Page1 いつの間にか建てることに成って、 地鎮祭へ
ヘ−ベリアンへの道
旭化成へ−ベルハウスに住む人の事をヘ−ベリアンと言い、仲間意識が強いらしい。
3月のある日、娘、女房、私の予定が久しぶりに合ったのでドライブの計画を立てた。 しかし、当日は無情にも雨。仕方なく牧ノ原に出来た大型ショッビングセンターに行ってみる事にした。 確かに大きい。駐車した車を捜すのに大変なので隣の住宅展示場に車を止めさせて貰い 何年か先だが家もそろそろ建て替え、買い換えを考えて居たから住宅展示場も覗いて見る。 「どこから見る!」と目を輝かせる女房に、面倒くさそうに「何処でも良いよ」と私。「じゃぁ端っこから 順番に見る」と、はしゃぐ女房。左端に有る旭化成から見させて貰う。 対応に出たのは若い女性だった。鉄骨の構造体の免震構造や、へーベル板の耐火性、防音生 の説明に興味を持った。約1時間の丁寧な説明を聞き外へ出た。相変わらず冷たい雨がシトシトと 降り続き肌寒い。
次に入ったのがS林業の家だ。丁寧に出迎えられ最初に通された部屋は半地下の 防音室。説明では、「カラオケ、映画鑑賞が心おきなく出来ます」と言われたがその頃から私の体調に 変化が・・・3月と言うとそろそろ花粉症が始まり、体がアレルギー体質になり敏感に成ってくる頃 その中で、締め切った半地下で暖房が入った部屋は条件が悪すぎた。たちまち目、鼻、喉に 来てしまった。目からは涙があふれ、鼻はくしゃみと鼻水、喉はガラガラで痛くなり居たたまれず 家から飛び出した。係りの人は「こんな人は初めて」と冷ややかな目で送り出されてしまった。
冷たい雨の中、暫く外で休んで別の展示場を見に行くも玄関までしか入れない所も有った。 帰りがけ女房に「フォルムアルデヒドで新築はむりかなぁ〜」と落ち込んでしまった。 姉がライオンズマンションを買ったがマンションに行っても目、鼻はチカチカ、ズルズルに成る。 マンションの説明にもフォルムアルデヒドの出る様な工事はしていないと言うし、ほとほと困ってしまった。 4月3日、女房が「八千代台にも住宅展示場が有るから、なんで旭化成が平気だったかもう一度 確かめに行ってみる?」と言われたが「何度行っても一緒でしょ」と言いつつ重い腰を上げた。
此処で出会ったのが運命の人、旭化成の大石さんだった。親切丁寧に説明を受け、先日の 牧ノ原の事を言ったら「一度新築の家を実際に見学して見たら如何ですか?」と提案を受けた。 旭化成では建築現場から築何十年と言う家をバスで案内して内部を見せてくれるそうだ。 実際に住んでいる人の家を見るなんて事はめったに出来ないし、シックハウスも実感できるかな、 でも参加したら後には退きずらいと言うと「無料ですよ。他にも、地盤調査、通風シミュレーション 日照シミュレーションまでやって、間取りのプランを提供して気に入らなければ断って頂いて 結構です。お金は一切掛かりません」と此処まで言われたら「ホントか?」と思いながらも チョットだけ気持ちも動いた。 家に帰り女房と相談。取りあえずバス見学会だけでも行ってみようと申し込んだ。
バス見学会
4月8日天気晴天 幕張の住宅展示場から旭化成の大勢の人に見送られバスは出た。 皆さん家を建てる人達なのか・・・随分若い人も居る。最初に行った家は築29年と言うが そんなに年月が経っているとは思えないほどしっかりしていて綺麗だ。手も殆ど加えて居ないと言う。 次に建築現場へ行った。外壁と鉄骨だけの家に入ったら「此処はビルが建つの」と言うくらい の鉄骨構造にびっくり。柱も梁も頑丈そうな鉄骨だ。階段も鉄で出来ている。その訳は・・・ 「火事で階段が焼け落ちたら下に降りられないでしょ」納得。 一階も二階も広いワンフロアに成って居て木造で言う仕切り柱が無い。故に間取りが自由に 出来るし後からの変更も自由なのだ。
