafe HENDRIX”と名付けました。

どうぞ、ゆっくり楽しんでいってください。
“HENDRIX”ならいつでも大丈夫です。
三軒茶屋あたりでそのうちどうですか?