2001年6/5のMMM投稿作品
今から20年前の11月末に4泊5日の予定で、北アルプスへ登山に出かけた。
大町から大谷原の橋の手前まで車を走らせ、そこから歩き始めた。西俣出合いまでは、そんなに雪は無かった。赤岩尾根を登り冷池山荘の玄関の20m前当たりに、テントを張った。
北アルプスの空は、しだいに曇り空になりつつあった。
ある登山者が、近づいてきて、
「今日帰らないんですか」
「今日ここにテント泊するんです」
「今夜から雪が降るそうですよ」
「ありがとう、承知していますので」
それから暫くしてから、別な登山者が来て、
「他の人達、みんな下山してますよ」
「今日、今来たばかりです」
「北アルプスは、かなり荒れるそうですよ」
「覚悟していますので、大丈夫です」
下山される登山者に言葉をかけられながら、誰もいない冷池山荘の広場になった。嵐の前ぶれのような空と空気が肌に感じるようになってきた。風もでてきたので、テントの中に入って寝心地いいように準備をして食事の用意に取りかかった。
食事後当たりから雪が降り始めてきた。張った場所は、風当たりがいいのかなと、思いながら外に出て、シャベルでブロックを作りテントの回りに積んだ。
・・・これでよーし・・・
テントの入り口の横に、飲料水用の雪の山を作った。トイレ用にと、林の中へ道を作った。テントに入り足に毛のシューズをはき、早めに寝袋に入った。
風と雪がしだいに激しくなってきたようだ。テントがキシキシと揺れ始めてきた。そのうちに静かになってきた。
・・・あー良かった・・・
そう思いながら、眠った。オシッコしたくなり起きた。テント内の回りを見たら、なんと雪でテントがつぶれかけているでは、ないか!!
外へ出て、テントの回りの雪をシャベルで取り除いた。テントの中に入ったら、テントがギシギシとしていた。そして静かになるたびに、雪かたずけに外へ出た。
雪がもくもく降る
お前はなぜおりぬ
寒気団が怒って
鹿島槍の稜線に
雪を積もらせろ
風がヒューヒュー吹く
お前はなぜ小屋に入らぬ
寒気団が怒って
突風でテント飛ばせ
寒さがじわじわ来る
お前は、なぜそこに居る
寒気団が怒って
冷気をもっとかけろ
★
一日目の朝がやってきた
夜が明けてきた。昨日よりさらに風が強くなっていた。冷池山荘とテントの間にいつのまにか、1.5mぐらいの雪庇が出来ていた。トイレ用の道を踏み固めた。
朝から雪と風、テントの中でただ一人孤独に耐える様に我慢して過ごしている。
お昼すぎから寒くなってきた。不思議なもので、雪と風に寒さが加わると、不安が出てくる。もし明日、いや明後日晴れなかったら、と思いどうやって下山をする。爺ケ岳の南尾根から下山するか、赤岩尾根から下山するか、考えながら 赤岩尾根を下山の場合、稜線直下の下りが25mから30mぐらいある。
斜度も50度は、あるだろうか。不安になるほど、斜度がきつく感じる。赤岩の急斜面には、這い松が生えている。持ってきているザイルは8ミリの30mである。二つにして降りても15mしか降りられないので、二度にしてザイルをセットしなければならない。6ミリのザイルで二重にした輪を4つ作り下山の準備もした。悪天候が長引いたらと、持ってきた食料を確認した。 やがて夕方になり、相変わらず視界が20mもない、風と雪とにさらに寒さが感じる様になった。
食事後、早めに寝袋に入り寝た。ほんの2時間もして起きたら、静かである。雪かたずけに外へ行こうとしてテントに体が触れたら、テントの回りに貼りついている氷がバラバラと落ちてきた。雪をシャベルで とる時外張りのシートに穴をあけてしまった。雪をかたずけた後、テント内の下に落ちている氷を集めて外へ出した。
今夜もこのくり返しをした。トイレに行きたくなり外へ出て、ウンコをした。が手がかじかみうまく尻が拭けない。雪が尻にはりつく、木の上から雪が落ちてくる。やっとのおもいで拭いた。
テントに戻り、ストーブを燃やした。温度計を見たらマイナス16度であった。テントの上にある紐に、温度計をつるしておいたら、60度になっている。温度差が、76度もある。暫くして、ストーブを止めた。
テントの中は、湿っぽくていらいらする。寝袋からなにまでもべとべとする。寝袋の足のほうが白く氷ついてきている。寝袋のファスナーも寝袋カバーのファスナーも、白くなり良く動かなくなってきている。
今夜も何とか過ごした。
雪よごくろうさん
積もればかたずけよう
我がテント頑張ろう
鹿島の槍を白くする
嵐よごくろうさん
風が吹けばよけよう
雪の壁テント守ろう
冷池の稜線ヒューヒュー
寒気よごくろうさん
冷気が下りたらにげよう
ストーブで温まろう
北アルプス寒気団居すわる
★
二日目の朝がやってきた
昨日と較べると雪が小降りになってきた。
晴れてほしい。神に祈る様な気持ちである。
