2002年2月19日に行われた米国ブッシュ大統領の国会演説を記します。
衆参両院議長閣下並びに総理閣下、ご列席の国会議員の皆様、ベーカー大使及び令夫人。
私と妻は、日本に到着してまだ一日と少ししかたっておりませんが、日本国民の皆様のご親切なおもてなしに感激しています。
私共はこのあと午前中に天皇皇后両陛下にお目にかかる大いなる光栄を心待ちにしております。
そして、米国民の尊敬の念と善意を日本国民の皆様にお伝え致します。
今から一世紀前、日米両国は、それまでの長きにわたる猜疑や不信を抱いていた時期を経て、お互いから、またお互いについて学び始めました。
日本が生んだ偉大な学者にして政治家、新渡戸稲造は日米両国民のことを理解しており、そして友好の将来像を描いておりました。
そして彼は「太平洋の架け橋とならんことを欲す」と記しております。
その「架け橋」はすでにできております。 一人の力ではなく、日米両国の何百万という人々の力によって。
今回の私のアジア訪問はここ日本から始まりました。 それには重要な理由があります。
過去半世紀の間、日米両国は近代史における偉大かつ永続的な同盟関係を築き上げてきました。
この同盟関係から、太平洋地域における平和の時代が生れました。
そして世界は、この平和の中で、東アジア全域の繁栄と民主主義の大きな進展を目にしてきました。
日米同盟は、その誕生の時から、「共通の利益」、「共通の責任」そして「共通の価値観」に根差してきました。
日米両国民の友好と信頼の絆は、「9月11日」以来、それまで決してなかった程、明白なものになっています。
米国は、日本国民と日本政府から示された哀悼の意と共感に対し感謝しています。
私たちはまた、テロ犠牲者の遺族のために愛媛県民の皆様からご寄付をいただいたことに、特に心を打たれました。
愛媛県民の皆様ご自身がごく最近あのような損失を被ったにもかかわらず、我が国の損失に対して共感の気持ちを示して頂いたのです。
この事実は友情のしるしとして、米国民は決して忘れることはありません。
昨年の秋に上海で、私は小泉総理から特別な贈り物をいただきました。
それは箱に入った日本の矢で、箱には「悪を倒し平和を地球にもたらす矢」と書かれていました。
「これは自由の存続を確保するために、勝利しなければならない戦いだ」と総理は私に話してくれました。
私はそのとき総理に断言したことを今日皆様に断言します―自由は勝利すると。
文明とテロは共存できないのです。 テロを打ち破ることによって、われわれは世界の平和を守るのです。
日米両国はテロリスト組織を探し出し、粉砕すべく努力しています。
日本の外交当局は国際的反テロ連合の構築を支援し、日本の自衛隊は後方支援という重要な役割を担っています。
また日本はアフガニスタンを解放された国として復興させるべく寛大に支援しています。
テロの脅威に対する日本の対応は両国の同盟の強さと日本の不可欠な役割を実証しています。
この役割はアジアから始まり、全地球的な広がりをもっています。
この地域の成功は全世界にとって不可欠であり、21世紀は太平洋の世紀になると私は確信しています。
日米両国は、自由な太平洋国家の共同体としてのアジア・太平洋地域の将来像を共有しています。
我々は平和な地域を求めています。 いかなる国も、またいかなる国々の連合も他の国々の安全や自由を危険に陥れることのない地域、そして軍事力が政治上の紛争解決に行使されることがない地域を希求しています。
我々は、ミサイルや大量破壊兵器の拡散がもはや人類にとって脅威とならない平和な地域を求めています。
両国は経済的にも政治的にも強固な協力体制を備えた地域―地球規模の貿易と投資に開放された地域―を目指します。
それは、障壁が取り除かれ、人、資本、情報が自由に行き来する地域であり、前進の絆、文化的結びつき、そして民主主義への機運を創造する地域です。
両国が求めるのは、非武装地帯とミサイル発射台が共通の遺産、共通の未来を持つ人々をもはや分断しなくなる地域です。
このビジョン―自由な太平洋国家の共同体―を実現するには、日本と米国が従来以上に緊密に協力することが必要です。 我々の責任は明白です。
幸いなことに、両国の同盟は以前にも増して強固なものとなっています。
日本と同様、米国は太平洋国家であり、貿易、価値観、そして歴史によってアジアに引き寄せられ、アジアの将来の一翼を担う国家であります。
そして米国は、この地域における前方のプレゼンスに以前にも増してコミットしています。
米国は、フィリピン、オーストラリア、そしてタイを支援する上で、引き続き、その力と決意を示していきます。
我々は韓国に対する侵略を阻止する。 日本と米国は、共に安全保障面の絆を強めていきます。
米国は台湾の人々への約束を決して忘れることはありません。
そして、この地域の人々そしてあらゆる地域の友邦、同盟国を守るため、効果的なミサイル防衛計画を推進します。
米国は友邦と同盟国を支持するにあたり、他国との紛争は想定しておらず、また脅威を及ぼす意図もありません。
数日後に、私は中国を訪問します。
日本と同様、米国も、安定かつ繁栄し、近隣諸国と平和な関係にある中国を歓迎します。
米国は、テロとの戦争における中国の協力に感謝しています。
日米両国は、中国の世界貿易機関(WTO)への加盟を支持しました。
両国はまた、我々の子供や孫たちのために繁栄し安定したアジアを築くという偉大な作業において中国と協力していくつもりです。
中国は米国をよき貿易相手国と見なすでしょう。
また中国は偉大な国家として米国から尊敬されるでしょう。
