人間バカになって人を救え!
これがおそらく、カンコンで勝つための最良にして究極のコツでしょう。
先代の感想皇であるかがみさんも、現感想神であるYukimiさんも、「バカであること」
が重要なファクターと考えられていることからも、今後いかにバカになれるか?
これから一年もの間にどれだけバカを磨けるか?が、次回のカンコンにおいて大きなテーマとなることは否めません。
しかし、昨日…いや、厳密に言ったら今日の、かがみさんのネトラジでも言われていたことなのですが、
この調子でエスカレートしていけば、カンコンどころの騒ぎではなくなり、
テレビ局を呼んでもいいくらいのものに発展しかねません。
まあ、そこまでやる人がいるかどうかは定かではありませんが、
ただでさえ、今もドラゴンボールみたいなインフレ志向のイベントになりつつあるので、
これがこのままインフレしていけば、最終的には死人が出るんじゃないのかなあという不安すら抱いてしまいます。
それに、「バカになること」と言うのは簡単に言えば、=「バカなことをしでかして笑わせること」であるので、
バラエティ番組で芸人が体を張ってやってるようなこと(例えば罰ゲームとか)に走る人も出てくるんじゃないか?
とか、そんな不安もあります。
そうなると、もはや感想がどうとか、そんな問題ではなくなってきます。
感想はエンターテイメントである、と言うのは今も変わらぬ私の持論なのですが、
笑いを取るためにバカなことをしでかして、それを音声や、動画としてカンコンに出展するというのは、
ちょっと違うんじゃないかなあと思うわけで……。
ここらで細かいルール設定などが必要なんじゃないかなあと考えてしまいます。
そこでちょっくら、「感想」についての私の私的見解を述べたいと思います。
そもそも感想の定義とはいかなるものなのか?
カンコンの出展作品を読むと、「これって感想か?」と思える作品に出会います。
その最たる例が歌でしょう。
歌についての感想ではなく、歌そのものを創っている。
はたして、これが感想だと言えるのでしょうか?
結論から言えば、私の見解としてはイエスです。
なぜなら、感想とはそこにその人の心が表れていれば良いと考えられるからです。
極論を言えば、まず感想があって、その表現手法として、音楽、絵画、文章等があるのです。
それは違うんじゃ…と思われる方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、考えてみて下さい。
例えば、ピカソの絵なんて、絵を見ただけでは何を描いているのか素人にはさっぱり分かりませんが、
そこには確実にピカソの意思、ピカソが描きたかったものが表されているのです。
つまり、ピカソは何らかの感想を絵にしていると言えるわけです。
音楽にしても同様で、ミュージシャンやアーティストと呼ばれる方々は、自分が思ったこと感じたことを
詩にしたり、曲にしたりしているわけで、これもつまりは彼らの感想が表されたものだと言えます。
そして、最も感想の媒体となっているテキスト。
これには様々な形態、表現法があります。
作文、論文、コラム、エッセイ…等など。
しかし、これらも書き手の思想及び考えが反映されているという点では感想なのです。
例えば、ドナウ文明についての学説を書いた学者がいたとしましょう。
学説と言うと感想ではないと考えてしまいそうですが、これも突き詰めると、
ドナウ文明について私はこう思います、推測します、といった筆者の感想を元に書かれていると言えるのです。
つまり、音楽にしろ、絵画にしろ、テキストにしろ、そこに人の心が、想いが宿らないというのは、
実質不可能であり、これらのほとんどのものはすべからく感想なのです。
逆に言えば、ただ事実を列挙しているだけの、そこに人の心や想いが感じられない文章だったしても、
「私は〜だと思います」などのような一文が入ってるだけで、感想にしてしまうことも出来るわけです。
さて、そうすると先程の「バカなことをしでかし、それの感想を出展する」というのはどうなるんでしょうか?
例えば、素っ裸で町内一週走り回り、その時の感想を動画付きで出展したとしましょう。
私の持論から言えば、そこに「恥ずかしかった」と一言でも書かれてあれば感想となってしまいます。
つまり、この傾向を止める手立てはないのです。
ただ、今の調子でどんどんエスカレートして行くと、これくらいのレベルの作品が乱立することにもなり兼ねず、
結果、素っ裸で町内一週走り回ったにも関わらず、それでも感想神になれないという悲劇が起こってしまいます。
そうなると、これはもはや「単なるバカ」で終わってしまうため、カンコンのためにネタでやったという口実があったとしても、
その人が被るリスクは多大なものになることでしょう。
まあ、それも自己責任によるものなので仕方ないと言えば仕方のないことではありますが、
こうなってくると、誰も滅多なことが出来ず、次第にデフレになってくることも考えられます。
となると、結局はその時代、時代によって感想神に選ばれる感想というのは違ってくるのでは?と思えます。
インフレ中は、やはり「バカを極めた作品」が選ばれることになり、
逆にこれがデフレになると、素朴で良質のテキストオンリーな感想が選ばれるのかもしれません。
まあ、この先どうなるか全く分からないので何とも言えないし、私のこの不安も杞憂に終わるかもしれないのですが、
やっぱ、先程予想したように、ものっそいインフレした未来のカンコンも見てみたい気もする今日この頃です。
【追 記】
いずれにせよ、この先テキストオンリーな感想は余程の工夫と文章力がないと勝ち抜けないと思います。
また、どれだけ面白い感想が書けたとしても、それが読む人にとって知らない事だったり、興味がない事だったりすれば、
下手すると読まれないということもあり得るわけです。
感想コンテストなのに、その感想が読まれない。
そんな矛盾をカンコンははらんでいるとさえ言えるのです。
ゆえに、今後本気で感想神を狙うのであれば、画像や音声を使用することも考えた方がいいかもしれません。
と、言うよりそれがもう当たり前になりつつあるのではないでしょうか?
このように、今のままで本当に良いのかと、疑問を感じずにはいられないし、なんだか釈然としないところもありますが、
この件に関して言えることはただ1つ。
と、いうわけです。
まっ、要は勝てばよかろうなのだ〜!!!
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