生玉荘連絡帳・ぶろぐ         *戻る

何かネタになる出来事があった時に更新(^^)


  記憶記・最近ではないが印象に残っている出来事えっせー。

お題と概要

千葉心

現在の居住地のこと。

そりゃ無理だろう

コスモの思い出・その他無理な話。

はにわの謎

はにわ街道のこと。

実はアニメ無知1

子供の頃見ていた外国アニメ。

あぶくま現象

福島県あぶくま洞に行った時の事。

実はアニメ無知2

子供の頃見ていた国産アニメ。

地元グルメ

珍しい食べ物。

 

 

昆虫の怪

たまげた昆虫体験。

 

 

危機一髪な話

危ない体験。

 

 

ちょっとした間違い

壮絶に勘違いしていた事。

 

 

ゲーム歴

旧世代のゲーマーだった頃にはまったゲーム。

 

 

 ・千葉心

 私が現在住んでいるのは、千葉である。もー誰が何と言おうとチバ、としか言いようがないくらい、都心からはるかに遠く、大地はその大半が田んぼと海岸だ。のどかである。気候がよろしい。なんたって近所の何件かはリゾート用の別荘なのだ。東京が大雪に見舞われた時も、隣町で大水が出た時も、こちらは平和そのもの。申し訳ないくらいである。おまけに食材は、地場物が安く出回っていて、食うだけなら不自由しない。千葉では米が取れる。魚も捕れる。ブタの産地でもある。野菜もあればピーナツもある。これで牛がもう少しいれば、外からの食糧供給断たれても自立できるのではないかと思う。

 …だから、ここにいるとボーッとしてしまう。危機感が無さ過ぎるのが、欠点と言えば欠点だ。かつて太平洋戦争で、本土決戦を見越して飛行場を作り、防空壕を掘りまくったという土地の歴史も、今は昔の物語である。

 ・はにわの謎

 この辺りには謎が多い。というか、突然とんでもない物が、思いがけない場所にある。近くにある「はにわ博物館」もその一つ。なんと「はにわ街道」と呼ばれる道があり、道路の両脇にはにわのオブジェが並んでいるのだ。夜中にバイクでこの道を走った某氏は、闇の中、ライトに不気味に浮かび上がる「人型の影」(しかも口をボーッと開けた)を多数目撃し、ドギモを抜かれたそうである。一応、古墳が発見されたためにこのようになったのだが、その「古墳」へ行ってみても、草の生えた小山がポコポコ2つあるだけで、パッと見には何の事だか分からない。おまけに博物館の前には…まあ、何か理由はあるんだろうけど…巨大なトーテムポールが建っている。古代日本とアメリカ大陸のネイティブ文化に、なんかつながりが有るのかっ!…などと、あまり深刻に考えてはいけない。それが謎というものなんだろう。

 余談だが、毎年「はにわ祭り」も行われているらしい。恐いのでまだ行った事はない。

 ・あぶくま現象

 東北自動車道を北上し、福島で降りると、そう遠くない所に「あぶくま洞」という観光スポットがある。ここへ行ってみるべえと、山瀧夫の運転で向かった時のこと。…小さな看板がある。「あぶくま洞 →」とだけ書かれた、極めてシンプルなもの。看板が出てる以上、後は指示通りに走れば確実に着けるだろうと、我々は安心しきっていた。…走る。また看板がある。「あぶくま洞 ↑」。だんだん人家が減っていく。ホントにこっちでいいの? いやでも、看板があるんだから。…更に走る。道は細くなり、辺りは山の中。ここはどこだか知りたくても、ナビでもない限り分からない。…もっと走る。やっと看板。「あぶくま洞 ←」あー、あったあった。ひたすら走る。日が傾き、だんだん暗くなる。すでに周囲は山また山。なんか不安になり、何度か引き返そうと考えるが、再び何にもない所をだらだら走るのも嫌なので、結局どんどん先へ。…看板がない。人の気配がない。やっぱりやめて帰ろう! と言いかけた所に突然「あぶくま洞 ↓」。 …帰るに帰れない。行けども着かない。しょうがないよ、山の中にあるんだから、そうだそうだ、わははは、と笑いつつ、車はどんどん奥地へと向かう。

「…あのね。昔、“狐火”というお話があってね」

「…なにそれ」

「旅人が、家の灯りだと思って近付いていくと、それは狐の灯した火でねえ。行けども行けども辿りつかず、スーッと遠ざかって行くんだ。そしてついに旅人は…」

「やめんかーーッ!」

 そしてやっと我々は目的地、あぶくま洞へと到着したのだった。これ以降、うちではこの様な現象を「あぶくま現象」と呼んで警戒している。…実は、うちの近辺でも時々起きるのである。なんせ「○○という看板のある角を曲がって…」などと人に道を教えておくと、いつの間にか店が潰れ、看板が無くなり、教えられた人間が路頭に迷ってたりするのだ。