究極は、火炎実験。外壁がモルタル、タイル、へーベル板の3種類を用意し、実際の住宅の 様に後ろに木枠を付け、断熱材を貼った物を30分ほど火炎放射器状の物にさらす。 外壁は大きな変化は無いがモルタルやタイルは中迄熱が伝わり木枠は燃え断熱材は 溶けていた。へーベル板は裏面なら手で触っても殆ど熱さは感じなかった。木枠にも断熱材にも 全く変化無く、火や熱に高い断熱性耐火性を証明した実験だった。 最後に新築から4ヶ月の家にお邪魔したがシックハウスは感じなかった。大きな吹き抜けに 明るい部屋、広いリビング。やはり新築は良い。玄関の壁に結露対策で珪藻土を塗ったそうだが、 へーベルハウスは密閉性が良い割には結露もしないと言うお話だった。 いかにも住みやすそうな家だった。実際、建てた人からも話を聞け大いに参考に成った。 その後も、色々と住宅展示場を見て歩いたがへーベルハウス以上の家は見つからなかった。
耐震性、耐火性、防犯能力、自由設計、60年と言う長いメンテナンス計画と保証。今、木造住宅を 建てても30年後の80歳代に又建て直しか大幅なリホームか買い換えを考えなくては成らない。 その年で出来るか?60年保証のへーベルハウスなら私たちの後の代まで住める家に成るしホルムアルデヒド も感じない。提案された間取りを見たら素晴らしく最初の打ち合わせの時「今の家の不満をお聞かせ下さい」 と言われ、暗い、寒い、日が照らない、物入れがない、ベランダに出づらい等たくさん言った。 今住んでいる家には気の毒だが悪口を言ったら、それを全て解決するような間取りの家を設計してくれた。 特に日照には気を使った。我が家の土地は東と南に2メートル程の段差がありその高台に2階建てが建って 居る為に日が当たるのは一日数時間で冬などはとても寒い。だから第一希望は光を取り入れた明るいキッチン 「日照シミュレーション」 は春夏秋冬太陽の位置と高度を計算して家の何処に一番日が当たるか計算し、 それに元づいて間取り、窓の位置、形、を設計した。 風通しを考えた窓の大きさと位置を設定できる「通風シミュレーション」これも優れものだった。 パソコンを駆使した3Dであたかも部屋の中を歩いて各部屋にいるかのように見せてくれるソフト等こんな家に 住みたいと言う気持ちにさせてくれるプランニングだった。
家を建てる人の気持ちを良く理解し、何を望んでいるのか深く考え、それに見合ったプランを何度でも 書き直して納得のいくまで相談に乗ってくれた。話に夢中になり23時近くに成ってしまった事もあった。 人の家なのにそれ程まで真剣に議論し図面に起こして細かい説明の繰り返しにやっと納得の行く物に 近づきつつ有った。このプロ集団に任せて安心できる、その時点でほぼ気持ちが決まった。 旭化成のへーベルハウスに決定した最大の理由はセールスの大石さんの人柄によるところが大きい。 彼の、誠実で穏和な所に引かれた。此方の気持ちを一生懸命くみ取ろうと良く話を聞いてくれる。 その中で、此方の希望に添った物を探しだし、選び、勧めてくれる。不要な物はハッキリ「必要ない」 と言ってくれ幾らでも思いつきをぶつけても受け止めてくれる。例え良い物を売っていても売り手が イヤな奴なら買う気はしない。よく、つきまとって聞きもしない説明や強引な売り込み、しつこい勧誘 などに会うとそれだけでイヤになる。良い企業は良い人材を育てる。旭化成はそう言う会社と見た。 仕事だから当たり前、と言う部分も有るだろうけど、それだけで朝から夜遅く迄客の戯言に 真剣に付き合い親身なれるだろうか、心の底から「この人達に希望に添った良い家を提供したい」 と言う気持ちに溢れた人でトッテモ安心して信頼でき任せられる。
