大阪万博の話題をもうひとつ。 それは回転寿司が大ブレークしたことです。
回転寿司の元祖は1958年に東大阪市の近鉄・布施駅前で"回転"した「廻る元禄寿司」です。 元禄寿司に始まる回転寿司は、大阪人のせっかちな気性に合ったのか話題を集め、1967年にはフランチャイズ1号店となる仙台店がオープンしました。それを皮切りに全国展開が進んで行きます。 しかし、まだまだブレイクまでには到らない回転寿司でしたが、1970年に開催された「大阪万国博覧会」に出店する事となり、一躍脚光を集めました。 その大阪万博の西口に、回転寿司がオープンしました。 回転寿司は近未来の寿司システムとして万博の未来志向に見事にマッチし、一挙に全国的な認知を集めたのです。 さらに元禄寿司は、大阪万博の4年後の1974年に、ニューヨークへの海外第1号店を出し、これが回転寿司のイメージを高め、その後、元禄寿司が持つ回転寿司の特許が切れたことから、一挙に全国各地への出店が広がりました。
●その回転寿司は 終戦直後の1948年に白石義明さんによって考案されました。白石さんは当時、中小企業の工場がひしめきあう東大阪で立ち食い寿司屋を開いていました。 それまでの寿司屋といえば高級料理の代名詞でした。 しかし白石さんは地元の工場で働くお客さん達に喜んで貰おうと、一皿20円の立ち食い寿司屋をオープンしました。 一皿20円という明朗会計と低価格による安心感がある立ち食い寿司屋は、高級品が安く食べられるとあって人気を集めましたが、今度は寿司職人の確保が難しくなり機械による省力化を迫られていました。 そうしたジレンマを抱える中、ビール工場の見学をした白石さんは、そこで見たベルトコンベヤーの上をビンが流れ、次々とビールが注がれる様子から、寿司屋でそのコンベヤアーが使えないかと思いつき、それから10年の歳月をかけて回転寿司の基礎となる「コンベヤー旋回食事台」を開発したのです。 |