bQ24

ハワイマウナケア山頂 すばる望遠鏡をバックに記念撮影
加瀬部久司 1998年3月21日(8P〜14P記事参照)
目次
快晴!満腹?カリブ海日食大宴会旅行記(堀脇朋子)
国立天文台「すばる望遠鏡」見学記(加瀬部久司)
天体のコーナーに戻る
堀脇朋子( 大阪府吹田市)

1998年2月26日の皆既日食、私は「総トン数77,000トン、乗客定員1950人
、乗組員数 900人の豪華客船ドーン・プリンセス号での1週間のクルーズ」とい
う西はりま天文台友の会のツアーに参加し、カリブ海の美しい島で快晴の下、素
晴らしいコロナを眺めることができました。
ちょっと長くなるのですが(なにしろ盛り沢山なツアーだったもんで)楽しか
った旅の話におつきあいくださいね。
(1)2月20日(金) 大阪からマイアミへ

出発日。今回は関西空港でなく伊丹なので、吹田在住の私はうれしい。集合が お昼過ぎということもあって、油断してたら遅刻しそうになった。
いつもにぎやかな西はりまのツアーだが、今回は地球の裏側ということで2月 20日から3月2日までと長い(この年度末に!)のと、費用もお高めというこ ともあってか黒田台長以下14名+JTBの添乗員さん、計15名というこじん まりとしたグループ。JACのメンバーではチリも一緒に行った磯部さん、また メキシコ、チリ、インドといつもお世話になってる和歌山の津村さん、ほかにも チリやインドの時の仲間が数人一緒だ。
伊丹から成田までは全日空で、成田からはアメリカン航空でシアトル、そして マイアミへ。飛んでる時間だけで15時間余、機内食を食べては、寝て・・・マ イアミのハイアットリジェンシーでやっと体を伸ばせたのは0時近かった。(日 本時間では翌21日のお昼。長い1日だった。)

(2)2月21日(土)マイアミからプエルトリコ(サンファン)へ
ステキなホテルなのに4時間ほど眠っただけでバタバタと出発。残念。マイア ミからプエルトリコまで約2時間のフライト、朝食はまた機内食。 マイアミに 着いた時もむし暑い感じだったけど、プエルトリコは陽射しが強くて真夏のよう 。午前中バスで市内観光した後、レストランへ。久しぶりのちゃんとした食事に 感激!(この後、船で毎晩フルコース責めになることをこの時はまだ知らなかっ た・・・)食後、港に向かうまでの短い自由時間に、宴会用の特産ラム酒を入手 した人有。そういえば、既に成田の免税店で宴会用の日本酒を入手していた人も いたらしい。
バスで港に着く。一目では全景が見えないでっかい船! 乗船の為の書類は全 部英語で、住所名前を書くだけでもひと苦労。パスポートを船に預け、名前の書 かれたカードとパスポート引換券(?)を受け取る。やっとチェックインできた 時にはもうぐったり。とりあえず11階(!)の部屋に落ち着く。同室者はインド のときも一緒だった立木ちゃん。
夕食は早速フルコースディナー。前菜、スープ、メイン、デザートなど、それ ぞれ日本語で書かれたメニューから選ぶ。いろいろあって目移り・・・そしてお 腹いっぱい!! 食後は各自部屋の救命胴衣を持ち、避難訓練に参加のため8階 カジノへ集合。英語の説明はわからないけど、見よう見まねで救命胴衣を着けて みた。このまま1週間ずーっと英語浸けかと思うとちょっと気が重かったりして ・・・ プエルトリコ出港は24時を過ぎていた。14階のプールサイドで星を眺め る。カノープスが高い。今夜は宴会なし。
(3)2月22日(日) セント・トーマス

船室は内側で窓がないため、朝になっても外の様子がわからない。朝食を食べ に14階のレストランに行くと、既にセント・トーマスの港に着いていた。スーツ ケースを部屋に放り出したままで毎日違うところに行ける。クルーズっていいな あと実感する。
朝食はいろいろな種類のパンや卵料理、ハムやチーズ、果物、飲み物がたくさ ん並ぶバイキング。シリアル類やオートミールもあるが、ごはんはない。あたり まえか。
船は夕方まで港に停泊しているので、島に降りて観光してもいいし、船内のい ろいろなアトラクションに参加してもいい、というシステム。船の中でオプショ ナルツアーの申し込みもできる。このツアーに決めた時から、せっかくカリブま で来たのだから行けるところは自分たちで行ってみよう、というつもりだったか ら、磯部さん、津村さん達と一緒に迷わず降りる。
船を降りるときには乗船時もらったカードを機械に差し込む。誰が降りたかチ ェックしているらしい。港には観光タクシーが多いが、とりあえず歩いてみる。 たくさんの土産物店や宝石やカメラを扱う免税店が、美しく揃った外観で並んで いる。少し歩いてロープウェイに乗る。一人10ドルだが早速津村さんが値切って 8ドルになった。山の上から見る島の景色は月並みな表現だが絵葉書のよう。私 達が乗っている「ドーン・プリンセス号」ともう1隻のクルーズ船が港に並んで いる。

