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◆タイ型民主主義の挫折


 タイで反タクシン首相のクーデターが発生、軍が権力を掌握した。クーデター後も混乱はなく、暫定政権への移行が淡々と進んでいるように見える。しかし、今回の事態が国王頼みのタイ民主主義の未熟さを露呈し、政治リスクを顕在化させたことは否定のし様がない。

▽国王依存

 クーデターは唐突に発生し、静かに終わろうとしている。国内ではタクシン派の抵抗もなく、市民生活はほとんど変化なし。国連総会出席のためNYに滞在していたタクシン首相は、「来た時は首相だが帰るときは失業者」の名せりふ(?)を残し、亡命先になるロンドンに発った。

 今回のクーデター劇で改めて印象的だったのがプミポン国王の存在だ。クーデターの直後、ソンティ司令官らは国王に情勢を説明し承認を得たとされる。そして国王の前にひざまずく司令官らの写真が、テレビなどを通じて流された(写真は王室提供)。これで国民も、事態をすんなり受け入れた感じだ。

 政治が立ち行かなくなった時、プミポン国王が危機打開の切り札として機能してきたのが、戦後のタイの政治史だ。92年の民主化運動に端を発する政治混乱時も、国王の登場で危機を収拾した。それが可能だったのは、王室の伝統に加え、賢帝の誉れ高いプミポン国王に対する国民の絶大な信頼があるからだ。

 国王個人頼みから脱すべく、タイは90年代後半から選挙制度の改正などを推進。首相権限を強化し、欧米型の民主主義導入を目指した。

▽未成熟な民主主義

 タクシン首相はそうした新制度の下で総選挙に勝利し、強大な権限を手に入れた。CEO型といわれる迅速な意思決定で農村改革などを実現し、通貨危機後の経済立て直しや産業発展に貢献した。しかし一方で、強権的な政治手法を採用、2005年に派親族による脱税疑惑などスキャンダルが浮上した。

 こうした問題に対し、自浄作用が働くほどタイの民主主義は成熟していなかった。今年2月の総選挙は野党がボイコット。選挙も無効とされ、やり直し総選挙のメドも立たないなど、政治は機能不全に委っていた。

 結局この危機を、超法規的な国王の権威で打開せざるを得なかったところに、「タイ式民主主義」の現状と限界が映し出される。しかも、プミポン国王と違い皇太子の評判は今ひとつで、今後もこの機能が作用する保証はない。

▽政治リスク

 世界の目も、暖かくはない。今回のクーデターに対しアジアでは「そういうことか」と事実として受け止める向きが強い。しかし米国や欧州諸国は、公式にクーデターを批判する声明を発表した。欧米メディアの見出しは"Thailand in crisis"(タイの危機、英Economist)と危機を強調する。

 ここ数年の経済発展で、タイは経済統合が進む東南アジアの中心としての関心を改めて高めていた。しかし今回の政変により、政治リスクへの関心が再び高まらざるを得ない。それはタイのみならず、地域の不安要因としても無視できない。(実際クーデター後、フィリピンの政情への懸念が高まったことはテイクノートすべきだ)。


(2006.9.24)