 ちなみに「あぶくま洞」は鍾乳洞です。見応えはあったよ。(なぜか町営だ)今でもあのままなのかなあ。

 ・地元グルメ

   千葉の名産は、よく知られている通りピーナツである。そのせいか、こちらでは給食にも「みそピー」が付いたりするらしい。地元で取れた物はオカズにされる、の原則にのっとり、なんと「ピーナツの煮付け」まで存在する。ピーナツの豆がまだ固くない、若いやつを煮たもの。一度ご馳走になったが、ちょっと食べた事のない味だった。

 かつて私たちは、埼玉の公団住宅にいたことがある。一つの区画内に、まあ店はあるわ学校はあるわ病院はあるわ市役所はあるわで、下手をすると一生、公団区画内から出なくても生きて行けそうな所。(なにが恐いって、それが一番恐かったのだが) その公団内にとある喫茶店があった。普段は、茶店ではホットコーヒー(ブラック)しか頼まないのだが、ある日私はパターンを変えて「コーヒーゼリー」を注文した。 …出て来た。皿の上に、巨大なサイコロが数個乗っている。しかもそのサイコロの上には、何か正体不明の黄色い粉がタップリかかっている。

 きな粉であった。

 あれ以来、「きな粉のかかったコーヒーゼリー」を、私はどこでも見た事がない。あれが一体「地元の食べ方」だったのか、、それとも単に店の経営者がワラビモチと間違えてたのか、いまだに不明である。

 ・昆虫の怪

 私は大抵の生き物は平気なのだが、昆虫にはやや不気味なものを感じる。こいつらが何を考えているのか、人類には決して最後まで解らないだろう… と確信してしまう怖さ。

 高田馬場の下宿に居た頃。いつものように私はコタツでうとうとしていた。 …ふと目を覚ます。真夜中である。目の前に何かいる。

 モンシロチョウだ。

 ちょーちょが突然、コタツ板の上にいて、正面切って私をジッと見ているのだ!

「×◎△♪=※%∞!」

 およそ、この時の驚愕は文でも絵でも表現できない。たかがちょーちょが何故怖いと言われても… これってコワくないー?としか言いようが無いではないか。どうして。どうしてお前はそこにいる! なんのためにー!

 程なく、私は再びちょーちょの怪を目撃した。 …コンビニ。隅の方に野菜が並んでいる。最近ビタミンが不足してるから、何か買おうかと思って覗き込んだ時の事。

 一羽のモンシロチョウが、ラップされたキャベツにたかっている。どうやら産卵しようとあがいているらしいのだ。ツルッとしたラップの表面を必死で探る蝶からは、ほとんどセリフが聞こえて来るようだった。

「どうして? これはキャベツなのにっ キャベツのハズなのにぃぃぃ!」

 都心のど真ん中で、彼女はこのキャベツを、執念で探し当てたのである。そのオソロシさ。

 

 あと… かなり小さい頃、母方の田舎で体験した、いまだにトラウマになっている出来事。大体田舎の人間は虫には強い。幼い私が田舎にいた時、突然家の中にでっけー「蛾」が飛び込んできて、バッサバッサと飛び回り始めた。虫に弱かった子供の私は恐いのなんの、ぎゃーぎゃー悲鳴を上げて祖母を呼んだ! と、祖母は物も言わずに「むんず」と蛾を手掴みで捕らえると(…素手だよ、もちろん)「ぼいっ」と家の外に放り投げたのである。この時のショックで、私は幼心にも「ああ生き物を恐れるなんて恥ずかしい事だ。もっと生き物を好きにならねば」と考えるようになった。それがちょっとコーナーオーバー、行き過ぎて、逆にむにむにした生物が不必要なまでに得意になってしまったのだが、まあそれは後の話。

 田舎育ちの人間はみんなこうかというとさにあらず、である。同じ環境で育った筈の私の母は、まるっきりの生き物オンチだったのだから人間は分からない。ある時、同じ実家で母は庭先に、見事な巣を張っている女郎グモを発見した。小さかった私は突然呼び出された。

「ほらほら!綺麗なクモ! 今取ってあげるからね」

 …子供に親切でクモを取ってあげるという発想そのものが、なんかちょっと一般的でないような。気がしたが、小さな子は母親の言う事には逆らえない。黙って待っていると、母は何を考えたのか突然、殺虫剤!(ハエやゴキブリに使う普通のやつ)の缶をおもむろに持ち出してきて、綺麗なクモにシューッと振り掛けたのであった! 子供呆然。目の前でそのクモは哀れにも、真っ黒になって縮んでいくではないか。どんな原理でそうなったのかはいまだ不明だが、とにかく現実そーなったんだから仕方がない。薄情な母は、クモが美しくなくなったとたんに興味を失ったらしく「あらやだ」といってサッサと家の中に引っ込んで行った。おいおかん、ちょっと! 責任とらんのか!

