◆オバマ大統領と世界
米大統領選で民主党のオバマ候補が当選した。米国初の黒人大統領誕生はそれ自体で歴史的。しかも金融危機へ対応、失われた米国の威信回復など難問に直面しており、世界のリーダーたる米大統領の課題は通常時とは比べ物ならないほど大きい。オバマ氏は色々な意味で「歴史の転換点」に向き合うことになる。
▼歴史的な意義
オバマ大統領誕生の歴史的な意義は、いくら強調しても協調し過ぎることはない。米国230年あまりの歴史で黒人大統領は初。人種差別は1863年の奴隷解放宣言の後も続き、公民権運動で公的差別が廃止されたのは1960年代だ。
それからわずか40年あまりで黒人大統領誕生となったのは、多くの米国人の予想を上回る速度だ。米メディアはオバマ氏当選を、黒人奴隷の歴史や公民権運動の歴史と重ね合わせながら重厚に報じた。
NYタイムズ紙は当選を"OBAMA: Racial
Barrier falls as voters embrace call for
change"(人種の壁が落ちた)と評した。歴史の転換を予想した人々は、時代を体験する意図も込めて投票所に長蛇の列を作った。
黒人大統領誕生は政治的にはもちろん、社会・文化的にも画期的な出来事となる。世界史年表上には、もちろん重要事項として記述されることになる。
▼「変化」への期待
オバマ氏勝利は、黒人大統領を受け入れるようになった米社会の成熟や同氏の持つカリスマ性抜きには語れない。しかしそれと同時に重要なのが、米国民の「変化」への期待だった。
ブッシュ政権の8年間を経て、米国は国家の威信の失墜、社会の分断、閉塞感など深刻な問題に直面するようになってしまった。
国際世論の反対を押し切って進めたイラク戦争は、その後泥沼化。米国は国際的な信頼性を損ない、世界はリーダーシップ不在の状況に陥った。大義なき戦争で4000人にも上る米兵が死者し、戦費負担は拡大。米社会には閉塞感が漂い、経済にとって重い負担になっている。
そこに加わったのが金融危機。サブプライム問題に端を発した危機は、政権が推進してきた自由市場万能主義のツケという側面が大きい。しかも結局
、多額の公的資金投入による金融機関救済に動かざるを得なくなった。この結果、国民に負担を強いるのみならず、政権が唱えてきた経済哲学は自己否定された。
金融危機の影響で米経済は深刻な不況に直面。人々は家を失い、失業率は上昇している。国民生活への負担は大きい。
だからこそ国民はブッシュ政権時代からの決別と改革を要望。これに答えたのがオバマ氏の主張する変化(Change)だった。
▼次期大統領始動
当選を受けて、オバマ次期大統領はさっそく動き出した。4日の勝利演説では「米国に変革が訪れた」と改革推進を強調。5日には移行準備チームを発足させ、首席補佐官にエマニュエル下院銀を指名するなど人事にも着手した。国務省からは毎日ブリーフィングを受け、主要国首脳とも電話会談をした。7日には経済専門チームの会合を開催。金融危機への対応などを協議した。
ブッシュ政権の「死に体」ぶりは、従来の政権の末期以上。それもあって、オバマ次期大統領の動向には通常の政権交代期とは比べ物にならないほど注目が集まる。
欧州や日本など同盟国はもちろん、ロシアや中国も次期大統領への期待を表明。シリアのアサド大統領やベネズエラのチャベス大統領のような反米指導者も、対話の糸口模索のシグナルを送った。
▼重い課題
次期大統領の課題は、ある意味では明確だ。当面は、次の3つが最重要テーマ。
(1)金融危機対応
(2)景気対策
(3)イラク・アフガン政策と対テロ戦争(イラク撤退の方針、アフガン増派など)
これに加え、以下の課題も極めて重要。いずれも世界の枠組みや政権の基盤を揺るがしかねない大問題だ。
(4)国際協調体制の再構築(欧州同盟国との関係改善、対話重視)
(5)ロシアとの関係
(6)核拡散問題(イラン、北朝鮮など)
(7)パレスチナ和平など重要な地域問題
(8)環境問題
(9)医療制度改革(選挙の公約)
(10)米社会の融和促進
▼早々の難問
課題はいずれも「すっきりした解」などない難問だ。(2)の景気対策は財政赤字拡大や保護主義台頭とのトレードオフになるし、(3)のイラク政策はいたずらに撤退を急ぎ、現地の治安が悪化したら元も子もない。(4)の対話重視は、下手をすればテロや国際ルール無視の助長につながりかねない。
米自動車産業からは早速、政府補助を求める声が高まってきた。ロシアのメドベージェフ大統領はオバマ次期大統領との建設的対話を強調する一方で、欧州内飛び地のカニーニングランドへのミサイルシステム配備計画を発表。米国のミサイル防衛システム(MD)の中欧配置への牽制球を投げてきた。
オバマ氏もこうした問題の難しさを知っているから、楽観を戒める。当選決定直後の4日夜のシカゴでの勝利演説では、「今夜はお祝いでも明日には重い課題が待っている」と引き締めた。
メディアもオバマ氏への大きな期待が、失望に変わりかねないリスクを指摘する。
オバマ氏は「来年1月までは米大統領はブッシュ氏1人」とブッシュ政権との連帯責任回避に努める。それでも、すでに就任前から正念場を迎えている事は間違いない。
▼大いなる期待
英Economist誌最近号は、オバマ大統領当選を"The
Great Expectation"(大いなる期待)と報道した。期待が失望に変わるリスクはもちろんある。それでも黒人大統領誕生という歴史的の新たな扉を開き、「米国に変革が訪れた」と国民を熱狂させる力のある政治家の存在は大きい。
金融危機への対処など不可避な課題への受身の対応はもちろんだが、プラスアルファとして何ができるのか。これを早急に占う材料はもちろんまだない。ただ、世界がオバマ次期統領とともに「変化への対応」を迫られるのは間違いない。
こうした視点も備えながら、オバマ大統領を見つめていく必要がある。
2008.11.9