| 霊峰、富士山の峰々へ[2] |
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| 三島岳からの剣ヶ峰 |
7月19日(火)3回目の富士山登山、
須走口新五合目(標高約2000m、外輪山まで約**km)から富士山の8峰〜小御岳
富士山(久須志ケ岳・白山岳・剣ヶ峰・三島岳・駒ヶ岳・浅間ケ岳・成就岳・大日岳、小御岳)
今日は御来光を見たいと思い0時半頃起きて早めの食事を済ませて弁当を作ってライトを付けて1時40分に出発した。駐車場から車道を下って各茶店が並ぶ車道を歩いて神社から登山道へと歩いた。林の中は真っ暗でライトの明かりで歩いて森林限界に出た。ほどなく歩いていると、昨日の夕方登って行った若者グループ(男1人女2人)が1人の女性だけがライトを付けて後の2人はその明かりを頼って歩いていた。
束の間の言葉を交わして太陽館を過ぎた時、一人の若者が4時頃下って来た。
「すみません、この道を下れば河口湖へ行きますか」
と聞かれた。この道は須走口へ行くから八合目まで戻った方が良いと行ったら、とたんに元気を無くしてヨタヨタとライトを付けて引き返して歩いていた。暫く歩いたら河口湖口へ行けるような水平道があったので彼を待っていた。登ってきたので
「この道を歩いて行けば河口湖口へ行けるかもしれません、もし駄目だったらここまで引き返して八合目へ引き返して下さい」
「行って見ます」
と行って水平道へ歩いて行った。
安否を心配して見えなくなるまで彼を見送って見晴館を通りすぎて、八合目(皇太子殿下御宿泊所)江戸屋スバルライン分岐に4時48分に着いた。2コースからの登山者が合流したので賑やかになって、ピンクの上下のウエアーを着た可愛い小学生の女の子が歩いていた。
「もう学校休み?」
「休んで来たの」
と話しながら束の間の一時に小さな花を咲かせて足早に歩いて鳥居を潜って階段を登って[富士山頂上浅間大社奥宮]の石柱に5時37分に着いた
今日も寒いが景色はまずまずで満足のゆく天候であった。1回目2回目とは逆回り(右回り)でお鉢回りをした。最初に久須志ケ岳に登って、白山岳に登ろうとしていたら2人の高齢者が先に登り始めていた。追い付いて先に白山岳の頂上に着いた。雨露をしのぎ入定されたとされる岩に岩穴など釈迦の割石付近で写真を撮っていたら彼ら2人が近づいてきた。
「ここからは下れません登ってきた所へ引き返して下さい」
「昔は通れたのが・・・」
と昔のお鉢回りの道を歩いた想い出を語りながら小生とともに引き返した。
剣ヶ峰・三島岳・駒ヶ岳と登ったが、浅間ヶ岳は何処にあるのか分からずうろついていた。浅間神社の西側回ったら柵がしてあって入れなかったが、誰も居なかったので柵を潜って砂礫の泥濘に沈みながら鳥居のある浅間ケ岳に着いた。
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| 浅間ケ岳 |
下りは銀名水へと下った。浅間ケ岳に登るには銀名水付近から登るのが分かりやすく柵もなく登りやすい。成就岳と鳥居に銭と鈴が沢山付けられている大日岳に登った。今日最後の外輪山の景色を堪能して[須走下山口]から8時46分に下った。
途中で可愛い小学生の女の子が疲れたのか大の字なって砂礫に横たわっていた。女の子の弟が石ころを斜面に転がした。
「石を落としてはいけませんよ」
と若い青年に注意されていた。斜面を見上げれば落石があれば完全に下山道を直撃するほど急斜面であった。下って茶屋から賑やかに声をかけられながら愛車に10時35分に着いた。右足はやはり痛むので明日は静養かなと思って三ツ峠山登山口へと愛車を走らせた。
7/20、足の調子も完璧ではないがまずまずだったので、富士スバルライン河口湖口五合目に愛車を走らせて駐車場へ止めた。夕方になって小御岳2314m(御岳神社)に行った。間もなくして五合目の日の入りがオレンジ色で鮮やかに始まった。写真を撮りながら美しさに癒されて時が過ぎていった。
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|---|---|
| 小御岳神社 | 日の出と山中湖 |
富士山の千年の昔に
四季折々に自然の変化を
齎して未来に伝える
美しき霊峰に魅せられ
数百度の登山をされて
霊山として名を知らしめた
富士上人はここにあり
富士山のお八回りに
苦悩を説く釈迦の割石
赤き熔岩の不思議な石
