第4話

ニコラスがブエノスアイレスを離れて、1ヶ月が過ぎた。相変わらず辺境の
小さな農村部では政府軍と反政府ゲリラとの抗争が続いている。戒厳令や
報道規制も続き、ブエノスアイレスでも実弾戦こそ無いものの、緊張した
雰囲気が漂い始めていた・・・
<ニコラスのアパート>
エ バ :「いつもすみません。お掃除が終わったら、すぐに帰りますから。」
管理人 :「急がなくてもいいんだよ。・・・ほんとに、こんな可愛い人を
      待たせたままで、ニコラスも何やってるんだろうね。」
エ バ :(寂しそうに微笑んで)「じゃぁ、カギ、お借りします。」
階段を上がっていくエバ。ニコラスの部屋のカギを開け、中に入る。
1週間に1度、エバは掃除をするために、この部屋を訪れていた。
エ バ :「(さすがに、あまり汚れてないわね・・・)」
窓を開け、部屋の空気を入れ換える。簡単な床掃除と拭き掃除だけで、
用事はすべて片づいてしまう。元から荷物の少ない部屋だったが、
主がいなくなって、ますますガランとした雰囲気になった。
ふと、本棚に目をやるエバ。近づいて1冊、手に取る。
エ バ :「(こんな専門書まで読んでいたのね・・・書き込みも一杯。真剣に
      弁護士になるための勉強していたのね・・・。)」
本を元の位置に戻し、次の本を手に取る。パラパラとめくっていると、何かが
ページの間からハラリと落ちた。慌てて拾うエバ。それは1枚の写真だった。
エ バ :「(写真・・・教会の写真なんて・・・彼、そんな熱心なクリスチャンでも
      なかったと思うけど。)」
その写真には、小高い丘の上に立つ教会が写っていた。すでに
少し色あせ始めている。写真を挟むと、エバは本を元の位置に戻した。
窓を閉め、カギをかけて部屋を後にするエバ。管理人室へと向かう。
エ バ :(部屋の奥に向かって)「おばさん、どうもありがとう。」
管理人 :「おや、もういいのかい?」
エ バ :「えぇ、そんなに汚れてないし。また、来週来ます。」
管理人 :(思い出したように)「そうそう、そういえばこの間、変な男達が来てね。」
エ バ :「え?」
管理人 :「ニコラスを訪ねてきた人間はいないかって、聞かれたんだよ。でね、
      あんたが掃除に来てるくらいだって、言っちまったんだけど・・・
      まずかったかねぇ。」
エ バ :(穏やかに)「いいえ、本当のことですもの。それに、・・・聞かれて
      困るようなことはしていませんわ。」
管理人 :(ホッとしたように)「そうだよねぇ。恋人が留守の間に掃除しに
      来てるだけだもんねぇ・・・じゃぁ、気をつけてお帰りよ。」
エ バ :「えぇ、ありがとう。」
アパートを後にするエバ。何となく、周りの様子が気にかかる。
エ バ :「(変な男達・・・やっぱり、秘密警察?ニコラスのこと、なにか
      調べに来たのかしら。)」
それからさらに2ヶ月が過ぎても、ニコラスからの連絡はなかった。
次第に不安を募らせていく、エバ。ある日、エバは一つの決心をする。
<郊外へ向かう列車の中>
車 掌 :「次ですよ、お嬢さん。」
エ バ :「ずいぶん来ましたわね。」
車 掌 :(心配そうに)「本当に降りるんですか?」
エ バ :「えぇ。」
車 掌 :(説得するように)「確かに、今は政府軍との衝突もなくなって、
      静かになったとは聞いていますが・・・まだ、ゲリラがウロウロして
      いるって話ですよ。それに、あの村で生き残った人間も、すでに
      他の村へ移ってしまって、村には誰も住んでいないって聞いてます。
      そんなところへ、若いお嬢さんが一人で行くのは、ちょっと・・・」
エ バ :(ニッコリ微笑んで)「大丈夫です。友人の家族のお墓へ参るだけ
      ですから・・・すぐ引き上げます。」
車 掌 :「そうですか・・・お嬢さんのおっしゃっている村は、駅から30分ほど