 この場合虫が恐いというよりも、我が母が恐かったわけだが。

 

 最近は怪現象にも会わず、平穏に暮らしているが、先日家の中で妙な機械音が鳴り続けて、どこが発生源か分からず、ウロウロした事がある。 …よく見ると、ハエ取りテープ(うちではいまだに使ってます)に拘束されたハエちゃんが、最後の力を振りしぼって必死に羽ばたき続けているのであった。思い込んだら融通がきかないあたり、虫なんて私といい勝負である。

 ・危機一髪な話

 私は、本格的な大病や大怪我もせず、どうにか無事に生きてきた幸せ者である。とはいえ、ちょっと運が悪い方へ傾いていたら危なかった、という事態にも何度か遭遇した。

 小学生の頃、母方の田舎である兵庫県にしばらくいた。ヒマそうに道をウロついていて、思いきりスクーターにはねられた事がある。…記憶は、さすがにもはやハッキリしないが、確かに私は空中で気持ち良くクルッと一回転した。気が付くと、お婆さんか誰かが血相を変えて側にいた。当の私は何とも無く、キョトンとしていた。どうやら、回転して落下した時、スクーターの荷台にぶつかったのだが、運の良い事にスクーターの積んでいたのが布団であったため、無事に軟着陸できたらしい。これはまさしく幸運であった。

 が、もちろん、人生幸運ばかりとは限らない。中学の頃、母親に「お前は逆立ち出来ないだろう」と言われ、ムキになった。そして、家の中で思い切り足を降り上げ、「はーッ!」とばかりに逆立ちした。…あろうことか、足の通過する地点にガラス戸の「さん」があったのだ。私の踵はさんを直撃。「はれ?」と気が付いてみると、なんと。かかとの肉がまーるくポッコリ、ハガれかけているではないか。―親子蒼白。あわてて肉をパコッとはめ直し、病院に直行する。医者はなぜか面倒臭そうに、麻酔もかけず、にそのままブツブツと私の足の肉を縫い付けたのである。しかも黒糸で。…出来上がった術後の足の風情は、どー見ても「つぎ当て」か「アップリケ」以外ではなかった。結構大ケガなのに、ちーとも可哀想に見えない所が、私は大変悲しかった。

 高田馬場の下宿で一人暮らしを始めた頃は、「都会に女一人なんだから」とバリバリに警戒心を持って生きていた。が、不思議とそういう「起きそうな所」では、本当に危機的な事は起きなかった。(近隣で暴力団事件やトバク事件はあったようだが…) バブル絶頂期、下宿が不動産屋に買い取られ、ついに転居を余儀なくされた私は、仕方なく目白のアパートへ移った。ここは小奇麗で、ご近所の景色も上品な住宅街であった。とても環境は良いのだが、環境が良すぎて、「安いメシ屋」などどこにも存在しない。どーも違和感を感じるなぁ、と思っていたら、立て続けに事件が起きた。

 一つは、放火をされた事。これは私の不始末で、引っ越しの際に出た紙類のゴミを、袋にまとめて表に出しておいたら、テキメンに火を付けられてしまったのだ。ボヤで済んだとは言え、美しく見えた壁は実はモルタルで、内部が空洞になっていた為、火と煙がが壁の内部に侵入するという、極めて危険な状態に陥った。当時は分別システムはなく、紙ゴミはこうするしか無かったのだが、なんとなく住人の白い目線を浴び、私はこの時点から居づらくなってしまった。

 次に「不審者侵入事件」。部屋に電話が掛かってきた。取って見ると同じアパートの住人のおばさんである。「庭を怪しい男がうろついている。警察に通報するため、アパートの電話を掛けに行きたいのだが、私の部屋から行くと、ちょうど窓から男に見えてしまう。あなたが掛けてくれないか」と言うのである。サッシから覗くと、誰かいるような居ないような… あんまりジロジロ調べるのは恐いので、私はトットと、そして生まれて初めて警察に電話をしたのであった。「うわードラマみたい」と、なんとなく興奮。―後で、調べに来た警察に一体何だったのか尋ねたのだが、なんだかサッパリ状況は判らなかった。そして今でも分からないままなのだ。全く何だか分からないまま「平穏」といのは、もひとつ落ち着かないものである。

 そして… これはちいとも危機的でない話。

 結婚して間もない頃。埼玉の公団住宅。亭主と朝ご飯を食べていた私は、突然血を吐いてしまった。亭主は青くなり、会社に電話を掛ける。「すいません、ちょっと女房が血を吐いたもので… 少し遅れます」 会社の方々も心配してくれたようだ。そして私は亭主に病院へと連れて行かれる。医者は私の喉を覗き込み― チョイチョイと薬をつける。それでおしまい。