さらに中国は、米国が法の支配、良心と信仰の自由、あらゆる人々の権利と尊厳という普遍的価値観を唱道する国家であることを知るでしょう。
それらは米国の価値観であり、また日米同盟の共通の価値観です。
米国と日本は脅威と侵略に対抗するため結ばれたのです。
また両国は発展途上世界で苦しむ人々に支援と希望をもたらすため結ばれています。
また米国と日本は世界の二大経済大国であり、経済援助、人道援助を最も寛大に供与しています。
日本の経済開発に対する真剣な取り組みは、世界でよく知られ敬意を払われています。
また日本の国連、世界銀行、先進8カ国首脳会議(G-8)等の国際機関での指導的な役割も同様に敬意を払われています。
執拗な貧困、はびこる文盲、恐ろしい疾病等、開発にとっての課題は、しばしば根が深く、困難な問題であります。
資金は必要ですが、資金だけではこれらの問題は解決されないでしょう。
永続的支援とは、それらの国々に誠実な政府、有効な法の執行、質の高い学校や病院、そして成長する経済を実現することです。
進歩には長期的な関与が必要であり、われわれはその関与を実行しなければなりません。
日米両国は数ヶ月の内に、開発に焦点をあてた2つの世界サミットに参加することになっています。
日本と米国は、民間とのパートナーシップを拡大させ、国際金融機関を改革し、アジア、アフリカ、中東の子供達のために教育の機会を改善するべく尽力しなければなりません。
私達のすべての努力において、資源は最も効果を発揮するところ、つまり援助の対象である人々や地域社会に投入されなければなりません。
日米両国はそれぞれ固有の長所を持っており、その長所を合わせて世界に貢献できる類稀な機会も持っています。
例えば、科学の分野では、環境を保護しつつエネルギーを生産する新しい技術を研究しています。
また医療の分野ではヒトゲノムの研究を進めており、寿命を延ばし苦痛を緩和する治療法の発見に近づいています。
日本は、世界においてこれらの関与や指導力を維持できるのかと一部の人に疑問を抱かせるような経済の不確実性を抱え、経済の移行期にあるにもかかわらず、これらのすばらしい貢献をしています。
私は全くそのような疑問は抱いていませんし、最も偉大な日本の時代は、これから訪れると確信しています。
日本には、世界で最も競争力のある企業があり、また世界で最も高い教育を受け、最もやる気のある労働者にも恵まれています。
日本では、私の友である小泉総理のお陰で改革が進んでいます。
私は、小泉総理との関係を価値あるものだと思っています。
総理は、日本のエネルギーと決意を体現しておられる指導者です。
総理と私は、多くの良い会談を持ってきました。 私は総理を信頼しており、総理のユーモアのセンスを楽しんでいます。
私は総理を親友だと思っております。
総理は米国の新しいベースボールスター、イチローを思い起こさせます。
なぜなら、総理は投げられた球をすべて打ち返すことができるからです。
過去においては、我々米国も経済問題を抱えてきました。
1970年代後半から1980年代前半にかけて、米国の競争力は弱く、銀行は問題を抱え、高い税率と不必要な規制がリスクを冒す活動に水を差し、革新を抑えていました。
米国はこれらの困難を、減税と規制緩和によって克服しました。
不良債権を市場に出して、新たな投資を可能にしました。
改革を進めるにつれて、外国の投資家、特に日本の投資家は米国を再び信頼するようになりました。
経済危機、不振に陥っている時には、古いやり方で再びうまくいくようになることを期待して待つより、改革とリストラを大胆に進めるほうが良いのだということを学びました。
大胆な行動によって、米国経済はより良い、より強い経済として復活しました。
日本経済に関しても同じ事が起こるでしょう。
過去数年、米国は日本への投資を増やし、日米両国の結びつきを強め、日本の将来への信頼を強めてきました。
日本は革命によってではなく、維新をおこなうことによって前進するという誇るべき歴史を持っています。
明治維新の英雄である福沢諭吉は、西洋世界を変貌させた経済理念を学びました。
福沢はこれらの経済理念が繁栄を触発し、何百万という人々を貧困から救っていることを目にし、これらの経済理念を日本に紹介しようとしました。
そこで彼は、ある影響力の大きかった経済学の教科書を日本語に翻訳しようとしたのです。
そこで「コンペティション」という英語の言葉が出てきたのですが、それに相当する日本語はなかったのです。
そこで、彼は「競争」という新しい言葉を作り出しました。 それによって日本語は、以来より豊かなものとなりました。
しかし、「競争」は単なる言葉と言うだけではなく、精神的且つ倫理的意味合いを持っています。
競争は改革を推し進める原動力であり、自由主義国の国民の潜在能力を開花させます。
1世紀以上も前、競争は日本が自国経済を近代経済へと推進する手助けともなり
ました。
半世紀前、この競争が世界も称賛した戦後の奇跡的経済を加速させました。
日本は今、新たな維新に乗り出しました。
これは、抜本的な改革と競争の全面的な導入によって実現する繁栄と経済成長の回復という維新であります。
自由を守り、開発を促進し、改革を推進するといった日本を待ち受ける将来の作業において、日本は米国政府という強い味方を、そして米国民という揺るぎない友を持っています。
(米国大使館提供非公式日本語訳)
岩倉博文
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