10時も過ぎたころであろうか、雪がやみだしたのである。外に出ていると、冷池山荘の向こうに人がいるではないか。この時お互いに気づいた。3日ぶりにの事である。
「やあー」
「ぜんぜん 分からなかったです」
と言いながら会話をした。
3人組のパーテイで京都の大学生である。
テントの開くところを全て開けて湿りけをとった。テントの中で食事の用意をしていたら、彼らが来て、
「爺ケ岳へ行った来まーす」
「山頂、見えませんよ」
「もうじっとしているの我慢出来なくて」
と言いながら歩いて行く時、彼らの一人が、
「よく一人で来ているよなー」
「俺なら、怖くて一人では来れないなー」
とつぶやきながら、旗を付けた竹の棒を各自数本持って行った。
この時のこの言葉は、今でも新鮮に覚えている。生涯忘れる事はないであろう。
はっきり言って、確かに怖いのだ。その怖さに承知で来て挑戦しているのだ。
いつも無理な無茶な山行に噛みついて挑戦している。いつ命を落とすか、技術も無いのに挑戦してきた。
挑戦とは、
やはり一人で望むものでは、ないだろうか。
大勢ですると、問題が起きると、あいまいのになてしまう。
北アルプスに50回以上は来ている。年とともに、慎重になり危険は、控える様になってきた。
彼らが爺ケ岳から帰ってきて、いよいよ今日も夕方になってきた。今夜はさらに寒くなるだろう。
早めに食事をして、明日用に雪を溶かしコッヘルに水を作った。キスリングの中に寝袋を突っ込み、寝袋の中にカメラに登山靴も入れた。
オシッコに起きて外へでると、空は晴れ星空でしんしんとしている。
午前零時を過ぎるころから眠れなくなってきた。時々体に鳥肌が来た時チョコレートを食べた。後はただ静かにしている我慢の子である。寝袋のチヤックが白くなってきた。空気を吸うと胸まで冷く通るのがわかる。心配になって、鼻に手拭いでしばった。
2度程起きて、テント内の凍った氷を落として外へ出した。
何となくうっすらと明るくなってきたようだ。
夢見たものは
晴れわたる青い空
お星がキラキラと
寝袋から心は大空へ
現実に来るものは
晴れわたる雪の道
雪の花キラキラと
テントから顔を出す
登頂じっと待つのは
晴れわたる稜線の道
我が心キラキラと
食事身支度わくわく
★
三日目の朝がやってきた
起きて寝袋のチャックをなんとか開けて、テント内の温度計を見たら、マイナス24度であった。この温度計は、マイナス30度までのメモリしかない簡単な温度計だから、もうあてになる数字では、ないだろう。コッヘルの水がまん丸に膨らんで、十文字に割れ目が入っている。
ストーブをつけて、まず温まった。食事を作ってすぐに食べて、登山の準備をした。
登山靴をはき、外へ出て暫く足踏みをして靴がなじんできたところで、紐で縛った。
アイゼンを付けてワカンを付けて、ウサギの毛皮の手袋をはめて歩きだしたころ、快晴の青い空から雪が降ってきた。しだいにいっぱい降ってきた。子供のころ故郷で見たが、これ程降ってくるのは、初めてである。
ラッセルをしながら、時々写真を撮りながら登って行った。低木も無くなって、いよいよ稜線へ出る手前である。2.5mぐらいの雪庇が邪魔して行かれない。ピッケルを振り回しながら穴を掘っていよいよ雪庇の穴が貫通する時、穴の上の雪庇が落ちてきた。体中雪だだけである。
やっと稜線に出た。ワカンを外して、標識にかけ置いて、快適な登りである。風で吹き飛ばされ雪は、殆どない。鹿島槍ヶ岳2889.7mの山頂に到着した。下の方から京都の三人組が登ってきた。
写真をとる時、手袋を外したら、数分のうちに手がかじかんで、動きが鈍ってきた。慌てて手袋をはめ、カメラを防寒ヤッケの中へ入れ、その繰り返しで写真を撮っていると、京都の三人組到着した。
「おはようございます、ラッセルありがとうございます」
「おはようございます、いいえどういたしまして」
いろいろな話をしながら、ひとときを過ごした。彼らが北峰に行こおとしたが、
「うあーこりゃ 駄目だ!!」
少し下ったら、胸の当たりまで雪で埋もれた。
彼らが下って行った。暫くして自分も写真を撮りながら下った。
テント内で食事をとっているとき、彼らが来た。
「お先に、帰ります」
「自分もテントたたんだなら、下ります。ラッセル、お願いします」
帰り支度をして、赤岩尾根の取り付き点まできて、キスリングを下ろし、下を見た。彼らがザイルで下りた後が残っている。雪が取れているのでザイルを取り付ける必要がないと判断した。
空身で急斜面を降り足場等を確実に作り、再び登りキスリングを担ぎ下った。
取っつきの尖った稜線をなんとか越えた後は、彼らのラッセルの後を快適に下った。西又出合いの川をなんとか渡り、大谷原の手前で 彼らに追いついた。
「車に乗っていきますか」
「もう一日テントで止まる予定だったんだが、お願いします」
白馬村の大学の寮付近まで乗せて行って別れた。