ここはどこ?
ここへはどのように、どこから来たのか?

この一枚がキーポイントとなり、地図上でポイントを探求して旅を再構築し、訪れた年が前後したが並べてみた。

この地点は、大原より若狭街道を南下した比叡山口の近くである。
大原・三千院、寂光院を後にしてのことであろう。
金閣寺
上の写真とは違う年のこと。
羽田から空路大分に向かったとき悪天候で急遽伊丹に着陸。予定を変えて金閣寺に来たら雪の金閣寺を見ることができた。
観光の連れの人たちががっかりしていたのが、私には不思議だったのを憶えている。
このような風情を見られる偶然を喜んだ。
龍安寺


山門を入って行く人たち、
このページの最後の写真の人たち
と思い比べる。
龍安寺 石庭
 石庭正面の油土塀
石庭の作者相阿弥の思想は、ただ石と砂だけをもって禅の悟りの道を表現している、といわれている。
みな、声もなく語っている石庭と向き合って、問答しているのだろうか。
寺の歴史を思い、禅を考え、美を感じているのであろうか。

私もその一人であるけれど、
「無我」「無心」「悟り」「吾れ唯だ足るを知る」など、到底たどりつけない凡愚を知るばかりだ。

2005/3/14

青春の彷徨 V

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