膨らむ夢
建てるぞ!と決まると勝手に夢が膨らんで・・・道路から段差のない広い玄関に入り、大きな靴箱に 靴を入れ、広いホールのドアーを開けると広く明るいダイニングキッチンが有り、美味しそうな匂いが 漂っている。洗面所も広くトイレ、風呂は将来どちらかが車椅子に成ったときでも介助者と一緒に 入れる広さが有り、ダイニングの続きには10畳の和室、掃き出しの広い窓が有り、其処から眺める 枯山水の庭。池には何百万のコイが泳ぎ、きれいに手入れされた庭木には四季折々の花が咲き それを縁側から眺めてくつろぐ・・・・ その頃の打ち合わせは楽しかった。予算の事等考えもせず、より広く、より良い物をと夢が勝手に 一人歩き。家で女房との打ち合わせでもお互いに勝手なことを言い合って、すごい家に成ってしまった。 幾ら掛かるだろう、土地も今の10倍は必要か・・・ それからが大変だった。
あれこれ削って行く訳だが、寂しく、悲しい作業に段々嫌に成ってきた。 しかし、大石さんや設計の前田さんとの打ち合わせ期日まで決めて置かなければ成らない事が 山ほど有り落ち込んでいる時間はなかった。この時期は、大変さと楽しさと悲しさの入り交じった 忙しい時期だった。一番の壁は「限られた予算」
この金額以上絶対にオーバーしないようにと 心に堅く誓い、防犯や日照、必要な間取りは確保しつつ削れる物は削った。 自分たちでも調べられる物は調べ此方から提案もしたが、相手はプロ。何故「そうなのか」の説明を 受けると納得。夢気分だけで選んだ我々の提案を最大限受け入れる努力をしてくれるが あっさりボツに成る事も有ったがめげずに「一生に一度と」ドンドン夢や思いつきをぶつけた。 家の外側から始まりコンセントの位置、形に至る迄、家に関する物全てを打ち合わせ、決定して 行かなければ成らない。
女房はキッチンの形で悩み私は照明器具の形と場所で悩み打ち合わせに 要した時間は莫大な時間となった。そして納得して決定するまではより以上の時間を要した。 私たちは夜遅く打ち合わせが終わり帰宅すれば「今日は疲れたね、早く寝よう」と言えるがメーカーの 人達は私たちが寝ている時間も提案された物を捜し検討、次回のプランニングの為の準備と未だ 仕事して居るのだろうなぁ〜と申し訳なく成る。実際家に帰って居る時間あるのかしら? 図面も何十枚と書き直して貰い間取りなどは30センチ単位で検討を重ね自分たちの背丈に見合った 家に成る様に導いてくれ図面上かなり納得の行く家に近づいて最終決定を出せたのは旭化成のスタッフ 全員の力だと感謝している。
カラーコーディネート
此処では資格を持った専門のスタッフが全体のバランスで全ての色の相談に乗ってくれる。 壁紙、床、カーテン、照明、etc 朝10時から旭化成で用意した昼食を挟んで20時頃まで 検討を重ねたが全てに納得のいく設定は時間が足りなくて完成しなかった。此方からの希望を伝え電話と 手紙のやり取りと、それとは別に又時間を作って頂いた。特にカーテンと照明に時間が掛かった。 カーテンのサンプルは小さく、それを見て窓全体や部屋の雰囲気を想像するのはとても難しい。 照明も、電球にするか蛍光灯にするか迷うが熱源に成らないと言う理由で出来うる限り蛍光灯で 統一。調光やセンサーライト等、蛍光灯は不向きなので電球にした。照明も写真サンプルで 選ぶので実際にどうなるか、想像の範囲でしか分からない。
外構工事