 実は、カリッと焼けたトーストのかけらに、喉を引っ掻かれただけなのであった。

「…血ィ吐いたって言っちまったからなー…」

「本当の話は会社の人には黙っててくれる?」

「誰が言うかッ!」

 …でも、とーとー書いちゃったもんね。心当たりのあるUネオンの皆様。私は元気です。当節はご心配お掛けしました。もう時効かと思いますので、どーぞご勘弁下さいませ。

 ・ちょっとした間違い

 子供の頃の話。

 私は、日本には「西部劇時代」と、「時代劇時代」があったのだと思っていた。

 何の話だ! …と思われるかも知れないが、こういうことです。「昔のお話」としてテレビで放映され、なおかつ家でよく見ていたのが、時代劇と西部劇。しかも西部劇の登場人物は、みんな美しく正しい日本語を喋っている。とーぜん、子供の私は「吹き替え」などとという技術は知らないのである。あれはみんなご先祖さまに違いないのだぁ。

 子供の発想とは恐ろしい。おかげで私の感性は、日本人としてはどこかズレてしまい、ズレたまんまで育ってしまった。―ついでに言えば、「ハワイアン・アイ」という、ハワイのパトロールか何かの海外ドラマがありまして。そのアイキャッチでやたらと登場する「トーテムポール」が、子供心には怪物のようで恐ろしくてたまらず、ずいぶん長い間私は「ハワイアン・アイ」を怪奇物だと思い込んでいた。

 子供の頃の壮絶なカン違いがもう一つある。 …「ウルトラマン」等の怪獣特撮ドラマ。あんな巨大な(巨大だと思い込んでいる)ものを、どうやってテレビで撮るのか、と質問したら、母に「あれはね、ぬいぐるみの中に人が入っているのよ」と教えられた。

 その時、モヤモヤと頭に浮かんだ私の考え。…20mほどもある、巨大なぬいぐるみ。その中にアリのようにうじゃうじゃと人がいっぱいに詰め込まれている。「よーし右手を動かすぞー」「おー」 …怪獣の右手の方に、押し合いへしあいしながら、人がわらわらと移動していく。―うわぁなんて恐ろしい撮影をしてるんだぁ!

 …恐ろしいのはテメーの発想の方であった。もちろん、こんなのは物を知らない子供の頃の考えである。分別のある現在、私は世間をそこまで激しくゴカイしたりはしていない。 …と思う。

 世間とはなにかとズレのある子供。大人になってきて、まず始めに憶えたのは、「考えを口にする前に、まず一歩黙って確かめる」事であった。そう、何か致命的に恥ずらかしい勘違いをしていたとしても、言わなきゃ分からない道理なのだ。さりげなく周囲の反応を観察して、自分に間違いがあるのが分かれば、そ知らぬ顔ををして、心の中で訂正すれば良いだけの話である。もちろん、「ギバちゃん」とはギボアイコの略だと思っていたとか、セレモニーホールというのは、何かのイベント会場だと思っていたとか(…イベントと言えばイベントだが)― この程度のカン違いならば、さして気にするには当たらないだろうが(当たるって)。

 いつも、うつむいて書き物をしたりしているので、私はテレビを「聞いている」だけで、映像を見ていない場合が多い。だからこういう情報の誤解が起きる。―「洗わなくっていいよ、無洗米」を、「払わなくっていいよ、無銭米」だと思い込み、はァついに買い手のつかない古米をタダで配り始めたのか、また市場が壊れるなぁ…などと誤解していたのは―

 思っただけで言ーふらかしたわけじゃないから、別にどうという事件ではないと思う。

 …思うけど書いてしまった。

 ・ゲーム歴

 かつて一時期、私はゲーマーだった。

 つっても、いわゆるゲーセンには行った事がない。屋内ゲーマーである。それは、まだ大半のゲームが2Dで、たまにポリゴンがあると、それはマルやらシカクやらの不細工に組み合わさった、何ともつかない抽象画に過ぎなかった時代。キカイで言うとセ○の16ビット全盛期。そして、私の愛機はPCエン○ンだった。

 この頃、私は最も情熱を込め、しかも売り出しのニューゲームではなく、中古のいわゆる「B級」、「クソげー」とさげすまれている物件を漁ってはクリアしていた。…何故か。

 純粋に、「面白かった」のである。「ド○クエ」を真似て真似しきれなかったような、ヘンテコな世界観。酒場のコマンドキャラの一人が、実はゲームデザイナーで、閉め切りに追われながら飲んだくれている…といった楽屋オチ。そして何と言っても、「所詮は二次元のへーめんに過ぎない」世界を、いかに立体的に、そして現実的に見せていくかという、知恵を絞った創意工夫が、あの時代のゲームには有ったのである。

