復刻版画

復刻版画の展示
(2005年5月22日 40図)
歌麿:婦人相学十体
/婦女人相十品

(2002年12月22日 6図)
浮気之相、煙草の煙を吹く女、文読む女、ビードロを吹く娘、日傘をさす女、面白キ相
歌麿:当時全盛美人揃
(2005年5月22日 10図)
瀧川、兵庫屋内・花妻、玉屋内・花紫、玉屋内・小紫、若松屋内・若鶴、丁字屋内・雛鶴、松葉屋内・染之助、鶴屋内・篠原、扇屋内・花扇、越前屋内・唐土
歌麿:寛政三美人
/歌撰恋之部

(2002年1月27日 6図)
高島おひさ、難波屋おきた
夜毎に逢恋、物思恋、深く忍恋、あらはるる恋
歌麿:花扇・若梅・蓬莱仙
/当世踊子揃

(2002年12月22日 5図)
扇屋内・花扇、玉屋内・若梅、扇屋内・蓬莱仙
道成寺、吉原雀
歌麿:北国五色墨/娘日時計
(2003年10月20日 6図)
芸妓、切の娘、川岸、てっぽう
午ノ刻、未ノ刻
写楽
(2004年5月30日 7図)
板東三津五郎U(石井源蔵)、坂田半五郎V(藤川水右衛門)、尾上松助(松下造酒之進)、市川高麗蔵V(志賀大七)、大谷鬼次V(奴江戸兵衛)、市川男女蔵(奴一平)、市川蝦蔵(竹村定之進)



1.はじめに
 オリジナルの浮世絵をもとに、新たに版を起こし作製したもの。
 「再版」、「複製版画」などの呼称の方が一般的かもしれないが、あえて「復刻版画」とした。
 浮世絵師が書いた版下絵ではなく、すでにできあがっているオリジナルの浮世絵をもとにすること、画材(紙、絵具)が異なること以外、製作工程などは基本的にオリジナルの浮世絵と変わらない。
 「浮世絵版画は、原画といえども、浮世絵師が描いた肉筆の版下絵の複製品である」(吉田暎二:浮世絵事典(画文堂))という考え方もある。

 復刻版画といっても、どうでもいい描線に江戸時代にはありえない色を付けた外国向け土産品から、専門家もオリジナルと見分けることができないものまである。
 後者に近いものは十分鑑賞に堪えるし、どう逆立ちしても入手できるわけがない状態の良い歌麿の大首などを、復刻版画で楽しむことを私はよしとする。


2.2つのタイプ
 復刻版画には2つのタイプがある。一つはオリジナルが摺り上がった直後の色を再現する物。もう一つはオリジナルが退色していれば、退色しているとおりに作製する物。高見澤などの復刻がかつては後者であったが、最近では後者に属する物は作られていない。


3.復刻版画のはじまり
 復刻版画が制作され始めたのは、明治20年頃かそれ以前のようである。明治20年代のものであれば、作製時期が特定された摺り物などが知られている。この時期、芳年の弟子でもあった松井栄吉が、北斎の「諸国瀧廻り」などの精巧な復刻版画を作製しており、一見しただけでは本物と見分けがつかないと云われている(永田生慈:資料による近代浮世絵事情(三彩社)))。


