第7話

ニコラスの故郷で一夜を共にした、エバとニコラス。
お互いの気持ちを確かめ合いながらも、共に同じ
道を歩むことは出来ない・・・
<エバの家>
玄関の鍵を開け、家に入るエバ。
エ バ :(沈んだ声で)「ただいま・・・」
エバの母:(玄関に駆け出してきて)「お帰り・・・良かった。帰りが遅いから
       心配していたんだよ。」
エ バ :「列車に乗り遅れて・・・向こうで野宿したのよ。」
エバの母:(驚いた様子で)「野宿!大丈夫だったのかい?」
エ バ :「村の空き家を使ったから・・・大丈夫よ。こうして帰ってきたんだから。」
エバの父:(奥から出てきて)「お帰り、エバ。」
エ バ :「ただいま、パパ。」
エバの父:「ニコラス君には会えたのかい?」
父の質問に一瞬、身を固くするエバ。しかし約束を思い出し、
落ち着いて答える。
エ バ :「無理よ・・・誰もいない村ですもの。ゆっくり散策していたら列車に
     乗り遅れてしまって。空き家で野宿しちゃった。心配かけてごめんなさい。」
エバの父:(何か察したように)「そうか・・・どちらにしても、エバ。しばらくは
     外出禁止だ。」
エ バ :「え?どうして・・・」
エバの父:「こっちへ来てごらん。」
階段を上がり、2階の明かりのついていない部屋へ入っていく父。
後について、エバも中に入る。窓のそばで、身を潜めるようにして
外をうかがっている父。
エバの父:(小さな声で)「こっちへ・・・そっと、外を見てごらん。あの向かいの
      木の陰辺りだ。」
父のように身を隠しながら、カーテンの隙間から外を
のぞき込むエバ。言われた辺りをよく見ると、人影が見える。
エバの父:「・・・秘密警察だ。たぶん、間違いない。」
エ バ :「?!」
そっとカーテンを戻し、エバと父は階下へ降りる。
居間で、母が用意してくれたお茶を飲む。
エバの父:「お前が出かけてすぐに、近所の人からどこへ出かけたのか、と聞かれた。
      その内の誰かが・・・いや、下手をすれば全員が、秘密警察に知らせたの
      かもしれない。ずっと、ああやって見張っている。」
エ バ :(冷静を装って)「そう・・・」
エバの父:「ニコラス君とお前がつきあっていたことは、周知の事実だ。今更、隠せる
      ことでもない。今回のことも、単なる墓参りだと正直に話しておいた。だが、
      連中はそうは見ていない。ニコラス君との連絡役をお前が務めていると
      疑っていると見て、間違いないだろう。」
エ バ :「・・・」
エバの父:「やましいことがないのなら、堂々としていればいい。しかし、これ以上、
      不用意に疑いを重ねることもない。しばらくは・・・大人しくしていなさい。
      いいね。」
エ バ :「わかったわ、パパ。ごめんなさい、迷惑をかけて・・・」
エバの父:(微笑んで)「かまわんさ。ニコラス君はいい男だ。こんな世の中でなければ
     もっと穏やかな生き方もできただろう。・・・今は、彼が無事で帰ってくることを
     祈ろう。」
エ バ :「ええ・・・じゃぁ私、もう休みます。おやすみなさい、パパ。」
エバの父:「おやすみ、エバ。」
父と母の頬にキスをすると、自分の部屋へ戻るエバ。
厚いカーテンを引いてやっと明かりをつける気になる。
ベッドに腰を下ろすと、そのまま仰向けに倒れこんだ。
エ バ :「(秘密警察・・・やっぱり目を付けられた・・・ニコラスと会ったこと、
     気づいているかしら。いえ、知られてはいけない。絶対に・・・)」
目を閉じて、別れ際のニコラスの言葉を思い出す・・・
<村の外れ>
村から駅へ続く道のたもとで、別れを惜しんでいる
エバとニコラス。
ニコラス:「本当に・・・ここでいいのか。駅まで送らなくて。」
