第3話
正式な申し込みを受けて、あらためてつきあい始めた、エバとニコラス。しかし、
エバの生活はそれまでとは一変した。表面上は今までと何ら変わりはなかったが、
心境の変化でこれほどまでに違うものかと、エバ自身、驚いていた。
しかし幸せもつかの間、嵐は確実に二人に近づいていた・・・
<大学内のカフェ>
親友と早い昼食をとっているエバ。授業や友達の話に興じている。
親友A :「エバ、変わったわね。」
エ バ :「何が?」
親友A :「なんて言うか・・・明るくなったって言うか、気さくになったわ。
前ほど人見知りもしなくなったし。」
エ バ :(小首を傾げて)「そうかな。」
親友A :(ニヤニヤしながら)「ニコラスのお陰、かな?」
エ バ :(照れながら)「やめてよ、もう・・・」
からかわれて照れながらも、笑顔を絶やさないエバ。
エ バ:「でも・・・以前は恋人がいる子をからかって、何が面白いのかって
思ってたけど、今は何となくわかるわ。それに・・・」
いたずらっ子のような目をして親友に微笑みかけるエバ。
エ バ :(笑顔で)「からかわれるのも悪くないわ」
親友A :(笑って)「そういうところが、変わったって言うのよ!」
面白そうに笑い転げる二人。
親友A :「ところで・・・その肝心のニコラスは?」
エ バ :(少し顔を曇らせて)「今日はまだ・・・って言うか、一昨日から
連絡が取れないのよ。風邪でも引いて寝込んでいるのかしら・・・」
親友A :「そう・・・」
何か思い当たる節がある様子の親友に、気がつくエバ。
エ バ :(親友の顔をのぞき込んで)「なに?・・・何か知ってるの?」
親友A :(言いにくそうに)「うん・・・あのね、噂なんだけど・・・」
エ バ :「なに?」
親友A :「何も聞いてないのね・・・」
親友の暗い表情に、不安がよぎるエバ。
親友A :「あのね・・・ニコラスの故郷の方で、政府軍とゲリラの衝突があって、
村がひとつ、壊滅状態に陥ったって・・・」
エ バ :「?!」
親友A :「その村って、ニコラスの家族が住んでいる村じゃないかって耳にしたの。
それで・・・エバ、まさかとは思うけど・・・」
エ バ :「そう・・・教えてくれてありがとう。彼を捜して、聞いてみるわ。」
親友A :「うん、そうした方がイイよ。」
しかし、それからさらに数日経っても、ニコラスとの連絡は取れなかった。
周りの友人にも聞いてみたが、誰もニコラスの行方について詳しいことを
知っているものはおらず、村についての情報も詳しいことはつかめなかった。
ニコラスとの連絡が取れなくなって、10日目・・・
<ニコラスのアパート>
エ バ :「お願いします、おばさん!もう、連絡が取れなくなって10日も
たつんです。」
管理人 :(困ったように)「気持ちはわかるけどねぇ・・・」
エ バ :(必死に)「お願いします!」
管理人 :(観念したように)「仕方ないね。まぁ、ニコラスのいい人なら、
勝手に入れても怒りゃしないだろう。あんたからも、よく言って
おくれよ。」
エ バ :「えぇ、もちろんです!ありがとうございます!」
管理人 :「じゃぁ、これがカギ。用が済んだら、持ってきておくれね。」
エ バ :「はい!ありがとうございます。」
管理人から預かったカギを持って、ニコラスの部屋へ急ぐエバ。
鍵を開け、中へ入る。机の上には、開いたままのノートや法律全書が
そのままになっていた。余程、慌てて部屋を出たのだろう。
エ バ :「(何か・・・あったんだわ。)」
確信するエバ。飲みかけのままに放置されていたコップを洗い、
机の上に「連絡を下さい」と書いたメモを残して、部屋を出ようとする。
誰かが、階段を上がってくる音がする。息をのんで待つ、エバ。
ドアが開く・・・
エ バ :「ニコラス!」
ニコラス:(驚いて)「エバ!どうしてここに・・・」
エ バ :「どうしてじゃないわよ!ずっと連絡は取れないし、ここに来ても
あなたは居ないし・・・あなたの故郷の方で紛争があったって聞いて、