4.高見澤遠治
 大正に入ると高見澤遠治が現れる。初めは破れた浮世絵などの修復(「直し」という)をしていたが、それが警察沙汰になったり、改作した物が新発見だと騒がれたりしたため、直しをやめて復刻版画を始めた。ただし、これらの事件は、遠治の腕を利用した商売人達が引き起こしたようである(高見澤たか子:ある浮世絵師の遺産・高見澤遠治おぼえ書(東書選書))。
 ぼろぼろになった絵を鑑賞に堪えるように修復することは良いことだし、世界中で様々な美術品を対象に行われている。しかし、それを偽って高く売ったり、人気のない春画を改作し、オリジナルだと偽って売るような行為は良識に欠ける。
 「あるとき、松方コレクションから写楽など2点を借り受け、それをもとに遠治らが3日間で復刻版画を作った。それらを見比べていた浮世絵の専門家達は、どちらが本物かわからなくなり、誤って復刻版画を返してしまった。」という逸話があるほど、遠治の復刻は精巧な物であった。
 次の3点は、遠治が使っていた版木で摺られた物である。このうち、栄之の「扇屋・瀧川」には「土佛遊水」という印があることから、遠治の死後、昭和4年に第一書房が「高見澤遠治遺板・浮世絵板画名作集」と銘打って製作した物であることがわかる。「キセルを持つ美人(仮題)」にも「土佛遊水」の印のある物を見たことがあるので、遠治遺板であると思う。「市川団十郎」ははっきりとわからないが、「キセルを持つ美人」と一緒に売られていたこと、非常に出来がよく、特に蒔かれた金属粉がまだ光沢を持っていることから、遠治遺板であると考えている。
 遠治遺板を使いながら、「扇屋・瀧川」の摺りに残念な点がある。遠治は同じ色や少し異なる色を何回か摺り重ねて、退色の様子を出したことが知られている。この復刻もその技法を取り入れて、裾の藍の退色を再現しているが、よく見るとその一部がずれている。このことからも、これが遠治の摺りではないことがわかる。

細田栄之 鳥居清廣 鳥居?
青楼美撰合
初買座敷之図
扇屋 瀧川
キセルを持つ美人
(仮題)
市川団十郎
takigawa kiseru danjuro


5.昭和初期の復刻版画の位置づけ
 〜第一書房「高見澤遠治遺板・浮世絵板画名作集」パンフレット序文〜
「第一書房の複製には後世を誤らしめない為に房主自ら監査の證として「土佛遊水」といふ小さい判を押します。
 複製が余りによく出来ると高い金を出して原画を買っている人たちは感情上誇りを疵つけられるやうに感じられて面白くないかもしれない。併しそれは単なる感情上の誤りであって、実質的には反ってそれは喜ばれなければならないものである。私の経験から申せば、如何に愛好しているとは云へ、毎日原画を飾って眺めていたのでは、段々色があせて価値が減少して仕舞ふのである。そこで良い複製があれば原画のかんじに近い良い複製があれば、平素はそれを飾って楽しみ、珍客でもあったときに、原画を取り出してきてお互いに楽しみを共にする。だから原画の保存にも、良い複製はなくてはならないと思ふのである。
                                 長谷川巳之吉」


6.昭和30年代の木版画事情
 東京オリンピックを目前に控えた昭和37年、NHKで「若いひとたち」というテレビドラマが放映された。このドラマの内容について、日本浮世絵協会(現:国際浮世絵学会)が、「ただでさえ、求人難の職業。この伝統技術がつぶれてもいいのか」という趣旨のクレームをつけている。
 「住み込みで摺り師の修行をしていた若者が、5年の年季が明けても一人前の仕事が出来ず、どなられ、厳しい仕事、賃金の低さもあって、親方のもとを離れ、機械美術印刷工として就職し、幸せを得る。」といった内容のドラマ。
 「これは単に木版画だけのことではない。日本の長い伝統技術やそれを受け継ぐための徒弟の育成は、みな現代の生産機構や労働条件の前に行きづまりを感じているし「人間性」に関して大きな憂悶に苦しんでいる(楢崎宗重:浮世絵芸術 第1巻(1962))。」という状況が、高度成長期の初期の段階ですでに始まっていた。


7.最近の復刻版画
(1)東京伝統木版画工芸協会「名所江戸百景」パンフレット末文
「現在、江戸木版画の技術を持っている職人の高齢化がますます進んでいる。一人前の職人になるには少なくとも十年はかかるといわれているが、技術を継承する若い職人は数少ない。この度の事業は「名所江戸百景」の復刻という具体的な仕事を通して、次の世代に技術を伝承していこうと企画された。」

(2)歌麿の「狐釣之図」
 愛媛県肱川町で、歌麿の「狐釣之図(3枚続き)」の版木が発見された。版木自体は使えない状態であったが、それをもとに復刻版画を作製し、平成11年12月に70組を70万円で売り出したところ、2025人(愛媛県1640人)の応募があった。先の「名所江戸百景」は1枚1万円で売られている。通常の復刻版画の10〜20倍の値段で売り出したにもかかわらず、これだけの応募があったことは、木版画技術の伝承という点から、明るいニュースであったと思う。

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