エ バ :「ええ。駅まで行ったら、人目に付くわ。見られない方がイイでしょう?」
ニコラス:「それは、そうだけど・・・」
エ バ :「それに・・・私が見送りたいの。見送られたら・・・去っていく自信がないわ。」
寂しそうに微笑むエバを、そっと抱き寄せるニコラス。
ニコラス:「この村で見たことは、絶対に誰にも話しちゃいけない。君は、散策に出て
      道に迷い、列車に乗り遅れた。そして村の空き家で野宿した。いいね。」
エ バ :(うなずいて)「ええ。わかってるわ。」
ニコラス:「君を・・・巻き込みたくない。君の家族も。たぶん、帰れば秘密警察が
      待ち受けていると思う。十分に・・・気をつけてくれ。」
エ バ :「ええ・・・」
唇を重ねる二人。しかし、ゆっくりとしている時間は、
もうなかった。
ニコラス:「じゃぁ・・・行くよ。」
エ バ :「体に・・・気をつけて。」
ニコラス:「あぁ、君も・・・出来るだけ、早く戻る。」
そういうと、ニコラスはきびすを返して走り出した。
すぐに路地を曲がり、姿が見えなくなる。
うっすらとにじんだ涙を拭って、エバは駅へ向かって歩き出した。
途中で1度だけ、振り返った。村を、教会を、目に焼き付ける。
そして、ここで過ごした時間のすべてをエバは胸にしまい込んだ。
<エバの家>
翌朝、目を覚ましたエバ。光を入れようと、サッとカーテンを
開ける。通りの向かい側の人影が動いたのが目に入る。
エ バ :「(そうか・・・見張られてたんだわ、私)」
寝起きで動きの悪い頭を起こそうと、熱いシャワーを浴びる。
次第に体が目を覚ます。と同時に、何とも言えないまとわり
着くような、嫌な感じで憂鬱になる。
シャワーで濡れた髪をタオルで巻いたまま、着替えるエバ。
階下では、母が朝食の用意をしている音が聞こえる。
エバの母:(大声で)「エバ!起きたの?起きたんなら、庭に水をまいて頂戴!」
エ バ :「はーい!」
まだ乾ききらない髪のまま、庭に出て水を撒く用意をするエバ。
人影が車の陰に隠れる。
エ バ :「(普段通りに振る舞って・・・何も怖がることなんて無いわ。大丈夫。
       大丈夫よ。)」
自分に言い聞かせながら、いつも通りに振る舞う。
そんな日々がしばらく続いた。
<大学のカフェ>
休暇も明け、人が戻ってきた大学。しかし、心なしか人は減り
授業も休講が増えている。
親友A :「久しぶりね、エバ!」
エ バ :「えぇ・・・どうしてた?」
親友A :「バイトしてたわ。おじさんの会社で、書類整理。退屈!でも、他に
      出来ることないし。最近じゃ、パーティもできないしね。」
エ バ :「やっぱり、秘密警察が・・・?」
親友A :(うんざりした表情で)「誰がどこでたれ込むか、わかんないもん。
      やましい事してなくても、目を付けられたくないじゃない。今は
      大人しくしてるしかないわ・・・いつまでこんな世の中が続くのかしら。」
エ バ :「ほんとね・・・」
コーヒーに目を落とすエバ。ゆっくりと、スプーンでかき回す。
親友A :「ねぇ・・・ニコラスに会いに行ったって、本当なの?エバ。」
エ バ :(少し笑って)「ちょっと違うわ。お墓参りに行ったの。会いに行ったわけ
      じゃないわ。現に、村には誰も住んでなかったし。」
親友A :「だって・・・さっきも聞かれたのよ。エバはニコラスに会いに行ったのかって。」
ふと、嫌な疑問が心をよぎり、思わず親友を見るエバ。
その眼差しに気づき、慌てて首を横に振る親友A。
親友A :「違う!違うわ、エバ。私はたれ込んだりしない!本当よ、信じて。
      私はそんな事しない!」
幼い頃からの親友に対して、一瞬でも疑いを持ってしまったことを
後悔するエバ。