昼食のため一度船に戻ることにする。船に戻れば食事は無料。朝食を食べたレ ストランでバイキング。朝食とは違うメニューがいろいろあるが、あまり食べら れないものだ。
食後再び島へ。黒人女性運転手の観光タクシーと一人15ドルで交渉成立し、島 一周してもらう。きれいな海が印象的だった。 今夜はフォーマルナイト。いつ もの日食ツアーと違い、男性にはスーツ、女性はドレスが必要。旅行前にJTB から送られてきていたパンフレットには「イブニングドレスやカクテルドレス、 着物」なーんて書いてあったから大変。フォーマルナイトは1晩ではないし、セ ミフォーマルもあると書いてあった。同じ服というわけにはいかないが、持てる 荷物にも限界があるし、日本で着れない服は買いたくない。ということで、レー スのブラウスにロングスカート、ラメ入りショールとパールのネックレスでそれ なりに着飾る。立木ちゃんは白のノースリーブのワンピースにロングの手袋がか わいい。もう一人の女性梶原さんは着物だ。ロビーでのウェルカムカクテルパー ティに出ると、外国人客はタキシードやロングドレスも多い。
船長の挨拶では日本人客は22人とのことだか、ほかの日本人はどこにいるの かわからない。5階のレストランで今夜もフルコースディナーのあと寝てしまっ たが、黒田台長、磯部さんほか数名は、部屋が狭くて集まれないので14階で遅く まで宴会していたらしい・・・


(4)2月23日(月)ドミニカ
今日は島の郵便局に行こう、とみんなで決めていたが、途中でカーニバルに出
会う。変わった服装の人が歩いてるなあーと思っていたら、色とりどりのキラキ
ラ衣装に身を包んだ男女の列が、車に積まれたスピーカーから流れる大音量のリ
ズムにあわせ、踊りながら歩いてくる。音楽が変わり、衣装が変わり、踊り手の
年齢(小さな子供からじいさんばあさんまで)が変わり、列は延々と続き、みん
な写真を撮りまくっていた。このカーニバルは年に一度のことで今日と明日だそ
うだ。そのため郵便局も休みと判明。