 だから… 面白かった。デキは良くても悪くても、アラ探しをするにしても、それぞれのゲームにはいつも何か新しい「発明」や「発見」があったように思う。だが、今のように、ほとんど現実の物体と変わらないCGの世界での中では、ここまで「何とかしてリアルに見せよう」とする努力は必要がないのだ。よって、申し訳ないが、どれ程CGが美しくても、今時のゲームは私にはつまらない。そこまでリアルなら、現実に体験する方がよっぽど手っ取り早いからである。(まあ、ゾンビや殺人事件は体験したくないわけだが)

 主にロープレと、アクションシューティングが好きだった。全部で80本くらいはオールクリアしただろうか。PCエンジ○独特の「歩いとるのか、滑っとるのか分からん」やりにくい動きの中でアクションものをクリアする事には、逆に「私はこんぴうたの動きを凌駕したッ!」とゆーよーな、変な快感があったものだ。(単なる思い込みだ)そして、ゲーム「初体験」はこれより更にさかのぼり、パソコンゲーム(PC98)時代の終盤に引っかかる。それは何かというと…

 困った事に、ア○スソフトの「ラ○ス3」と、「ぷよ○よ」の前身である「魔道○語1、2、3」なのである。(ア○スソフトは愛用してました… 後ろ指をささないように)もちろん、いわゆる「H系」であっても、純然とゲームとして面白いかどうかだけで判断していた。…この二つは名作だったと思うし、「ああっ、ゲームってこんなに面白いんだ!」と(開いちゃいけない)目を開かせてくれたゲームだった。その後、セ○16ビットの世界で、なんとタテヨコでなく、人物を「斜めに歩かせる」事で3D画面を表現してしまった「ラ○ドストーカー」に出会い、衝撃を受け、さらにPCエ○ジンで、あの広井○子の「天○魔境シリーズ」に遭遇する。…この頃が一番、ゲーマーとしては充実していたかな。しかしやがて機械は進化し、データ量は増え、「プレ○テ」よりも「サター○」派だった私は、時代の潮流の中で見事にコケ、(ドリ○ャスだって持ってます。…ほっとけ)「トゥーム」あたりを境に、しばらくゲームはやらなくなった。やっと最近、プレ○テ2の購入に伴い、思い出したように再び使い始めたばかりである。

 PC時代で、特に心に残っているゲームをいくつか上げておこう。

「ワ○ダーモモ」… いわゆる「ヒュイカード」ゲームで、ディスクですらない。いわゆるB級の、単純なシューティング。しかし設定がすごい。主人公の女の子は、なんと変身ヒロインを演じる舞台役者で、要するに舞台の着ぐるみショーの世界で戦うのである。しかも客席には、この頃問題になっていた「カメラ小僧」が出現し、パチリと写真を撮られると、ヒロインはダメージを受けてしまうのだ! 動きがどうとかこうとか言うより、とにかくやってて楽しかった。

「ボティコン○エスト」… あざとい「ド○クエ」のパロデイ。名作でもなんでもない、超C級ゲームである。しかもタイトル通り、主人公の少年が(子供のくせに)あっちこっちの姉ちゃんと○する為に旅立つという… バカヤロさもここまで来たら、一種の感動がある、というゲーム。

「エフェラ&○リオラ」… まっとーなアクションシューティングである。だが。、ちょっと変。どこがそうかというと… システムはちょっとロープレ風になっていて、主人公たちは町に入ってセーブや買い物を行う。それは別にいいのだが、町の人にぶつかった際、(話しかける時は普通そうするよね)「装備」を付けたままだと、なんと何の罪もない町人を切り殺してしまうのだ! そして「オレたちの仲間は、必ずお前らを追い詰めて復讐する」と脅され、その言葉通り… 殺した人と同じ姿の町の人間が、風の如く近寄って来て、ボコボコに殺されてしまうのである。…こわい! ゆめゆめ、凶器を持ったまま町をウロついてはならない、というお話。

 その他に、「これはホンマモンのはずれ!」というよーな、困ったゲームも多々あった。タイトルは特に書かないが、ストーリーの一番肝心な所まで来ると、突然ゲーム画面に延々と文章が映り、それで話を説明して「第○章おわり」になってしまうゲーム。…締め切りに間に合わなかったのだろうか。あと、なんとキャラのCGデータが1コしかなく(!)主人公の女の子も、敵役も、店の人まで全部同じ顔、というゲーム。どこで人物を区別するかというと… 店の人だと、カウンターで顔が半分隠れている。男だと髪が短い(なんやそれー!) とてもじゃないが、とーてークリアする気になれなかった。