エ バ :「ごめんなさい・・・あなたを疑うなんて・・・」
親友A :(首を振って)「仕方ないよ。こんな世の中だもん。・・・みんな、自分以外は
      信じられないって顔してる。でも信じて。本当に、私はエバを裏切ったりしない。」
エ バ :「ありがとう。」
堅く手を握り会う二人。お互いに少し落ち着いたのか、
笑顔がこぼれた。しかし、すぐに真面目な表情に戻る。
親友A :(心配そうに)「でもね、エバ。本当に気をつけて。ニコラスがゲリラに
     入ったんじゃないかって、みんな噂してる。まぁ、状況を考えれば
     想像の付くことだけど・・・そうしたら次に疑われるのは、エバ。あなたよ。」
エ バ :(頷いて)「うん・・・」
親友A :「本当に会ってないのね。あの日以来・・・ニコラスが届けをだしに来た
     あの日以来、連絡は取り合ってないのね?」
親友の問いかけに、エバはハッキリと答える。
エ バ :「えぇ。会っていないわ。連絡もない。私は・・・今、ニコラスがどこにいるか
      まったく知らないわ。」
細々と続く授業を受けながら、エバは進級した。村を訪ねてから
以降はニコラスの部屋へ掃除に訪れることも止めた。徐々に
悪化していく街の情勢に、もう余談は許されなかった。デモと
警察の衝突が続き、死傷者も出始めた。
ブエノスアイレスは、革命の嵐に突入したのだ。
<エバの部屋>
大学が休講で、自宅で勉強をしているエバ。手を休め、そっと
カーテンの端をめくり、日の暮れ始めた外をのぞいてみる。
エ バ :「(やっぱり、いない・・・秘密警察も諦めたのかしら・・・それとも単に
      このところのデモ隊との衝突で、人手がこっちまで来ないのかしら)」
エバの動きがないことからマークが甘くなったのか、ここしばらく
見張りがいない日があった。しかし、気を緩めてはならない。
これがエバにとっての「戦い」なのだ・・・
電話の音:リーン・リーン・リーン・・・
エ バ :「(あ、電話・・・そっか、パパもママも出かけてるんだっけ)」
急いで階下に降りるエバ。開け放たれた今のドアを抜け、
電話へ手を伸ばす。
エ バ :「もしもし?」
電話の声:「・・・エバ?」
エ バ :「ニコラス?!」
雑音が入って聞き取りにくい、その電話の向こうの声は
確かにニコラスだった。
エ バ :「ダメよ、ニコラス!盗聴されているかもしれないわ、電話を切って!」
ニコラス:「いいんだ、わかってる。どうしても直接、話したくて・・・」
エ バ :「何か・・・あったの?」
ニコラス:「もう・・・ブエノスアイレスには戻れないかもしれない。」
エ バ :「?!」
ニコラス:「今どこにいるか、これからどうするかは言えない。でも、しばらく・・・
      少なくとも、この戦いに勝利するまでは、戻れないと思う。」
気が動転して、エバはその場にへたりこんだ。
ニコラス:「負けて捕まれば、処刑場送りだ。どのみち、勝たなければ戻れはしない。
      ただ、君を待たせたまま行くのが心残りで・・・」
エ バ :「何を言ってるのよ!・・・待ってるわ。当たり前じゃない!」
ニコラス:「・・・ありがとう、エバ。どこにいても・・・君の幸せを祈ってる。」
エ バ :「ニコラス・・・無事に・・・生きて帰ってきて・・・」
ニコラス:「・・・愛してる、エバ。」
その言葉を最後に、電話は切れた。発信音だけがこだまする
受話器を握ったまま、放心状態のエバ。ニコラスの言葉が、
頭の中をグルグルと巡る。
最過激派ゲリラグループ、コルミジョ・バリエンテのリーダー
ニコラス・デ・ロサス逮捕のニュースがブエノスアイレスを
駆け抜けるのは、その8ヶ月後のことになる・・・

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