
(このメッセージは、私の初陣(第42回総選挙)にあたり出馬表明(2000年3月8日)に提出したものです。
私が政治家を志し、初陣にのぞむ原点としてこれからも永遠に残しておくつもりです。)

この度、政治の道を志す決意を致しました。
地域と国家のために微力ながら誠心誠意行動する覚悟でございますので、皆様の絶大なるご支持とご支援を何卒よろしくお願い申し上げます。
また、今回の決断に至る過程でご心配をいただき、いろいろとご指導をいただきました皆様方に心から感謝を申し上げます。
私は、苫小牧で生まれ、育ちました。 そしてこれまでの人生の大半を苫小牧で過ごしてきました。
子供の頃、付近の川や沼で日が暮れるまでイカダをつくって遊んだり、家から10分も歩けばハスカップやグスベリの密集地があって仲間たちと採りにいったり、沼にはトンギョやヒルがいて私は泥まみれになって遊んでいました。
マチにはわが国最大規模の製紙工場があり、世界初の掘り込み港湾の建設に沸いていました。
労働争議全盛の時代、当時小学生だった私は列をつくって集団登下校した記憶も鮮明です。
マチはそれでもある種の緊張感につつまれながら前向きな活気がみなぎっていました。
今思いますとこの時のリ−ダ−たちは、ふるさとの発展を願い目標を共有しながら後世のために必死に努力をし、そのエネルギ−が地域の発展を促したに違いありません。
先人たちの多くのご苦労の上に今日それぞれの地域が存在しています。
私は立候補するにあたり、選挙区であります胆振と日高、現実に自分が生まれ、育った過程で、見たり、聞いたり、ふれたりしたさまざまなことを胸に刻みながら、先人たちの地域に対する思い入れをしっかりとかみしめて、この度の選挙に挑戦したいと考えています。
さて、時代はミレニアム、新しい千年紀を迎えました。 そして、2001年からは21世紀が始まります。
こういった時代の大きな節目に、地域と国家のために自らのエネルギ−のすべてを捧げたいと決意した背景について述べたいと思います。
東西冷戦時代の象徴ともいうべきベルリンの壁が崩壊した1989年11月9日、私は日本青年会議所(日本JC)の副会頭としてイギリス、バ−ミングハムにある国際会議場にいました。
国際青年会議所(JCI)の年次総会の真っ只中、議長が突然ゴングを鳴らし叫びました。
「みなさん、今から20分前にベルリンの壁が崩壊しました。西ドイツJCおめでとう!」会場にいた各国代表団の全てが立ち上がり、抱きあって喜ぶ西ドイツJCの代表団に向かって嵐のような拍手がわき上がり、しばらくの間それが鳴りやむことはありませんでした。
同時にJCIの歴史のなかでこの年初めてオブザ−バ−として出席していた旧ソ連、ポ−ランドなど東側諸国の青年経済人の代表たちが何とも複雑な表情でこの場面をじっと眺めていた光景が印象的でした。
世界は変わる、と実感した初めての一瞬です。
以来、東西冷戦時代の幕は閉じ、世界は新しい秩序構築に向かって動き出しました。
そして今日もなおその構築プロセスにあります。
一方、わが国は、世界の大きなうねりのなか、社会のさまざまな分野でシステム改革の
嵐がふき荒れました。
時代が変化し、国際社会における日本の位置づけが変わり、国民の価値観が多様化し、バブル経済が崩壊し、金融システム危機にみまわれ、戦後から復興期を経て高度経済成長期という発展プロセスで構築された仕組みの多くが制度疲労を起こし、日本の社会は確実に変革プロセスに入りました。
そして今、間もなく21世紀を迎えようとしています。
大きな政府か小さな政府か、中央集権か地方分権か、福祉重視か経済活力重視か、二大政党制か多党制か、6・3・3制か6・6制か、環境か経済かなど仕組みを模索する多くの議論が山積しています。
今や日本の文化に根づいた新しい仕組みを社会のあらゆる分野で構築しなければならない時を迎えています。
40年前の成長プロセスでは国家として目指すべき目標が明確であり、日本人の勤勉さとひたむきな努力で世界に類をみない速さで発展を遂げたわが国でありました。
今はコンパス(羅針盤)のない時代、今日ほど日本人の英知と発想が問われている時代はありません。
新しい時代の仕組みをつくる、新しい千年紀のはじまりは地域と国家の新しい仕組みをつくる挑戦の分岐点となります。
このような時代にあって、政治が民意を背景に果たすべき役割は極めて重大であると思います。
民主政治は、民意を背景に成り立つ行為であり、特定の人だけが政治にかかわるべきではありません。