強烈な陽射しと大音響でなんだか疲れて船に戻り昼食。ディナーで食べ過ぎ なので、サラダや果物中心に取るが、ケーキには心惹かれる。 午後、船のブリ ッジの見学会があり参加。説明が英語なのでわからないが、レーダーや棚に収め られた色とりどりの旗は見るだけでおもしろい。
カーニバルの雑踏の中ではぐれてしまったメンバーと合流し、再度島へ。観 光タクシーの客引きが寄ってくる。津村さんがじゃんけんを教え、勝った方のお じさん(「後だし」だったが)と交渉、値切った上決定、島を回る。名所の滝は 国立公園で入場料がいる上、滝専属ガイドがいて別料金を取られた。滝自体は箕 面の滝などを見慣れている私達にはまったくたいしたことなかったが、滝に至る までの岩だらけの道は、ガイド無しには厳しかったかも。港の傍のきれいな教会 の前でタクシーを降りる。夕方になっても町はカーニバルの余韻が残っている。 港の近くの露店でTシャツなどを物色し船に戻る。
当然だか今夜もフルコース。それぞれにおいしいがお肉も魚も大きくてさす がにちょっと疲れてくる。イタリア人ウェイターのフィリッポが、パスタをたく さん盛り付けてしまうので、津村さんが「少し、半分、てんこ盛り」を教え、量 を加減してもらうことに。
売店で船オリジナルの日食Tシャツが売り出され、多くの乗客が買っていた が、2、3日後にはL以上のサイズは売切ていた。(レストランの椅子にお尻が 入りきらないような人がいっぱいいるんだから・・・)
7階にシアターが2つあり、映画「コンタクト」と「ビーン」を上映するこ とになっていたが「ビーン」はなかったらしい。一人で船内をぶらぶらしていた ら映画を見に来た黒田台長達と会い、バーでカクテルをごちそうになってしまっ た。今夜も早く寝たが、やはり宴会はあったらしい。
(5)2月24日(火) グレナダ
今日着く島には船は着岸できないので小船に乗って上陸。どうも緊急時用に この船に備え付けてある小船のようだが、かなりの人数が乗ることができる。30 分ほどで港へ。この島はスパイスが特産だそうで、港にもたくさん露店が並ん でいる。
今日は昼過ぎに出港のため忙しい。港ではまたも津村さん達がタクシーの交 渉。タクシーは運転手さんの奥さんが経営する小さなスパイス店や、ドミニカの 滝よりもっと小さい滝(この島一番の観光地らしい)を巡り、海の見える高台で 写真を撮った後町へ戻る。みんなと別れて港の側の郵便局へ葉書を出しに行き、 土産物店で買い物した後、12時過ぎに船へ。
今日のお昼はいつものバイキングはやめ、津村さんらと5階のレストランへ 行く。朝食時に親しくなったウェイターさんが英語のメニューから選んでくれた があまりにも多くて食べきれなかった。これもクルーズの料金のうちと思うと残 念! 午後はお昼寝。立木ちゃんはプールへ。
今夜は2度目のフォーマルナイト。着替えてからデッキで海の日没をみんな で眺める。ディナーはやっぱり多くて食べきれない人続出。食後劇場にミュージ カルを見に行く。出演者達も乗船しているのだ。今夜も宴会があったが、また寝 てしまった。
(6)2月25日(水)ベネズエラ(ラグアイラ&カラカス)
とりあえず降りてみた港町ラグアイラは、埃っぽく雑然とした感じ。表通り から一歩入るとその印象はもっと強まる。見るところもないようなので一度船に 戻り、体制を立て直して(?)山の向こうの首都カラカスまで行くことにする。 山の上は厚い雲に覆われているように見える、明日の天気が少し心配になる。
人数が多くなったのでタクシーというわけにいかず、バスに乗ることになっ た。貸切かと思っていたらアメリカ人のグループも乗ってきて満員に。高速道路 を1時間ほど走ってカラカス到着。これまでの島々と違い、普通の都会といった 雰囲気。街の中心の広場や建物、植民地時代の暮らしを展示したきれいな博物館 を見学し、昼食抜きでラグアイラへ戻る。
そのまま船に帰る人たちと別れ数人で町を歩く。スーパーマーケットで、お 土産用にベネズエラ産ビールを買う。ベネズエラ産クッキーを買った人も。昼食 のかわりにファーストフード店(?)でピロシキのようなものを買い、みんなで 分け合って食べた。フルコースにちょっと飽きた舌には、なかなかうれしい味だ った。
港の建物にはTシャツやガラス細工などの土産物店がいっぱい並んでいて、 出港時間ぎりぎりまで見比べて買物してしまう。夕食後、買物疲れで早寝してい ると津村さんからロビーでシャンパンタワーやってるから見においでとの電話。 寝てたときのまんまのような格好で、グラスのタワーにシャンパンを注いだけれ ど、写真撮られるんだったらもっと着飾って行けば良かった・・・
いよいよ明日!
(7)2月26日(木)アルーバ
朝食に集まったメンバーで島に降りるか、船に残るか話し合う。レストラン から見ると、島には雲がかかっているように見える。迷った人もいたが、雲のな いところへ移動できる船に残った方が確実な晴天が望めるため、最終的には添乗 員さんも入れると15人中9人が船上で日食を見ることにし、津村さん、磯部さん 、立木ちゃん、そしてインドの時一緒だった澤井さん、武田さんと私の6人が降 りる。 船着き場の前でタクシーに乗る。6人乗れるバンは2台しかなく、運転 手の言い値が安い方に決定。日食と島内観光で夕方までつきあってもらうことに なった。(今日は値切らず) けっこう渋滞している町中を抜けるとすぐに美し いビーチが見えてくる。

「地球の歩き方」で写真を見て、行ってみたい!!でも無理だろうな・・・
と思っていたカリフォルニア灯台、アルト・ビスタ教会に行くことができ大感激
!! もうひとつ「地球の歩き方」に載っていたサンタ・アナ教会で、みんな急
に信者になって晴れを祈ったり、四角いアルーバのコインでおつりをもらおうと
して、ジュースを買ってみんな同じように5ドル札を出したり、荒波が打ち寄せ
るナチュラル・ブリッジ という観光地に連れて行ってもらったり、と午前中は
島の北半分を十分に楽しむことができた。
朝のうち真っ青に晴れわたっていた空に雲が多くなってきた。タクシーの運転
手さんが、島の南端のベイビービーチの方が天気が良くなるというので行ってみ
ることにする。車の揺れにうとうとしていて、ふと目を覚ますとフロントガラス
に雨滴、空は一面厚い雲、みんなお通夜のよう。あわててまた寝ているふりをす
る。次に目を覚ますと雨は止み、雲にも切れ目が出ていてひと安心。