「家の顔」とも言われる大切な部分、デザインにはこだわりたい。近所の町並みを見て歩き評論家と 成る。他人の家の門扉や塀を好き勝手に「けなして」歩く。良い物は取り入れたいとメモを取る。 人様の家の前であれこれ言って居ると草取りで座って居た住人が急に立ち上がり睨まれた。 見えない所に人が居る事も有るので注意が必要だ。 塀は、風通しを考え編み目のフェンスとし高さは大人の胸程度。塀と道路の間に巾25センチ程の 花壇が作れれば良いなぁ〜 門扉や全体のイメ−ジは設計の前田さんに伝え一任した。 大石さんと他の打ち合わせしている間にかなりすてきなデザイン画を書いて頂いた。 多分、大まかな図面は出来て居ると思うが、家がおおよそ出来上がってから最終決定する。
仮住まい探し
当初の予定では、8月初旬に解体予定だった。完成引き渡しが12月初旬。それでは仮住まい の家賃が6ヶ月に成ってしまう、8月1日から工事し11月中に引き渡し出来れば4ヶ月の家賃 で済む。無理を言って工期を前倒しして貰った。 工期が決まればそれまでに家を空け無ければ成らない。仮住まい探しを始める。 簡単に考えて居た。3Kの家の荷物、大人3人、ネコ2匹、町内の不動産屋にあたる。 此処で初めて「4ヶ月と言う短期契約、ネコ2ひき」の条件がとても難しい事と知る。 インターネットで「ペット可」で調べて見たら数多くヒットする、安心して電話すると先ず「短期」が嫌われる。 「ペット可」でも「小型犬」で「ネコは〜」と渋い返事。「調べて、有ったら連絡します」 こう言う所から絶対電話は無い。絞っていた地域を広げ電話を掛け続けたが住む所が見つかれない かなり焦った。早く借り住まい先を見つけないと引っ越しの日取りや予約も出来ない。
家を空けないと解体や工事も始まらない。う〜どうしよう・・・・。 数多く電話した不動産屋で一軒だけ「明日、必ず電話します」と言われたが、「又か」と諦めて居た 。その、ハッピ−ランドから「ご紹介したい物件が有ります」とホントに電話が有った。 半信半疑、時間と場所を指定、待ち合わせると3件の物件を持って来てくれた。 2件は、一戸建てなので止めた。一戸建ては窓が多くネコが逃げ出す恐れが有る。 全ての窓を閉めっきりにして置くことは住環境に悪い。我が家のネコは鍵の掛かっていない 引き戸の窓と網戸は自分で開ける。マンション、アパートの2階以上が希望だったが1件だけ有ったので 見に行く。通勤の事など考える余裕は無いので即決定、ただネコが1匹なら大家さんから了解を 得ているので2匹は再確認必要で返事待ちに成った。それで駄目だったらと気が気じゃ 無かったが、了承の返事が貰えて無事契約に至った。
4トン車にいっぱい、2トン車に半分の荷物
それでも随分捨てました。
引っ越し
心配していた月の端数は日割りで計算してくれるそうで、例え何日でも住めば1月分家賃を 取られると思っていた私は愚かだった。そうと分かれば家族の都合の良い時に引っ越しを 実行、準備に掛かる。 業者は、旭化成から紹介して貰い見積もりを取った。複数の業者から見積もりを取って比べる 余裕は時間的に無いのでその業者に決定し、直ぐにダンボールを送って貰い荷物の梱包と 不要品の選り分けに入る。後10日間で終わるのか・・・・業者から送られたダンボールは 小が10枚、大10枚で1梱包になっている物が10個届いた。宅配業者は軽く家に運び入れて くれたが我々が移動しようと持ってみたが重くて動かない。仕方なく宅配業者置いた場所から 梱包を開け一枚一枚取り出して荷詰め作業に入る。各自自分の部屋から始める。 要る物、要らない物、戻るまで開けない物、引っ越し先で直ぐ開ける物、不要品と仕分けに 時間が掛かる。昔懐かしい物など出てくるとついつい見入ってしまい作業の手が止まる。