ずっと心配してたのよ!」
ニコラスに近づいて、驚くエバ。ニコラスは顔や手に、
いくつもの怪我をしている。
エ バ :「どうしたの!こんなに怪我をして・・・」
ニコラス:「あ、あぁ・・・なんでもない。大丈夫だ。」
エ バ :「何があったの?お願い、話して。」
部屋の中に進み、机の上の法律全書を閉じるニコラス。そのまま
背を向けて、ニコラスは話し始める・・・
ニコラス:(怒りを押し殺した声で)「家族が・・・殺された。反政府ゲリラの基地が
あるというデマが流れて、政府軍は・・・村を攻撃したんだ。あんな小さな
村を・・・女も子供も、みんな・・・関係のない人間まで巻き込んで・・・
生き残った仲間が知らせてくれたんだ。」
言葉を失うエバ。確かに、政府軍のやり方は、このところエスカレートする
一方で、比較的おだやかなブエノスアイレスでも、秘密警察だと思われる
人間がウロウロするようにはなっていた。しかし、実際に血なまぐさい事件が
起こるわけでもなく、どこか別の国の出来事のように感じていた部分もあった
エバにとって、ニコラスの言葉は大きなショックだった。
ニコラス :「・・・しばらく、故郷へ戻る。連絡が付きにくいとは思うけど・・・辛抱して
欲しい。向こうの仲間と落ち合って、それによっては別の所へ移動する
可能性もあるから・・・」
エ バ :(ニコラスの言葉を遮って)「ちょ、ちょっと待って。仲間って・・・?」
一瞬、口ごもるニコラス。
ニコラス:「・・・反政府ゲリラの仲間だ。」
エ バ :「あなたが・・・ゲリラ?・・・」
立て続けに来るショックに、気が動転して混乱しているエバ。その様子を
見て取ったニコラスは、エバを椅子に座らせ、自分はベッドに腰を下ろす。
ニコラス:「オレの故郷の方ではね・・・オレくらいの歳の奴は、大抵、反政府ゲリラに
入ってる。入ってるって言っても、実際に活動しているのはほんの一部の
奴で大半は、オレみたいに何かあったときにだけかり出される、臨時要員
みたいなもんなんだ。オレは・・・たまたま知り合いに、ゲリラの幹部がいて
15の時に誘われて入った。もっとも、まだ子供だって言うんで、その人に
ゲリラとして活動するくらいなら、しっかり勉強して世の中を変える方法を
考えろって言われて・・・それで大学まで進んだんだ。」
窓の外を見つめながら話すニコラス。その横顔を見つめているエバ。
ニコラス:「だから・・・オレにしても、ゲリラに入っている意識なんて、ほとんど
なかった。たまに実家に帰ったときに挨拶に行って、勉強のすすみ
具合を話したり、これからの世の中について論争したりする程度
だったんだ。今回のことだって・・・ゲリラの基地なんて、近くにも
なかった。ましてや、あんな小さな村に作れば目立つことくらい、
考えればわかることじゃないか!でも、その人や、何人かのメンバー
の出身地だってだけで・・・あれは基地を襲ったんじゃない。他の
ゲリラに対する見せしめにやったんだ!そのために、オフクロや、
オヤジや村のみんなは・・・」
悔しさと哀しみのあまり、言葉が続かないニコラス。
かみ殺すような嗚咽が続く・・・
ニコラス:「・・・オレが村に着いたときには、もう・・・確認に来ていた政府軍の奴らに
見つかってもみ合いになってね。それでこの怪我だ。あいつらは、人を人と
思っていない。自分たちに従わない人間は、虫けらも同然なんだ!あんな
奴らに・・・」
拳を握りしめ、涙を流すニコラス。声をかけることはおろか、そばに
寄ることすら出来ずに、ただ座って聞いているエバ。
ニコラス:「助けに来てくれた仲間と一緒に、そのままキャンプにいたんだ。他の村の
様子も聞いた。もう、悠長に構えている余裕はない。このままじゃ、軍の
奴らがドンドンのさばっていくだけだ!」
エ バ :「だから!・・・だからゲリラに入るの?ゲリラに入って、一体どうなるって
言うの?!下手をすれば、あなたまで命を落としかねないのよ!」
ニコラス:「でも、このままここで法律を学んでいて、オレに何が出来るって言うんだ!