「マチをどうするのか」「地域をどうするのか」「国をどうするのか」という時代の大きな転換期では、「マチを愛する気持ち」「地域を案ずる気持ち」そして「国を憂うる気持ち」を我々一人一人が自らの行動で具体的に示していく必要があるのではないでしょうか。
来るべき21世紀の厳しい社会環境は現状のような市民の意識や地域の姿勢を許さない、と私は訴えていきたいと思います。
時代背景をしっかり認識し、多くの皆さんと共に、地域と国家のためにいい仕事をしたい、私のこの度の決断の根底に、時代の速い変化に対する焦燥と、地域の政治環境に対する憂いと、そして地域の未来に対する危機感が大きくあったことを感じます。
この挑戦にあたり私は自らの基本的な主張を次のフレイズで表現したいと思います。
私は、米国と並ぶ経済大国に成長した日本の次なる目標を「快適大国」、「ハイアメニティ−国家への挑戦」とイメ−ジしています。
戦後の復興期と成長期、そして高度経済成長期を経て成熟期といわれてから久しい時間が経過しています。
しかし、成熟社会という言葉が出てきて以来日本人の精神構造にある種の変化が起こってしまったような気がします。
確かに経済的には世界の一流国になりました。 しかしながら社会全体としてはまだまだ未成熟な側面が多く、決して成熟した社会には到達していません。
私はこの変革プロセスのなかで、日本人は「もっと〜という精神」を持つべきではないかと思っています。
もっといい自分、もっといいマチ、もっといい地域、もっといい国、そしてもっといい地球。
物質文明にこだわってきたベクトルをアメニティ−に向けながら、新しい国家目標を掲げて、純粋に、よりbetterな、もっと快適な日本の社会を創りあげるという行動姿勢を持ちたい、経済的尺度にかたよって測るのではなく、こころ(精神的)の尺度とのバランス軸を我々は変えていく必要があるのではないかと思います。
日本には新しい成長期を創造する潜在能力が充分あります。
「もっといい人づくり」「もっといいマチづくり」そして「もっといい国づくり」、そういった概念を基本に、これまでの政治家のイメ−ジにとらわれることなく、地域と国家のために一生懸命もっといい仕事をしていきたいと思います。
さて、胆振と日高はさまざまな産業のさらなる活性化を求めています。
農林漁業、軽種馬育成、観光、工業、商業、港湾、医療、福祉、建設、住宅、流通、サ−ビス、物流、環境、教育、研究開発、科学技術、これらの産業活性化は地域としてト−タル(総合的)に取り組んでいかなければなりません。
その為にはそれぞれの地域が連帯し、それぞれの地域が連係し、地域ビジョンを掲げて効率的かつ効果的に、地域ぐるみの対応が不可欠であります。
政治はそういった地域から発信される熱いウェイブを、情報・ネットワ−ク・制度・法制・資金などの面で、時には引っ張り、時にはバックアップしていく役割があります。
私は自ら感じている地域経済の厳しい現実をふまえ、緊急に取り組むべきテ−マとして、
・・・をあげたいと思います。
北海道経済はまだ非常事態から脱却したという状態ではありません。
失業率の高さ、倒産件数、リストラ旋風、金融機関への不信感、低水準の民間設備投資、公的プロジェクトの破綻、経営マインドの低下などマイナス要因に事欠きません。
広大な北海道を考えたとき、中長期的な施策の展開は極めて重要なテ−マであります。
しかし、この非常事態のなかで緊急に対応すべき施策についての「メリハリのある対応」という視点がいま強く望まれているのではないかと思います。
私は「連帯と共生そして活力」というフレイズが好きです。
地域の連帯、地域の共生、そして地域の活力、21世紀、英知をしぼり勇気を出してパワフルでダイナミックでクリ−ンでハイアメニティ−なもっといい日胆を是非とも築こうではありませんか。
大変厳しい選挙であります。 多くの人から勝利することは奇跡だとも言われます。
しかし、2000年の選挙で「地域の政治環境が変わる、この選挙で地域に連帯と緊張が生じる、そしてそれが地域活性化の源になる」と私は確信しています。
まさしく「ミラクルチャレンジ2000!」多くの皆様がこの選挙をとおしてマチや地域や国家のさまざまな問題に思いをはせ、これからの政治や政治家がどうあるべきかということを真剣にお考えいただきますよう切にお願い申し上げます。
そして、願わくばこのミラクル選挙に幅広い皆様方の絶大なるご支持ご支援を賜りますよう心からお願い申し上げる次第であります。