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小説
あしたのジョー


第五版すみだ川之序
       永井荷風
  隅田川無常詩

隅田川名のみ残れど
白魚の棲める水なく
都鳥砂利船に追る
梅若堂棺桶に入り
水神宮水面を見えず
今戸橋地続きとなり
高速は三囲を越える
過ぎし世を偲ぶもの無けれど
冬ごもり春さり来れば
花が咲き集まり来る
人々の呑み喰い唄う
今も昔も

 浮世絵も身投出水も隅田川
 震災戦災花も花火も

 灌仏会天上天下長命寺
 髪も島田に唯我独尊
酒上蔦内
           

 わが生まれたる東京の市街は既に詩をよろこぶ遊民の散歩場ではなくて 行く処としてこれ戦乱後新興の時代の修羅場たらざるはない。其の中にも猶わづかにわが曲がりし杖を留め 疲れたる歩みを休めさせた処は矢張いにしへの唄に残った隅田川の両岸であった。隅田川は其の当時目のあたり眺める破損の実景と共に 子供の折りに見覚えた朧なる過去の景色の再来と子供の折から聞傳へていたさまざまの傳説の美とを合せて 云しれぬ音楽の中に自分を投込んだのである。既に全く廃滅に帰せんとしている昔の名所の名残ほど自分の情緒に対して一致調和を示す物はない。
              大正二癸丑 


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