「・・・・・・・でない」の作家 吉村伸哉

 もし、東松照明に、私が「あなたの全作品を貫ぬく秘密は?」と聞いたと仮定したら、彼は(むろん私の想像だが)「君にそんなものがわかるのなら教えてほしい、ぼくもよく知らないのだから」と答えそうな気がする。そして、私が東松に「こういうもの(あるいは思想)があなたの作品の核にあるのじゃないか」と具体的に指摘したとすれば彼は言下にそれを否定するだろうと思う。あるいは「そんなものもあるかもしれないが、それだけではない」と答えるだろう。「なになにではない」「似ているがそのものではない」「・・・・・でない」「・・・・・でない」の無限の積み重ねで彼との対話は終わってしまうだろう。
「・・・・・ではない」ということで、私はいつか東松照明が彼の作品「地方政治家」を諷刺的だと批評されたときに、「そうではない」と反発したという奇怪な(?)事件を思いだした。自分の父親にモデルが似てたので他人から諷刺というコトバを聞くのは不愉快だったのかもしれないが,むろんそれだけではなさそうだ。
 むしろ諷刺作→諷刺作家というぐあいに単純に定義づけされることへの恐怖と憤激が東松をして「ノー」といわせたのではないだろうか。また、彼東松照明が、彼の作品を理解し、特質をよく説明してると思われる解説や批評に対して案外に冷淡なのも、同じ理由からのように思える。コトバによって明快に説明しつくされ、定義された疑似東松照明が、活字の世界で彼と無関係に活動していることの空々しさにも彼は耐えられないのではないか。
 彼の胸のうちでたえず繰り返されるにちがいない「・・・・・でない」という一種の内的言語を考えてみれば、彼が自己模倣を極端に嫌悪するタイプの作家であることもわかるような気がする。たぶん、「・・・・・である」を無数に積み重ねて自己を説明しようとするタイプの人なら、自己模倣を繰り返し、偶然のチャンスを身に飾りつづけて、自分を”完成”させるだろう。だが、自己模倣を拒否しようとすれば、自己否定の限りないくり返しの連続となる。だが、どんな作家にも、原型的といっていい始源的なモチーフがある。このモチーフと自己否定の対立、矛盾、それが映像作家東松照明の作品の深奥には常にあるようだ。
 ところで、これは”定義”でなく、ひとつの”傾向”としていうなら、東松照明は現在の写真家のなかでは最も映像的ボキャブラリーの豊富な作家であることはまちがいない。その語彙の豊富さはウイリアム・クラインに匹敵するか、それを越えるだろう。むろん、映像表現が百年とちょっとの歴史しか持たない現在では、それらのコトバのうち辞書にしるされているのはごくわずかで、当然新しいコトバは自分で発見するか、発明するかしかない。映像言語の多様さ(言語のうちのある種のものは狭義の写真技術であり、更に狭義にはいわゆる”技法”と呼ばれるものであり非常に広義には現在グラフィック・デザインと呼ばれる分野の技術も含まれる)が裏付けになくて、なんで映像を使用して多様な思想を語りうるだろうか?
 語彙がみじめにも不足した文学者を人は責めるが、映像言語の語彙が不足した写真作家を人は責めない。責めないどころか、自らの語彙を豊富にしようとして技法上のさまざまな実験を試みる人たちを、逆に”特殊技法に傾斜してる”などというスジの通らない避難をあびせかねないのが現状というものなのだ。・・・・・ともあれ、東松照明の全作品と、全部の試行錯誤は、良心的な映像作家というものが現在及び将来どんな姿であったか、いやあり得るかということのかけがえのないほど貴重な証言のひとつとして、われわれが再度味わなければならないものだと思う。 (抜粋)

   1965.4月号.フォトアート