ハンバーガーショップで一同テイクアウトのセットメニューを昼食用に購入 。少し走るとレストランが有り、スカイウオッチャーのツアーがまだ時々雲に隠 される部分食の撮影を始めていた。真剣に撮影している人達を横目に見ながらハ ンバーガーを食べ、雲の動きを眺める。少しずつ晴れ間が広がってゆく。
運転手さんの意見では海上の雲はこちらには来ないとのこと。皆既の時間も 迫ってきたのでここで見ることに決定。ツアーで来ている人達の邪魔にならない ように、レストランの外のサボテンだらけの荒れ地で機材を広げる。(立木ちゃ んと私は「見てるだけ」)

いつのまにか空は快晴に。そして少しずつ陽射しが弱まってゆき、気温も下 がって・・・ 14:09:50、第2接触。コロナが広がりシャッター音があちこちで 続く。遠くに打ち上げ花火も。金星、木星も見える。インドの時に比べてずいぶ ん長い時間がたったような気がした時、一際輝くダイヤモンドリングを最後に空 が明るくなった。約3分30秒、終わってみれば、夢のような一瞬。
まだ後半の部分食を撮影しているツアーの人達を残し、さっさと片づけて再 び観光に出発。洞窟探検、ビーチでのちょっとした水遊び、街に戻って日食Tシ ャツ探し・・・PM5時過ぎに港に戻り、6人でおそろいの日食Tシャツに着替 え、入港してくるドーン・プリンセス号を迎える。
船上の方も当然ながら快晴だったとのことで、ディナーの席でみんなで乾杯 。(でも観光できた分、下船組の方が勝ってたと思うけど・・・)
出港は夜中なので、アルーバ島発行の日食記念切手を買おうと食後もう一度 島に降りたが、郵便局は閉まっているし、普通のお店では売切れで入手できず。 残念。

眠る前に14階で、名残惜しいアルーバの夜景と南十字星を眺め、自慢のお土 産品を見せ合うパーティ。カリブの島も今夜が最後。
(8)2月27日(金)1日中海の上
朝、ゆっくり起きて朝食。午前中にパスポートを返してもらい、船内でアメ リカ入国手続き。昼食後は立木ちゃんと二人で広い船内を探検し、外国人のよう に甲板の椅子に座ってバカンス気分を満喫。船内のレストランでのアフタヌーン ティーにも出席。相席になったアメリカ人の母娘と片言以下の英語で話(?)。 夕方にはアメリカの旅行社主催のパーティもあり、みんなで参加。
夕食後は明日の下船に備え、1週間ベッドの下に広げっぱなしだったスーツ ケースに荷物を詰め込む。
23時頃から12階プール横で、お酒やお菓子を持ち寄り船上最後の宴会。今夜 は海が荒れて風も強く船が大揺れ。プールの水が溢れて流れてくる。そんな夜で もプールではしゃぐ外国人の少年少女もすごいが、AM1時まで宴会していた私 達もすごい!?
(9)2月28日(土)プエルトリコ(サンファン)からマイアミへ