誰も・・・誰も助けられない!それくらいなら・・・
エ バ :「いや!・・・イヤよ、ニコラス!」
手で顔を覆って、泣き伏せるエバ。近づいてその肩に、そっと手を
置くニコラス。エバは涙を拭って立ち上がり、ニコラスに訴えつづける。
エ バ :「軍事政権が武力に訴えるからって、私たちまでが武力を行使すれば、
政府軍と同じよ!それじゃ、何も解決しないわ!もっと、他に方法が・・・」
エバの両肩をつかんで、ジッと目を見つめるニコラス。
ニコラス:「エバ・・・わかってくれとも、賛同してくれとも言わない。ただ・・・今、何か
しないとオレは一生、後悔する気がするんだ。だから・・・オレは行く!」
エバの目を、まっすぐに見据えて答えるニコラス。その力強い眼差しに、
反論する言葉を失ってしまったエバ。失意を見て取ったニコラスは、
そっとエバを抱きしめる。
ニコラス:「何も、今すぐ最前線へ出ていく訳じゃない。組織に入ると言っても、
実戦だけが仕事じゃない・・・だから・・・待っていてくれ、エバ。」
ニコラスの胸に顔を埋めて泣き崩れながら、エバは急に見えなくなった未来を
恐れずにはいられなかった・・・
翌日、ニコラスは休学届けを出しに、大学へ行った。途中でエバの家に
立ち寄り、家族が亡くなったことを告げ、当分の間、故郷へ戻るとエバの
家族に説明した。エバが意気消沈しているのはそのせいだと、誰もが
思っていた。
<大学構内・正門へ続く道>
届けを出し終わって、帰路につくニコラスとエバ。
エ バ :(つぶやくように)「いつ・・・戻ってくるの?」
ニコラス:「・・・わからない。ただ、オレはこっちで生活しているのを買われてたから、
時々は情報収集なんかで戻ってこられるかも知れない。ハッキリしたことは
言えないけど・・・戻ってきたら、必ず連絡するから。」
エ バ :「待ってる・・・だけなの?」
ニコラス:「わかってくれ、エバ。俺たちの居場所を知れば、君が危ないんだ。どこで
秘密警察の奴らが聞いているとも限らない。君は・・・君は、何も知らない
方がいい。」
並んで歩きながら、小声でささやきあう二人。傍目には仲睦まじい恋人同士に
見えただろう。しかし、今やこの校内ですら、軍服を着た軍人が巡回し、秘密
警察が目を光らせているという・・・
二人は押し黙ったまま、歩き続ける。
女の子 :「ニコラース!ニコラース!」
正門の前で、10歳くらいの女の子が手を振っている。
ニコラス:(女の子を見て)「リリアナ!・・・あ、ちょっと行って来る!」
正門へ向かって走り出すニコラス。エバも小走りに、後を追う。
リリアナ:(笑顔で)「よかったぁ!兄さんが、ここで待っていればニコラスに
会えるはずだって言うから、ずっと待ってたんだ!」
ニコラス:「どうしたんだ、リリアナ。リカルドも一緒なのか?」
リリアナ:(首を横に振って)「ううん、伝言を頼まれたの。初めての単独任務よ!」
自慢げに胸を張るリリアナ。
ニコラス:(驚いたように)「一人で来たのか!」
リリアナ:「うん!兄さんに、ここの場所を教えられて・・・ちゃんと来られたでしょ!」
嬉しそうな顔をして、ニコラスに抱きつくリリアナ。その様子を
そばで見ているエバ。その視線に気づいたリリアナは、明らかに
警戒した目で、エバを睨み付ける。
ニコラス:(エバに向かって)「あぁ・・・紹介するよ。オレの友人の妹でリリアナ。
・・・エバだよ。」
少しかがんで、リリアナに握手の手を差し出すエバ。
リリアナ:(微笑んで)「こんにちは、リリアナちゃん。」
差し出された手を取らず、ニコラスの後ろへ隠れるリリアナ。
しかし、ニコラスの陰からエバを見ている。リリアナの頭を、
ポンポンと叩くニコラス。
リリアナ:(ニコラスを見上げて)「ニコラスの・・・恋人なの?」
ニコラス:「そうだよ。それより、リリアナ。言づてってなんだ?」
リリアナ:「あ、そうだ!あのね、兄さんが一刻も早く戻ってきてくれって。
私にも、ニコラスを見つけたら、そのまま引っ張って帰って来るんだぞ
って言ったわ。」
ニコラスの表情がサッと変わる。
ニコラス:(険しい表情で)「何か・・・あったのか?」
リリアナ:(首を横に振って)「わかんない。とにかく、急いでニコラスを呼びに
行けって・・・それで、私が来たの。みんな手が放せないからって。」
数秒ほど考え込んでから、エバの方へ向き直るニコラス。
ニコラス:「すまない、エバ。君は・・・このまま帰ってくれ。」
エ バ :「もう行ってしまうの?!」
突然のことに、声が大きくなるエバ。人差し指を口の前に立て、
周りを伺うニコラス。
ニコラス:(小さな声で)「リカルドが・・・コイツの兄貴なんだけど、そいつが
オレを急いで呼ぶなんて、何かあったとしか考えられない・・・
すぐに戻りたいんだ。」
その険しい表情と声に、自分の知らないニコラスを感じて、
引き止めたい思いをグッと飲み込むエバ。
エ バ :「・・・無茶だけは・・・しないで。」
ニコラス:「あぁ、もちろんだよ。」
エバの頬にキスをすると、リリアナの手を引いて立ち去るニコラス。
その後ろ姿を、エバはいつまでも見送っていた・・・