そんな余裕は 無いのに・・・でも懐かしいと・・・何年も、何十年も使っていない物も捨てなくてはと頭では分かっていても 想い出も一緒に捨てる訳で、とても抵抗がある。母が山登り用に手編みしてくれたセーターなどは 母が居ない今、絶対に手に入らない物だから値段の付けようがないし想い出もたっぷりだった。 一番初めに梱包が終わったのは娘。私は、倉庫に突っ込んだラジコン類、磯釣りの道具類、電動工具 無線関係の金具、船釣りの道具、無線機4台と周辺機器。パソコン4台と周辺機器これだけで大きい ダンボール20個に成ってしまった。何れも重たい物ばかりで自分で動かせない。 日が迫りダンボールの山が各部屋に高く積まれていく。荷物がないと結構広い家だった。 最後に残ったのは引っ越し前日まで使っていた物や引っ越しの朝も使う物だけにし引っ越し日を 迎えた。
約束通り9時にトラックが2台、4トン車と2トン車。人は6名と言う話しだったが7名来た。 我々が梱包した物で修正が必要な物は改めて梱包し直してくれた。ダンボールがドンドントラックに 積まれていく。最後に大型家具と冷蔵庫。二階の家具は階段を降ろしたが玄関の柱が邪魔で降りない。 もう一度二階に上げて窓から降ろすと言うので躊躇無く柱を鋸で切った。どうせ解体する家だからネ 大きな洋服ダンスはさすがに二階の窓からベランダを使って慎重に降ろす。あれだけの荷物が3時間 足らずでトラックに収まってしまった。困った不要品も有料だが引き取ってくれる。分別して業者を呼んで 捨てるのは労力と時間が掛かるので引っ越し業者が始末してくれるのは助かる。クーラーも取り外し 取り付けをしてくれる。
昼食を挟んでアパートに荷物を入れる。アパート前は狭い道なのに4トン車がアパートに横付けされて 居た。アパートは事前に掃除して置いたのでドンドン荷物を入れる。6畳が4部屋有るがひと部屋は 完全に荷物部屋にした。他の部屋も壁際にはダンボールを積んだ。防音にも成るし・・・ 説明不足だったのか荷物部屋に入れるダンボールは「開けない」シールが付いた物だけの筈が 「即使う」シールの物も入れられてしまった。荷物がないと捜したら一番下に積まれていて 何日かは荷物室の荷物を全部出して点検、積み直しと言う無駄な労力が必要だった。 事前の打ち合わせは大切だ、帰りの事も考えシールを大きく分かりやすく作り直しが必要だ。
狭さがちょうど良いアパートのキッチン
新婚家庭見たいとはしゃぐ相棒(^_^;)
初めてのアパート生活
私たちを含め6世帯、「ペット可」なので皆さん何かを飼っている。瑠璃、モモ(ネコ)を引っ越し2日 目に連れてきた。家の様子が違うので落ち着かず「こぎゃおん、こぎゃおん」と一晩中鳴いている。 完全寝不足。特にモモは気が弱い。ダンボールの奥の方に入ったまま出てこない。旧宅に居る時 は、えばって居てわがまま放題だったのに、ホントは気が小さい事がバレバレ。その点瑠璃は 全く普段と一緒。感じて無いのか?肝っ玉が座っているのか平気な様子だ。 引っ越しの挨拶に行った時、下の階の人が「上の人の生活音が結構響く」と言われたので 夜間、風呂やトイレの排水に気を使う。