 こういう、山あり谷ありの険難の道を乗り越えて、今の私はあるのである。 …乗り越えたってこんなモンです。

 ・そりゃ無理だろう

 人生には、どうにもならない無理難題であろうと、とりあえず見かけだけでも、突破せねばならぬ局面がままある。

 我が家のファーストカーは、かなり長い間「コスモロータリーターボ」であった。なぜなら、車オタクの同居人が、ついにコレを購入した際、「一生物にして買い変えるな」と、私が厳命したからだ。いずれプレミア・カーになるのである。なるに違いない。そう信じて…それはいーとして。問題が一つあった。これを愛用していると、なんたって後部座席がほとんどただの「すきま」でしかない車、大荷物が乗らないのである。もちろん人間も、ガタイの良い人だと入らない。しかもシートが洋式便器のように窪んでいるため、座り込むのまだしも、立てない。一度ハマると、足腰の弱い年寄りなどは、立ち上がるたびにかなり「ジタバタ」暴れねばならず、辛い。人の送り迎えなどする時には、かなり「無理を我慢」してもらうしかない。 …それでも、日常使う際には、(これしかねーんだから)無理矢理灯油カンを乗せ、ネギを置き、安売りのトイレットペーパーを積んでいた。コスモ君も、あたら3ロータリーにまで生まれて来て、こんなもん積まれるとは思わなかったであろう。最大物干しザオも、無理やり積んだ事がある。

 そしてついに同居人はセカンド・カーの四駆を売ってしまい、気が付くとうちの車は、コスモと… RX7だけになっていた。まだオニギリ(ロータリ)を転がし足りんらしいのである。これで、千葉の海っぺたで暮らせと言うのだから無謀だ。もはや自力で引っ越しも出来ない。とか思いながらも、段々息の上がって来る可哀想な高齢のコスモと、大型税に苦しむ家計を騙し騙し、我々はどうにか共存し続けていたのだが。

 7を身売りさせ、代償にRX-8を手に入れ、「これで送迎と荷運びは大丈夫ね♪」と安心しきっていたある日。同居人は小事故ながらコスモをぶつけてしまったのである。コンピュータ制御の繊細な機能は、全面修理でない限りもはや回復不能になっていた。…二人で泣いた。家族だったコスモは、あっけなく永遠に去った。あるいはコスモは、うちの家計をかんがみ、若いもん(8)に未来を託して逝ったのかも知れない。無理というものは、永久には続かないのだなとしみじみ思った。

 

 しかし世間は時に、「いくらなんでも無理な事」を要求する。ある時ホームセンターに行ったら、新発売の石鹸がポコンポコンと置いてあり、その下に「どうぞお試し下さい」という札が掛かっていた。…水道も何もない店のど真ん中。どおやって手を洗えと? 私はしばらく石鹸の前で悩んでしまい、仕方ないので匂いだけかいだ。

 とある旅行番組。北海道の北の果て、根室の漁港が映っている。地元でしか味わえない、トレトレの新鮮なフグ鍋! さんざん食欲をあおっておいて、最後に言った一言は「皆様もぜひ一度おいで下さい」 …ここは千葉どぁーっ!そんなトコへちょこっとぶらっと行けるワケないだろう! ちなみに同居人の親戚は、実はなぜかほとんど根室にいるのだが、結婚式だろうと葬式だろうと、お互い行けたタメシはないのだ。

 テレビの特集で、「うまい親子丼の作り方」をやっていた。(何の番組かお分かりでしょう) よーし、明日のメニューは親子丼だ!(こーゆー行動を取った方も多いことでしょう) …しかしだ。コレ系の番組を放映した直後か次の日は、スーパーというスーパーからその食材が消えているのである。(この体験をした方は絶対いるでしょう) それでも諦めきれなかった私は、テレビでやっていたレシピ通りに、しかし鶏肉の代わりに豚肉を使い、うまい「養子丼(?)」を作ったのである! …これがあんた、食えた物ではありませんでした。私は生存競争に敗れた事が悲しかった。

 私が、現実離れした物語ばかり描いている、と思ったらしいある人が、もっと読者に身近な話を描け、という意味でこう言った事がある。「たとえば、アイドルの女の子が隣に越してきて、仲良くなっちゃうとかぁ…」 ―そんな。いくら私でも、そんな有り得ない物語は描けない。たとえば宇宙戦争が起き、謎の大陸の遺産が見つかり、恐竜が復活して大暴れする事は、万が一にも有るかも知れないが、アイドルの女の子が突然やって来て、アイドルのままで君にラブするなんて事は、万が一にも億が一にもあるワケがないではないか。それこそ無理難題と言うものだ。