雨露しのぐ床あり
末代にまで名を残し
座禅を組んで尊い姿
富士にて骨となる
富士詣では大衆の
安らぎの行事に
現代の我等もまた
豊かさの生活の中で
人生の一駒に訪れ
富士のお山で拝む
御来光は富士上人の
未来に祈り伝える
心の証の祈りかな
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|---|---|
| 釈迦の割石 |
7月21日(火)4回目の富士山登山、
富士スバルライン河口湖口五合目(標高約2300m、外輪山まで約**km)から富士山の5峰〜経ヶ岳
富士山(大日岳・駒ヶ岳・剣ヶ峰白山岳・久須志ケ岳、経ヶ岳2386m)
3回目の時と同じく0時半頃起きて食事を済ませて弁当を作って1時45分に高年のグループと出発した。砂利の車道を進みすぐに足手まといになり小生は先に歩いて右斜めに入った。六合目の「富士山安全指導センター」に着いたら、おじさんがビラを渡した。帰りに登ろうと思って確認のため
「経ヶ岳は何処ですか」
「知らないなあ」
と答えたが、後で渡されたビラを見たら経ヶ岳の名がのっていた。
ライトを付けて淡々とと登って行って白雪荘でヤッケを着て分岐点の須走口江戸家に着いたが御来光は少し早かったのでもう少し歩いて休息しながら御来光を拝んで写真を撮った。見慣れた登山道を痛む右足を引きずって[富士山頂上浅間大社奥宮]に5時半に着いた。
今回の富士山登山で一番賑やかな茶屋通りを歩いて大日岳・駒ヶ岳・剣ヶ峰・白山岳・久須志ケ岳と立ち寄った。
久須志ケ岳に行ったら昨日登って小屋に泊まったおばさん達がいた。
「小屋に泊まったら寒さと風でガタガタうるさくて眠れなかった」
「アレが富士山頂上かしら、疲れて歩けないから行くのやめるわ」
「この富士山の立体図のここを触れれば頂上に行った事になるよ」
「ここね・・・あーさわったわ 頂上へ行っちゃった!」
と久須志ケ岳の頂きの景色を見つめて良しとして下った。
寒い風が風が強く吹く中を富士山5峰を登って[須走下山口]から9時8分に下った。右足を引きずりながら下ってキャタビラ車にすれ違いながら、ここがそうかなと判断して六合目付近の経ヶ岳2386mに立ち寄って、「富士山安全指導センター」の前に朝とは違う人が2人立っていたので念のために経ヶ岳の事を聞いたら、知らないと無愛想な返事をした。今度は馬の糞の匂いと埃と暑さに悩まされながら砂利の車道を歩いて、売店で富士山登山記念の鈴を頂いて愛車に11時18分に着いて仮眠をした。
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| 経ヶ岳からの富士山 |
富士山よ 君を尋ねて
我が心は何処へ行く
砂礫の富士の裾野
歩いて歩いて ・・・・・
喘ぎあえぎ・・・・・
苦しくとも・・・・・
足が痛んでも・・・・・
暗くても 月が照っても
寒くても 暑くても・・・・・
直射日光に晒されても
雨が降っても・・・・・
風が吹いても・・・・・
霧に噎せても・・・・・
我慢して外輪山に立てた
富士のお山は我を守って
お鉢回り巡り 心の旅
| 富士のお釜から虎岩が 見守って八峰 八徳を 心に頂いて天を歩く その心身は鮮美透涼なり |
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| 虎岩 |
追記
*夜明け前と下山の帰りに六合目の富士山安全指導センターの人達に[経ヶ岳2386m]を聞いたが「知らない、分からない」と答えるが、彼らが配っていたビラには、ちゃんと経ヶ岳の名が書かれているのである。そのビラに書かれているものを確実に見て確認して答えられるようになってから指導員として世話をやいてほしいと願います。目と鼻先の峰の名前すら[知らない分からない]と言いながら[ビラにはのっている]とは指導員として情けない事です。
*今回の山旅で一週間に各コースから歩いて4回富士山に登った(合計6回目)。流石に疲れて右足の痛みを悪化させてしまった。良い意味での良き教訓になった。
*案内板に富士山の外輪山に朝日ケ岳が記されていたがどれが朝日ケ岳か分からずに下ってしまった。今度登るときはどの峰が朝日ケ岳か明確にしたい。
*須走口から小富士1906mの峰に登れなくて残念であった。いつかまた須走口に行って登ってみたい。
*富士スバルライン沿いにある御庭2429mに右足が痛み 登らずに下ってしまった。いつの日か庭園を尋ねて見たい。