      ありますかね。でも、次の列車を逃したら、明日まで列車はありま
      せんから、気をつけて下さいね。」
エ バ :「次は3時、でしたわね。」
車 掌 :「はい。くれぐれも、乗り遅れないようにして下さいね。それで
      隣の町に移動しないと、野宿になってしまいますから。」
エ バ :(微笑んで)「ありがとう。」
列車が駅に入る。ホームに降り立つエバ。他に乗降する客はいない。
人気のない改札を抜けて、車掌に教えられた道を進む。
エ バ :「(30分ほどって言ってたわよね。往復で1時間・・・まだ時間はたっぷり
      あるわね)」
大きな花束を抱えて、ゆっくりと歩き出すエバ。
出かけるときの、両親の顔が頭に浮かぶ・・・
<エバの家の玄関>
エバの出発を見送る、父と母。
エバの母:(心配そうに)「本当に行くのかい?大丈夫なの?」
エ バ :(落ち着いた口調で)「大丈夫よ。最近は、あの地方で紛争はないって
      聞いているし。」
エバの母:「そりゃぁ、おまえの気持ちもわかるけどね・・・
      ニコラスの家とか、わかっているのかい?」
エ バ :(首を振って)「ううん・・・でもいいの。他にも、たくさん亡くなったって
      聞いたわ。その亡くなった方たち、みんなに捧げるつもりで、行きたいの。」
エバの母:(諦めたように)「お前は、昔から言い出したら聞かないから・・・いいかい、
      くれぐれも気をつけるんだよ。いくら墓参りでも、女の子が一人で、
      このご時世に、紛争のあった場所へ行くなんて・・・」
エ バ :「わかってるわ、ママ。ありがとう。」
エバの父:(エバを抱きしめて)「エバ。行くからには、私たちの分までお祈りして
      きておくれ。早くこの戦いが終わるように。そして、ニコラス君が無事に
      戻ってくるように、と。亡くなったご家族の分まで・・・。」
エ バ :「えぇ。ありがとう、パパ。出来るだけ、早く帰ります。」
<村に向かう道>
のどかな草原の中を歩き続けるエバ。
エ バ :「(こんなに静かで、のどかなところなのに・・・こんなところで戦いが
      あったなんて・・・ん?あれは・・・)」
少し先に、村らしき建物が見える。その向こうには小高い丘があり、
上に教会が建っている。
エ バ :「(どこかで見たことがあるわ、あの教会・・・そうだ!確か、
      ニコラスの部屋で見た、あの写真!あの写真の教会だわ!そうか、
      故郷の写真だったのね・・・)」
足取りを速めるエバ。しかし、村に近づくにつれて、その荒廃した様子が
ハッキリと見えてくる。
村に人影はなく、焼け落ちた家や窓の割れた家々が、生々しい爪痕を
残している。建物は荒れ果てているが、通りなどが片づけられている
ところを見ると、生き残った人々が後始末をしていったのだろう。死体が
転がっているわけでもなかったので、さほど恐怖を感じずに、エバは
村の中心部へ進んでいく。
村の中心には小さな広場があった。真ん中には、今は水は出ていないが、
小さな噴水があった。その噴水の傍らに花を捧げ、跪いて祈りを捧げるエバ。
祈りを終えて周りを見渡すと、先ほど見えた丘の上の教会が見える。
教会へ向かって、一本の道が延びている。
エ バ :(空を見上げて)「(天気もいいし、往復するぐらいの時間は、
      まだありそうね。・・・あそこからなら、村の全体が見渡せるかも・・・)」
教会へ向かって、歩き出すエバ。10分ほどで教会へ近づく。写真で見た
アングルに近づき、エバは立ち止まる。
エ バ :「(やっぱり、ここだわ。間違いない。)」
その時、不意に背後から声がした。
正体不明:「手を挙げろ!」
突然のことに、身動きできないエバ・・・

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