 …こんな突拍子もない事ばかり考えているから、私は世間というものが恐いのである。

 ・実はアニメ無知 1

 信じてくれない人も多いのだが、私は実は、漫画もアニメも言うほど見てはいない。単にマンが描いてただけである。

 だからもちろん、マニアでもコアでもない。ただ、自分が「普通に」見ていた筈の漫画やアニメが、いつの間にか世間一般の人が見ている物とズレていたため、ハタと気が付くとひとりぼっちで、「あれ? あれ?」などと辺りをキョロキョロしていたに過ぎない。

 大体、小さい子供の頃私が大好きだったアニメは、日本の物ですらない。…そう。輸入アニメ。例えば「チキチキマシン猛レース」に代表されるような。しかもディズニー系が好きでなくて、(あのコビコビな目つきがどうも…)フライシャー系。そしてアメコミ物がいやに好きだった。「いくた的」にランクを付けるとすれば、

1位怪獣王ターガン (知らないでしょう。うんうん。…知ってる方へ。マリューちゃんの渦巻き光線が大好きだったの)

2位宇宙忍者ゴームズ (原題はファンタスティック・フォー。アメコミです。そうですムッシュムラムラです)

3位・スカイキッドブラック魔王 (「チキチキ…」の続編のようなもの。いやあポッピーが可愛くて)

4位・ドボチョン一家の幽霊旅行 (この以前に放映された、「幽霊城のドボチョン一家」とタイトルを引っかけただけ。まったく別物です。もちろんズレた私はこっち。特に幽霊ネコ)

5位・アーチーでなくっちゃ (これは結構、輸入物の中では力入ってたのになあ。あまり人は憶えてない。声優に藤村俊二、うつみみどり、山本リンダまで使ってた。続編…かどうかは知らないが、これより後の「ドラドラ子猫とチャカチャカ娘」の方が、まだ知名度がある。こっちは「子猫チャカチャカーズ」(…なにそれ)というバンドのお話で、毎回新曲まで歌ってたんだよ)

 他にも、頻繁には見てないが好きだった輸入アニメはある。「かわいい魔女サブリナ」(地方局ではまだ時々やる)「ペネロッピー危機一髪」「ゆかいなターザン」「くまくんトリオ大脱走」「ドリトル先生」(正確な邦題を忘れた。こおろぎ'73というグループが、コオロギの声をあて、歌まで歌ったのです)。 たとえば「ペネロッピー」は「チキチキマシン」のミルクちゃんと同一人物であり、ペネロッピーと共演する「ギャング7」も、同「チキチキ」で走っているとか、魔女サブリナは、「幽霊城」に無意味に登場する美少女、「ミミー」(…だっけ?)と同一人物であるとか、色々どーでもいい発見もあったのだ。困った事に、これに比べれば「宇宙怪人ゴースト」「スーパースリー」等は、「めじゃあ」なアニメだと、少なくとも私はそう思っていた。

 ま、そのー… 日本のアニメだって見てないわけでは。「チキチキ」を踏襲したようなウリクペンとか(じゃなくてっ) で、そういう輸入アニメのどこが良かったのかというと、単純。ワンパターン。ストーリーを考える必要がない。そして、何と言っても「感情移入しなくて済む」所だ。自分が喜んでようと落ち込んでようと、ひたすら毎週、延々と同じバカを繰り返してくれる、この安心感。それはつまり… 「日常」だったからだと思う。すべての日本人が「サ○エさん」の家庭に共感するわけではない。そして、こちらは日本の物ではないにせよ、詰まるところ「水戸黄門」や「遠山の金さん」にも通じる、日本人独特の「ワンパタ好み」が、私の場合輸入アニメに向かっただけなのだろうと思う。(だから逆に、「うるうる」した目で迫るトムとジェリーなんか苦手。うるうる目でスプラッタしないで欲しいの)

 …ところで、アニメでも何でもないが、人は「クレクレタコラ」を憶えているのだろうか。

【どーでもいいカルトクイズ】

 皆様おなじみの、あの「ウシシシシ」の「ケンケン」が、初めて出演したアニメは何でしょう? *ヒント…劇場用

 メグちゃんは「テクニクテクニカ」、チックルは「マハールターマラ」。では、可愛い魔女サブリナの呪文は?

 ドボチョン伯爵の声を当てていたのは誰?