朝6時に起きてレストランへ行くと、船はもう入港していた。急いで朝食を 摂り、ロビーで下船の順番を待つ。客の数が多いので、なかなか降りられない。 あっという間の、でも盛り沢山で思い出いっぱいの1週間のクルーズ船の旅だっ た。
予定では下船後はすぐ空港に向かうはずだったが、少し時間があるというこ とで、海辺の要塞の観光に行く。海と空がとても美しい。 昼前に空港に。予定 では13時40分にサンファンを発ち、夕方にはマイアミに着くはずで、「時間があ ったらマイアミビーチへ行きたいね!」などと言い合っていたのだが・・・
13時20分に飛行機に乗り込むが1時間立っても飛び立たない! エアコンも 効かず、機内は蒸し暑くて気分が悪くなりそう。エンジンの出力が上がらないと のことで、15時20分、乗客は降りて空港ロビーで待つことに。
ロビーのガラス越しに見ていると、飛行機はエンジンのカバーを開けて修理 している様子。しばらくすると、私達の荷物を載せたまま出力テストに行ってし まった!(荷物返せー!!)ちゃんと帰ってきたけど。
4時間余り遅れて飛行機は離陸。無事マイアミに着陸したのは夜8時過ぎ。 マイアミビーチに行けるはずもなく、現地ガイドの手配で日本食レストランへ。 フルコースディナーに疲れたお腹に、お寿司やうどんが優しい。
みんなとてもしんどかったはずなのに、ホテルに戻ってから宴会は今夜もあ ったらしい。
(10)3月1日(日)マイアミからシアトルへ、そして・・・
ほとんど寝るまもなく早朝出発。マイアミからシアトルまで約6時間、順調
に帰国の途に着く。昨日の飛行機の遅れが「恒例西はりまツアーのトラブル」(
チリでは高山病、インドでは飛行機が飛ばず帰国が1日遅れ、モンゴルでも予定
の飛行機に乗れなかった)だったのかなあ。
それやったらえらい楽勝やん。なんて言ってたら、シアトルから成田への飛
行機が、トイレの故障で遅れるという。初めはすぐ直るだろうと思っていたがな
かなか出発のアナウンスがなく、挙げ句の果てに、飛行機は直ったがクルーが揃
わないので飛べないという始末。
2日PM7:20成田発の全日空大阪行に乗り継ぐためには、2時間遅れが限界と いうことで、日本に着いても当日中には大阪に帰れないことが決定。エア・イン ディアならともかくアメリカの飛行機がねえ、と思うがしかたがない。クレジッ トカードを使って公衆電話で家に連絡。職場の上司はインドの時と同じ人。きっ と「またか」と笑ってるだろうなあ・・・
結局3時間半ほど遅れて離陸。飛び上がってしまえば後は順調で、日付変更 線を通過し、約10時間のフライトで2日PM7:40成田着。全日空が遅れてる、はず ないよな・・・
アメリカン航空の手配で羽田東急ホテルに泊まる。夕食はホテルのレストラ ン。大根おろしを添えた小さなステーキと白いごはんがおいしくて、船では食べ きれなかった人も残さず食べている。
今夜がほんとの最後の夜。日食ビデオとお土産にするはずだったスモークサ ーモンやキャビアで大宴会。AM3時前まで。
(11)3月3日(火)やっと帰ってきました
ホテルのロビーに立派な段飾りのお雛様。朝食は船と同じバイキングだけど 、和食メニューがいろいろ。日本に帰ってきたんだなあと実感する。
全日空羽田発伊丹行きは、ほぼ定刻どおりに離陸。長時間のフライトに慣れ た体には1時間なんてあっという間。AM9時伊丹空港ロビーで黒田台長の挨拶で 解散。11日+おまけつきの日食ツアーは無事(?)終了したのでした。
西はりま天文台の日食ツアーはチリ、インドと参加し、去年のモンゴルをお 休みしたので3回目の参加ですが、回を追う毎にパワーアップしているような気 がします。今回は人数が少なく、またいつものようにトラブルはあったものの、 豪華クルーズという企画のおかげで、旅と日食の両方の素晴らしさを満喫してき ました。
長期休暇とお金と夜毎の宴会につきあう体力が必要なのが難(?)ですが、 ぜひまた参加したいと思っています。
加瀬部 久司(兵庫県三田市)
1.まえがき
現在、国立天文台がハワイ島マウナケア山頂(標高4205m)に建設を進 めている大型赤外光学望遠鏡「すばる」を見学することができましたので報告し ます。
建設中のため本来見学許可して貰いにくいところなのですが、たまたま小生の 勤務地が工事に関係していたことで無理を聞いて貰いました。 従ってメンバー は勤務先の人たちのみで構成し、ホノルル(オアフ島)3泊のよくある格安海外 旅行ツアーをメインとして企画し、参加者23人の内関心のある10名がハワイ 島へ渡りマウナケア山へ登りました。 天文好きは私のみで、他の方は単に好奇 心だけのおじさん・おばさんを含めたメンバーでした。
2.ホノルルを経由し、一路ハワイ島へ
行程は3月19日(木)夕方関空を出発し、23日(月)に帰国する3泊5 日。
何しろ格安を歌い文句に企画したため、食事は機内食以外は全く無いだけで なく添乗員も不在となり、私がツアーリーダーとして添乗員代わりまでする羽目 になりました。
航空NW16便は出発が1時間も遅れたために、ホノルルでの乗り継ぎ時間 を2時間とっていたにもかかわらず間に合わず、現地で次の便に変更してもらい ました。 最初からトラブルでこれから先を心配してしまう。
しかし添乗員不在でも旅行会社のバッチをつけているだけで、現地ツアー担 当者が待ち構えていてうまく私達を見つけ出し流暢な日本語で乗り継ぎなどを世 話してくれたので、ほとんど迷うことなく移動でき助かりました。 さすが観光 地化されたハワイならではの手際の良さに、終わってみれば感心しています。

