RESET 〜マルセーロ編〜 by みみりん
「主文 被告を懲役3年に処す。ただし、刑の執行を3年間、猶予するものとす。」
被告席で判決が読み上げられるのを神妙な面持ちで聞いていた
マルセーロが傍聴席にいるフローラの方へ振り返った。
フローラもマルセーロに向かって大きくうなづき返す。
主文に続いて判決理由が読み上げられている間、
マルセーロもフローラも、あとからあとからあふれる涙で、頬を光らせていた。
かなりの温情判決だったといえるだろう。裁判長は
「きみのまわりの人々の、きみへの愛情を信じます。
きみも、彼らの思いに応えて、がんばりなさい。」
とマルセーロに言い聞かせた。
幸い、検察側も上告しないでこの判決を受け入れることになり、刑が確定した。
そして、マルセーロはその日のうちに釈放された。
「おかえり」
「…ただいま…かあさん…」
体だけは自分よりずっと大きくなった息子。
グレて、悪態をついてばかりいた息子。
もう、親でも子でもない、と思っていたのに、とうとう人をあやめてしまったと聞いたとき、
フローラが、連行されていく息子へかけた言葉は「待っているから・・・」だった。
息子がいつか出所してきたら、もう一度"母と子"をやり直そう、とフローラはその時、
固く心に誓っていた。そのためには、あの子には、本心から自分の罪を後悔し、
反省してもらいたい、と思っていた。重い刑が科せられたとしても、
それがあの子のために必要なら、一緒にその年月を待つ覚悟もできていた。
奔放に生きてきて、「母」として「息子」にきちんと向き合ってこなかった
これまでへの苦い後悔をこれからへの糧として、息子とふたり、贖罪の日々を送ろう、
それが自分にできる唯一のことだとフローラは、リカルドへ祈りを捧げる毎日を過ごしていた。
リリアナがフローラを訪ねて来たのは、マルセーロの拘留期限が間もなく切れ、
正式に起訴される日も近い、という時期だった。
「あなたは…」
思いがけない客の訪問にフローラは戸惑いを隠せない。
「フローラさん、私、お詫びに来たんです」
まっすぐにフローラを見て、リリアナが微笑んだ。
「なぜ、あなたが…お詫びなら私こそ、あなたに謝らなければ。
息子が、あなたのお兄さまを…」
「フローラさん、兄の死は事故です。ニコラスからも詳しい状況を聞きました。
確かに撃ったのはマルセーロですけど、マルセーロに声をかけて
仲間になるように誘ったのは私たちですし、マルセーロだけが悪いのではありません。」
リリアナは、フローラの手を取って続けた。
「私たちこそ、彼を私たちの計画に誘ったことで、
あなたにこんな辛い思いをさせることになってしまいました。
申し訳なかったと思っています。」
リカルドの死の直後は激しく取り乱し、泣き叫び、そして葬儀では放心状態だったが、
たったひとりの肉親の死を乗り越えて、リリアナは実際の年齢以上に大人になったようだった。
「ニコラスが、マルセーロを助けよう、と動いてくれています。
フローラさん、なんとか、彼に執行猶予がいただけるように、がんばってみませんか?」
ニコラスが…彼だって、目の前で親友を奪われて、深い慟哭に落ちていたのに、
息子のために・・・フローラは、ただただ、リリアナの手を強く握り返し、
その握った手の上に熱い涙を落としていた。
被害者の遺族であるリリアナからは「寛大な処置を」という上申書が出され、
ビセンテもマルセーロに有利な証拠を探してくれていた。
法律学科に在籍していたニコラスが、弁護士になっているかつての同級生を紹介してくれたし、
その弁護士がこまめにマルセーロに接見して、彼を励まし続けてくれた。
その甲斐あって、殺人容疑で逮捕されたマルセーロだったが、
起訴されたときの罪名は傷害致死罪に変わっていた。
そして、裁判が始まってからは、ニコラスも証言台に立って
「あれは突発的な事故だ」
と証言してくれたし、多くの人が減刑嘆願書に署名をしてくれていた。
ロレンソが情状証人として、
「母親のフローラに協力して、更正させる。うちの店で雇ってもいい。」
と訴えてくれたことも大きかった。
結果として、武器のヤミ取引の摘発に協力した形になっていることも心証に影響したようだ。
「きみが思いがけず、こんなに早く外に出られたのは、
きみのお母さんのことを大切にしてくれている人たちが、
きみのためにも力を尽くしてくれたおかげなんだ。
そのことを忘れずに、真っ直ぐ生きていくんだぞ」
マルセーロは、ビセンテにそう諭された、と照れくさそうに母に伝えた。
そして消え入りそうな声でこう付け加えた。
「これからは、まじめになるよ…かあさん」
裁判で証言した通り、ロレンソはマルセーロを雇ってくれた。
かつてはイサベラと組んで踊っていたこともあるマルセーロだから、
もう一度鍛え直せばいいダンサーになるだろう、とロレンソも期待している。
昼間、ダンスのレッスンをこなし、夕方から店に出てバーテンの手伝いをしたり、
女性客のダンスの相手をしたりして毎日が過ぎていく。
最近は、いつかはニコラスとイサベラのように、いいパートナーと巡りあって、
本格的にダンスバンドで…という欲もでてきた。
単調で平凡な毎日ではある。でも、それがなんだか心地いい。
マルセーロもそう感じられるようになっていた。
「いつもおまえだけを自分のように愛しているから」
母が店でいつも歌っている歌…あれは自分への思いを歌っていたのか、と
マルセーロはいまさらながら、やっと気付いた。
母の歌をこんなに素直な気持ちで聴くのも初めてかもしれない。
そして素直になれば、見えてくるものはたくさんあるのだった。
家族がいて、友達がいて、打ち込む仕事があって、将来の夢もあって…
そういうものこそが財産なのだと、やっと理解できた。
回り道も、大きな犠牲も必要だったけれど、マルセーロのまわりにも
やっと穏やかな風が吹き始めていた。


J’s Roomにお越しのみなさま、こんにちは。
拙い作品を読んで頂きましてありがとうございました。

このお話は、昨年のクリスマスにプレゼント代わりに
Jさんにお届けしたものです。
今回マユリさんを通じて、Jさんから
「ゲスト作品として掲載させて欲しい」と光栄なお話をいただき、
図々しくもこうして出てきてしまいました。

私自身が子を持つ母親であるせいかもしれませんが、
『ブエノスアイレスの風』と出会ったときから、
フローラとマルセーロのことが気になっていました。
「待ってるから」ラストシーンのフローラのセリフが、
ずっと心に引っかかっていたんです。

その後、Jさんの書かれた『ブエノスアイレスの嵐』に出会い、
おおいに刺激を受けて、
私もこの親子の関係に自分なりの結論を出したくなって、
こういう話を書いてみました。

ご感想、ご批評など、率直なご意見を頂けると、
これからの励みにもなります。
どうぞよろしくお願いします。

たくさんの出会い・・・『ブエノスアイレスの風』という作品と、
マユリさんと、Jさんと、『ブエノスアイレスの嵐』という作品と・・・
たくさんの出会いの中からひとつの作品が生まれて、
その作品が、また新しい出会いをもたらしてくれそうです。

読んでくださった皆さま、場を提供してくださった
Jさん、きっかけをくれたマユリさん。
どうもありがとうございました。