 怪獣王ターガンの仲間たち、訳の分からない怪獣たちの日本名をすべて答えて下さい。 *大ヒント…うち2つは「マリュー」と「リキラー」

 スカイキッドブラック魔王の、空軍における階級を述べよ…というのはやめて、(実は私も知らないから(^^))ペネロッピーに登場する悪漢の名前(もちろん日本名)は何?  *ヒント…実はペネロッピーのおじさん。何のヒントにもならん

 ★全問正解者には、危ない、エロネタ、もしくはマイナーであるため発表を見合わせている、恐怖の「絶対禁断の替え歌集」のデータをプレゼント。…したりして。くす。

 ・実はアニメ無知 2

 で…

 それにしても、私の見てきた「国産のアニメ」も、なぜか随分、世間の流れとはズレている。

 どこからズレ始めたのだろう…? そう、子供時代、「ママと遊ぼうピンポンパン」(有名)ではなく、「おはようこどもショー」を見ていた。(これは単に時間帯の問題だい) NHKの人形劇では、「ひょっこりひょうたん島」に全く興味が無く、「ネコジャラ市の11人」にハマった。(ネコジャラ市は、実は今でも心の聖典) …世間がいっせいに「キャンディ・キャンディ」を見ていた時、裏番組の「マシンハヤブサ」が1クールで打ち切りになった事に涙した。(誰も知らないんだ… ハヤブサ。これのおかげで私は、車のエンジンはカートリッジ式で、後部にはめる物なのだと信じてしまったのだけども。「グランプリの鷹」になるともっと本格的。でも見てなかった…)

 少女マンガが、いわゆる「オトメチック路線」(これも死語ですね)に走った時、私はそのキラキラに挫折し、それまで一応見ていた少女マンガを、ほぼ完全に撤退してしまった。そして悲しいかな、少年ジャンプにハマった。確か学校の作文で、「包丁人味平」について書いた記憶がある。(先生も大変だったでしょうね)大好きだったロボットアニメは、マジンガーとグレートをすっ飛ばし、実は「UFOロボグレンダイザー」だ。(だって… 兜甲○はムサ苦しいし、鉄也はクラいしぃ。それに引き替え、デュークフリードは王子様よっ 王子様!) でも、これ以外で一生懸命見た記憶のあるアニメと言えば… まあ、時代がら「ヤ○ト」と「ト○トン」は仕方ないとして… なぜか「ブロッカー軍団Wマシーンブラスター」であり、(ロボットアニメの末期症状といわれた傑作)、「グロイザーX」であり、(もう記憶がない。どっかで手に入らないかな) 「鋼鉄ジーグ」であり「マグネロボ ガ・キーン」であり…(ジーグの復刻版買っちゃいましたよ。悪かったよ。子供の頃買ってもらえなかったんだよ) そして、コレ系でないものでは「星の子チョビン」くらいだったりする。(これも王子様なのよ。ほぼキノコだけど)私が今でも大好きで、なおかつやや知名度があるのは「ガンバの冒険」だけかも知れない。(…どのくらいの知名度なのかなあ)

 ガンダム世代の筈なのに、ガンダムの頃、私はちょうどクラブで忙しく、それどころではなかった。どだい5時台のアニメなんか、クラブやってる学生には、見たくても見れる物ではなかったのだ。なんたって当時ビデオは高級品。どーしてもガンダム見たければ、吹奏楽部の私は、重いバスクラの楽器ケースと、膨れ上がった鞄を両手でぶん回しつつ、駅から激走せねばならなかった。…ゼハゼハ言いつつ、よーやっとテレビの前に帰り着いてスイッチを入れた時、いきなりカイくんに「なぜ死んだぁーっ!!」と叫ばれたその瞬間… 私はがっくり肩を落とし、「いいの… もう いい…」と心の中でつぶやいた。そしてアムロは振り向かず、ガンダム世界は私を置き去りに、どんどん進行していったのであった。ちなみに、放映時間が遅かったので、イデオンはばっちり… 見てしまってたじゃーないか。ぐすん。

 

 下宿していた頃、私の部屋には小さなテレビが一台あった。リサイクルショップで、1万円で買った中古品。これでもじゅーぶん見れるわね…と甘く見ていたら、いつからか画面が緑色に変色し、ついで画面の縦サイズが縮んでいき、その上ぶっとい赤紫の帯まで走るようになってしまった。どんなに目を凝らして画面にしがみついても、なに放送してるんだか分かりゃしない。私は次第にテレビを見るのが苦痛になり、ついにはほぼ完全に見なくなってしまった。(代わりにラジオを聴いていた) …そう… 最後の記憶の中では確か、リン・ミンメイが歌っていたような、いないような…

 

 そして(長い間を飛ばして)現代に至る。今、私はもはや、真面目にアニメを見る気力がほとんどない。基本的にテレビ嫌いになってしまったのである。(ニュースは見るけども) それでも、別段アニメの知識に困る事はなくなった。…なぜなら、同居人のYが人百倍知っている上に、かなりの量のアニメをビデオで録画し、ストックしているからである。Y曰く、「老後の楽しみ」だそうだ。そんな…量のアニメ。じじーになって目も体力も弱ってから全部見れる訳ないだろーー! と叱るのだが、Yは死んでもコレクションをやめる気はないらしい。そんな訳で、私が死ぬときは多分、地震でも来て、ビデオの山か、フィギュアの山に押し潰されて終わるのではないかと思う今日この頃である。

 

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