ホノルルを後にし真珠湾やダイヤモンドヘッドを見ながら約20分、ハワイ 島らしき島影が飛行機の右手に見え始める。 まずなだらかなマウナロア山(4 169m)と、そしてその左手にややゴツゴツした山が見えてきました。
はじめそれが目指すマウナケア山とは思いませんでしたが、山頂付近を双眼 鏡で眺めると丸いKECK天文台が2つ並んで視野に飛び込んできました。
「おおっ。とうとう来たゾ!」と感激の声を発しながら少し双眼鏡を左へ振ると、こんどは二段積みの一風 天文台にしては奇妙な姿の「すばるドーム」を目にすることができたのです。
私は、はるばるやってきて「すばる」へ巡り会える喜びと、威風堂々とした姿に嬉しく大声を出しそうになりまし たが、周囲を見渡すと皆は普通の観光気分で喋ったり眠ったりしていますので、 誰にも言うことなく静かに興奮を押さえていました(天文仲間ばかりなら、どよ めきが起こっていると思うのに…)。
また周辺にも大小いくつもの天文台が並び、正に北半球を代表する天体観測 地であることを実感したのです。
3. ハワイ島観光
ヒロ空港到着は午前11時過ぎ。 ホテルのチェックインまで貸し切りバス にて市内観光をすることになっています。 ガイドさんは日本語ペラペラの日系 女性でしたので、言葉が通じることをいいことに予定になかった30kmも離れ たキラウエア火口を見物をしたいとの声が高まり、滝を1つ簡単に見ただけで強 引にキラウエアへいくことにしました。
ヒロ市内からはマウナケア山が直線で約40km離れているというのに、天 文台と共によく見えます。 地元では雪をたたえるので「ホワイトマウンテン」 と呼んでいるそうですが、実際には雪は完全に無くなっていました。
何しろ今年の冬は、熱帯雨林並みの降雨量で有名なこの地方でも殆ど雨が降 らなかったそうで、エルニーニョが原因なのかもしれないと言っていました。
またヒロ市はホノルルに次ぐハワイ第二の都市で人口約4万人。 かつて日 本の入植者が多くあり現在でも日系人が何割かを占めているそうで、日本風の庭 をもつ住宅を見かけたり「○○家の墓」などと漢字で書かれた御影石の墓石を見 るにつけ、日本の匂いを強く感じます。
入植者の多くは砂糖きび畑で苦労しながら働き、開墾し土地を得、財を築い て行ったのだそうです。
昼ご飯は、時間がないので通り掛かりの田舎のガソリンスタンドへ立ち寄り 、ホットドッグと飲み物を買って車中で食べることになった。 初めてここでド ルを使うことになったが、海外旅行初体験の人は会話どころか小銭の種類も判ら ない状態で、ひと騒ぎに発展。 これも良い思い出になるだろうと放ったらかし …。
期待のキラウエア火口はやはり想像以上の規模でした。 大まかに言えば楕 円形をしているようですが、長手方向は約4.5kmもあるそうで、噴火の度に新 しい火口が重なり合っていて、今でも噴煙をあげているところもあります。
4.ヒロの夜
宿泊は市内のホテル「ヒロ・ハワイアン」でした。 夕食後ハワイの星空を 少し楽しもうと屋上へのルートを探すのですが、最上階をいくらウロウロしても 屋上へ通じる階段が見つからないことから、どうやら展望用には作られていない ことが判りました。
どうにか天井にメインテナンス用として作られた約70cm角の抜け穴を見 つけ、壁に打ち込んだ梯子をよじ登り潜水艦のハッチを開けるようにして何とか 屋上へ出ることができました。
この少々ドロボーのような行動は、76年オーストラリア日食の時にシドニ ーのホテルでRB氏とやった手口で、懐かしいような、しかし誰にも見つかって はならないスリルがあり、探検気分を味わいました。
さて屋上は真っ暗でしたが、懐中電灯をソッと照らすと障害物など全くなく 、柵がないので端へ行かない限り安全であることが確認できました(星野写真撮 影も十分可能)。
その後やっぱり一人では不安なので、部屋の相棒(先輩)を誘い二人で屋上 で星空を楽しみました。
その夜はほぼ快晴で、オリオンは西へ傾きカノープスもよく見えています。 昼間行ったキラウエア方向には、90年ごろに噴火し現在も噴煙を上げ続けて いる火口が赤く染まって見えます。
街中なのに6等星近くまでよく見える理由は、これだけの街でありながらネ オンや水銀灯が全く無くすべてナトリウム灯で統一されているためのようです。 空港だけが唯一水銀灯でひどく明るいのですが、これも23時には完全に消灯 され空一面星空を楽しむことができました。
天体観察のために、あらゆる人々が協力していることを強く感じました。 その夜は南東低く昇ってくる南十字やΩ星団、それにα・βケンタウリなどを双 眼鏡で楽しみました。
5. マウナケア山頂への道
20日(金)は快晴に恵まれました。 天文台行き専用のチャーター便がホ テルまで迎えにきてくれます。 運転手兼ガイドは女性で「ゲイル」と言う名前 でしたが、全く日本語が話せません。 日本語ができると約$200高くなりま すので、英語だけのガイドさんを日本で指名していました。