なるべく21時以降は排水をしないよう工夫して居る。 歩くのもそっと・・・此処まで気を使わなくてもと思うけど苦情を言われ関係を悪くしてからでは 遅いと毎日忍者歩き。電気も20アンペアしかなく今の季節クーラーを2台、娘の部屋と私たちの 部屋で使うと電気製品は後何も使えない。お互いに声を掛け合ってクーラーを消したり、つけたり 風呂も、追い炊きの出来ないタイプ、帰宅がバラバラの生活では寒くなったら困ってしまう。 住み始めて1ヶ月、思ったより隣の生活音は聞こえない。下の人が我々の音をどの程度迷惑しているかは 分からないが結構気の良い人達が住んで居る様だ。「動物好き」に悪い人は居ないって事か? 最低限の物しか出さない生活で食事のテーブルもダンボールを箱のまま使っている。座布団もダンボール だった。これが結構暖かくソフトで座り心地良い。しかしネコたちの毛が貯まるので止めた。
今もテーブルはダンボールだ。女房は、不便な生活を楽しんで居る。何事もプラス思考の人なので こう言う時救われる。周りは畑が多く緑豊かだ。狭い道、上り下りの坂道。何を見ても女房には新鮮で 楽しいらしい。不慣れ不便な住環境にもめげず、置かれた立場を楽しもうとする性格は本当に助かる。
解体1日目、瓦が全て取り外された。
20年の想い出が消え始める。。・゚゚・(×_×)・゚゚・。
旧宅の解体
8月2日 旭化成の人と解体業者立ち会いで打ち合わせ。最終確認って事か。 家の周りをマテバ椎の大木がぐるり囲み、白木蓮、柿、キンモクセイ、サザンカ どれも大きい。 隣家方まで根を伸ばして居るに違いない。その点、気を付けて貰った。残す植木を片隅に植え直し 庭石も出来るだけ端へ避けた。高さ15メートル有るアマチュア無線の鉄塔、女房は「つぶせ!」と 言っていたが「イヤだ」と最後までもめた。結局残った。8月4日に見に行ったら瓦がそっくり無くなって居た。 今は、リサイクル法が厳しく選り分けてリサイクルや廃棄しないと駄目らしい。その為に解体には 1週間掛かる。20年住んだ家が無くなっていくのを見るのはしのびないが全てを見届けて あげる責任も有るのかなと考えたが「仕事」を理由に見に行けなかった。ホントは風呂場の土台を 見たかったが・・・12日に行ったら更地に成っていた。
更地を見て「広いなぁ〜」と思ったが 家のない土地って言うのも寂しい。 旭化成の工事責任者白井さんが、ちょうど居て紐と杭で新宅の間取りを地面に書いてくれた。それを 見て、「随分小さいなぁ〜」と言ったら「皆さんこの状態だと寸法違ってない」と言われるそうです そう言ってもホントに小さく感じる。
そして何も無くなった。
アマチュア無線の鉄塔は死守したぞ!
地鎮祭
8月18日 10時より地鎮祭をやった。段取りは旭化成に全てお任せ、我々は時間に行けば 良いだけだった。敷地には祭壇が飾られ神主さんや旭化成のスタッフ、工事責任者が 揃っていた。私たち家族が椅子に座りその他の関係者方々は後ろで立っていた。 暑いのに大変です。神主さんが工事の無事と大地の神やその他の神(なんだか分からないけど) に祈りを捧げ御神酒と塩や米で清め神聖で厳粛に進んでいく。「鍬入れの義」を施主である 私が、砂の山に清められた木の鍬で「エイ、エイ、エイ」と3回、工事の無事を祈った。 地鎮祭の意味は良く分からない、これから調べて見るが、今まで一緒に暮らした色々な 木々達が春夏秋冬楽しませてくれた。その木々達を私たちの勝手で切り倒してしまった 「今まで有り難う、そしてご免なさい」と言う気持ちで大地を鎮める儀式と理解して約20分の 大切な時間を関係各氏と過ごせて気持ちが少し楽に成った。儀式の後、工事の最終確認の説明を受け た。問題は2カ所。隣家との共同塀。互いの敷地にまたがって居る為に此方が勝手にいじれない。 説明して許可が必要だがあいにく不在だった。逆の立場に立って考えても見たが女房とも 意見が分かれた。後日、女房が最初に行って話をしてみる事になった。
準備万端整っていた祭壇。
大地を清め工事の安全を祈りました。