東海道五十三對
藤枝〜白須賀
| 画 | 題・絵師・版元 | 詞書 | 資料 |
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藤枝 国芳 伊場屋仙三郎 |
熊谷次郎直実仏門に入て上洛し 黒谷の法然上人の弟子となり 蓮生法師と改め故郷へかへる道 藤枝の駅に宿せし家にて鳥目一貫文を上洛まで借用して その質物に十念を授け故郷へ帰り その後又上洛の砌(みぎり) 一貫文を返し預け置し十念を今又我に給はれ といふに いと安き事 と十念を返す 不思議なるは初め十念を受し時池に蓮華十茎咲出たるが 今返す時念仏一遍に一茎づつ消え失たり 此奇特を感じ 責て一へんは我に残し給われ と願へば 念仏一遍を与へ上洛しける それより此家を寺となし蓮生寺と号するなり | |
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島田 三代豊国 遠州屋又兵衛 |
大井川 大井川にて 河霧や 百万石を 浪の上 湘夕 |
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金谷 広重 海老屋林之助 |
大井川無事に越しと嶋田髷 文のかなやに告るふる郷 梅屋 |
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日坂 国芳 伊場屋仙三郎 |
昔此駅に何某の浪人妻妊娠しける 夫は忠義の為に吾妻へ趣くにその帰を待居たりし ある夜佐夜の中山沓掛松原にて盗賊出て恋慕し絶ざるにより斬殺し行衡(ゆくへ)しれず 此女日頃念ずる観世音僧と現じ亡婦の懐なる赤子に飴をあたへ養育なさしむ 夫この事をしらず 夢見あしきゆへ 急ぎ我家へ帰る道にて夜啼石(よなきいし)のはなしを聞て なほなほ奇異の思ひをなし 夜にかかり沓掛松原石の辺りを通りしに 妻の亡霊あらはれ くはしき事を物語り懐の赤子を渡し それより魂魄付まとひて終に敵を討しけり | KY004Heroes & Ghosts |
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掛川 国芳 伊場屋仙三郎 |
此駅に下逆(しもさか)の鍛冶あり 昔福岡宗吉といふ名匠(めいかぢ)帝の勅使を受け 大井川の水に和し 剣一口(ひとふり)打得たり 帝御幸あって 業を試ん と新刃を水にひたして急流の上より藁一筋を流さしめ 其藁此剣の影を流れず 却て水上へ逆上るゆへ 帝感じ給ひ名を下逆と勅号す 其後青江某の家に伝 青江下逆と呼ぶ 此刀一度粉失し 福岡貢 種々辛苦して勢州二見浦にて手がかりを得て 竟(つひ)に刀を手に入れ主家を興す 忠臣稀なり この因によつてこれを図す | |
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袋井 三代豊国 伊勢屋市兵衛 |
桜が池の由来 ある夜法然上人の庵へ女性来りて 我は艮嶽(こんがく)の源空阿闍梨より龍善二会の暁(さとり)をまたんため桜が池に入宮して今は龍身となれり 然るに惣身の鱗の合に数万の虫わきて日に三度夜に二度身を苦むる事堪がたし あはれ桜が池に来て此苦みをたすけてたへ と涙を落して頼ける 上人夢覚めて桜が池に至り給へは 水中より化龍顕れ上人と答和す 上人龍に向給ひて称名念仏し給へは ふしぎや惣身の鱗落てなめらかになり うれしけに 永くみろくの世をまたん とて 又水中にいりしとなり |
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| 鶴を放つ頼朝 |
見附1 国芳 伊場屋久兵衛 |
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見附2 膝栗毛滑稽 広重 遠州屋又兵衛 |
上方より下りの時この宿にてはじめて冨士を見るゆえに見つけ名付るとぞ うなぎなまづすっぽんはこの宿の名ぶつなれば そのえんをとりここにうつすは膝栗毛本文三嶋泊りの滑稽にして何れも様方御_ なれど 只すっぽんの因(ちなみ)により童子の笑ひを催(もよほ)さんのみ 一立斎 すっぽんをここに画くのはこぢ付と 笑はれたらばゆびをくはへろ |
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| 濱松 国芳 遠州屋又兵衛 |
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舞坂の驛 国芳 遠州屋又兵衛 |
沖遠く白帆の蝶もまひ坂に うち寄るなみの花をこそ見れ 梅屋 |
KY107国芳画展 |
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あら井 三代豊国 小嶋屋重兵衛 |
李花集云 延元四年春の頃遠江国井伊城浜名の橋かすみ渡り橋本の松原はまの浪かけてはるばると見わたしあたゆふべの気色おもしろくおぼえ侍りければ 夕暮はみれともみことしらすぎの いり海かけてかすむ松原 宗良親王 |
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白須賀 広重 伊場屋仙三郎 |
女谷之傳 女谷は白須賀の東橋本にあり 昔の宿駅にして建久元年頼朝公上洛し給ふ旅館の旧跡なり 此時橋本の長より遊女郡参す 故にその名あり その頃右大将に寵を得し女ありしが頼朝薨(こう)じ給ふ後 貞操にして尼となり妙相(みょうしょう)と号し一寺を建立して永く行ひすましける 今橋本の教恩寺これなり |
読み下しは「東海道五十三對鑑賞の手引き」を参考にした。
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