ホテルを出てからSADDLE ROAD(200号線)を走ります。 SADDLEという 名の由来は、マウナロアとマウナケアの2つの山が作り出す、U型の斜面を馬の 鞍(つまりSADDLE)に例えて言うようになったのだそうですが、舗装はしてあっ ても狭くて起伏やカーブが多く、レンタカーは4WDでなければ保険の対象とは ならないのです。
そのうち誰かが「道路」と言い出しましたが、そんな感じの少々ワイルドな 道路です。ガイドの説明を解る範囲で通訳しながら山頂をめざします。 途中2 700m地点に「」があって、トイレ休憩。
ここは86年のスペースシャトル打ち上げ失敗で他界した、ハワイ島出身の オニヅカ宇宙飛行士記念碑があります。 また、天体観望ツアーの場所とあって 35cmシュミカセや天文台説明などが展示してありましたが、スペースはあまり 広くなく内容も一般向けで、天体観測のメッカにしては少々もの足りなく感じま した。
また、16歳未満はここから上には行かないようにと看板が立っています。 成長期に酸欠による脳障害を起す可能性があるからです。 15分くらいでガ イドが早く行こうとせかすので、出発となっってしまった。 高山に体をならす ため、ここで30分は休憩と思っていたので慌てる。 一寸不安。
道路はここから山頂付近までダート道が続きます。 標高2000mを超え たのは初体験で、いっきに4000mまで昇ります。 3000mを超える頃か ら頭がボーッとし喉が渇いてきました。明らかに高山特有の症状のようです。 晴天で遠くの景色がどんどん下に見えるようになり、眺めは最高なのですがそん な余裕はなく、酸素を補うため細めににペットボトルの水を飲みました。徒歩で 登ればゆっくり高山に慣れるのでしょうが、車の場合酸素不足に体がついて行か ないのです。
やがて山頂付近へ到着。道路は再び舗装され大小幾つもの天文台がが配置さ れ、KECKや「すばる」のドームがひときわ大きく青空に聳え立っていました 。

6.いよいよ天文台見学
マイクロバスをすばるドームの現場事務所前に停車させると、日本から赴任 してきている技術屋さん達が出迎えてくれました。 気温は普段数度と言うのに 、その日は10度位もあり寒さを感じません。 今日は特別良い天気なのだそう です。 するとなぜか蝿が1匹飛んできました。標高4000mを超えたガレ地 なのにたくましい奴だ。 仕事とは言え、空気が地上の約60%程の環境の地へ 毎日通うのは大変なことだと思う。誰もが10kgくらい痩せたそうです。

さて、天文台の概要と急な動きをしないことなど高山での安全注意を受けた 後は、いよいよ見学です。 ヘルメットと被ってドーム下の観測棟から入り、地 下トンネルを20m位歩いてエレベーターに乗ります。 エレベータ棟は白色で ドームの外側に貼り付けたようにはみ出して設置されていますが、これは少々興 味深いことだと気づきました。

ドーム内の気流制御をうまくやるために、ドームと経緯台式望遠鏡の水平回
転を完全に一体化して動くように作られていますが、観測室の床もドームに同期
して回転するため、エレベータをドーム内部に設置することが不可能なことです
。 従ってエレベータはドームの外側に設置された訳ですが、エレベータを出る
と回転するドーム部との5cm位の境界(隙間)をまたいでドーム内へ入ること
になります。この隙間を超える時、ドームに入る実感が沸き立ちます。
さて、ドームに入ると「すばる望遠鏡」が見えます。 望遠鏡全体が紺碧と でも表現したいくらいのとても透き通った青色をしており、非常に美しい姿をし ています。 この色はデザインで決めたのではなく、熱影響を最小限に押さえる ための断熱性が優れた特殊塗料なのだそうです。
肝心の主鏡はじめ光学系はまだ届いておらず、鉄製のダミーを取り付けてバ ランスを合わせ機械的調整が進められていました。 光学系の調整を除けば85 %程終わっていると言うことで、口径8mもありながらパロマー天文台ヘール望 遠鏡(5m)などと比べはるかにコンパクト(感覚的に大きさ・重量とも数分の 一)です。 しかも詳しい説明を受けるに従って、最新技術によって徹底的に主 鏡や副鏡の光学調節や架台の機械的歪み、また気流や温度制御などにより光学性 能を徹底して引き出すよう追求していることが伺えます。 更に主鏡や副鏡の自 動交換や鏡面洗浄・再メッキなどにも省力化と効率化が徹底されており、従来の 常識に捕われない検討と挑戦が込められていると感じました。 大型望遠鏡と言 うより、ドームを含めて全体を「天体観測ロボット」か「天体観測マシン」と表 現する方がふさわしい気がします。

全体費用が400億円を超えるという大掛かりな装置でありながら、コンパ クトに感じるのは経緯台方式を採用したための効果で、500tonもある望遠鏡 をミクロン級の精度で駆動できるのは正にコンピュータと精密機械工学の融合が なせる技で、大型望遠鏡はこの20年ほどで大きく進化したといえます。
光学系は4系統あり、カセグレイン・クーデ・そしてナスミスが2系統とな っています。 主境は約25tonで背面から261本の能動支持機構によって支 えられ、荷重や気温などで変形する鏡面を常に観察しながら最適曲率を維持する ために±0.1ミクロンの精度で自動調節されるようになっています。 更にこ の能動支持方式を積極的に活用して、通常カセグレイン光学系では主鏡はF3. 3で使用しますが、ナスミス光学系ではF2.5に鏡面を変形させることができ 、観測に最適な曲率を作り出すことも可能とか。 全くすばらしい発想と挑戦で あると思います。
光学系の完成予定が遅れているようですが、今年夏頃にはなんとか搬入しフ ァーストライトを年内(たぶん11月末)には達成したいと言っていました。 NHKが放送するのでしょうか?
なお、光学系が入った後も細部の調整が当分の間(1〜2年?)続くようで 、調整担当の技術者はまだまだ帰国できないようです。
このように「すばる望遠鏡」は、我々が説明を受けただけでも多くの新しい 概念や類のない高レベルを狙って製作されており、世界屈指の性能を維持するだ けでなく今後の望遠鏡や天文台のあり方に先進的な刺激を与える存在であるだろ うと確信しました。 今後数十年にわたってすばらしい発見や観測成果を私達に 提供してくれることは間違いなく、天文学や科学進歩に大きく貢献し宇宙の神秘 を一層増幅させてくれるでしょう。
しかし、この天文台が重要な存在であることはそれだけでなく、我が国が初 めて自力で海外へ設立した本格的科学研究施設であるということです。 これま で我が国は経済的には外国に対して進出してきましたが、科学技術始め殆どのも のは狭い国内に閉じこもっていた感がありました。 国立天文台の海外進出によ って、今後どんどん海外へ出かけたり受け入れできる新しい時代の先駆けとなっ て欲しいと思うのです。 国立天文台では、今後も電波望遠鏡など色々な計画を 持っているようです。
見学予定の1時間はあっという間に終わり、もっともっとじっくり見学した い思いを残し、天文台を後にしました。 下山途中、大型トレーラーが道路一杯 にどこかの天文台へ搬入する数m級のフォーク部をはみ出させて登って来るのに 出くわし、我々のマイクロバスは舗装されていない路側帯まで突っ込んで待避し ました。 通過するフォーク部を眺めながら、こんな偶然に簡単に出くわしてし まったことに感激し、気が遠くなる位嬉しく感じました。

7.その後
下山後は10名の内6名がそのままホノルルへ戻り、私を含む4人がもう1 泊することになっています。 6名を空港まで送った後レンタカーを借り、夕方 キラウエア火山付近の溶岩が海まで流れ出した場所へ行ってみました。
また、翌日は島の西側にあるコナの街までドライブすることにしました。 北回りで反時計方向に走りましたが、途中マウナケア山がよく見え山頂の「すば る」や「KECK」のドームを眺めながら、美しく雄大なハワイ島の景色を堪能 しました。 コナは観光化されているとは言えまだまだ素朴な味わいが沢山残っ ており、風邪と光が心地よく自然で美しくゆっくり滞在するにはすばらしい保養 地であると感じました。 今回は時間がありませんでしたが、保養と星見を兼ね て再来したいものだと思いました。
以上
P.S.
国立天文台ハワイ観測所については、以下の文献にも載っていますので参考に して下さい。 @「天ガ3月号」 A「天体233号」P1 〜P4:嵯峨山氏 B「天ガ・98年夏号」P59〜P65