第8話
ニコラス逮捕のニュースは、あっという間に大学内に
広まった。ニコラスを知る人間は、一様に驚いた。
しかし誰よりもショックだったのは、紛れもなく
エバだったのだ・・・
<エバの部屋>
昼を過ぎても、ベッドの中で横たわっているエバ。
ドアをノックする音に、機械的に返事をする。
入ってきたのは、親友Aだった。
親友A :(心配そうに)「エバ・・・?」
エ バ :「・・・来てくれたの・・・」
元気なくやつれた様子のエバに、
驚いて枕元へ駆け寄る親友A。
親友A :「大丈夫なの?・・・1週間ほど学校でも
見かけなかったから、心配で来てみたのよ。」
エ バ :「大丈夫よ・・・」
言葉とは裏腹に、力のないエバ。
母親が、入ってきてお茶を置いていく。
エバの母:「ここに、置いておきますね・・・どうか、
ゆっくりしていってね。このところ、食事も
ロクに食べなくて・・・あなたが来てくれて、
少しはこの子の気も紛れるかも知れないわ。」
親友A :「はい。ありがとうございます。」
母親が部屋を出ていくのを見届ける二人。
枕を背もたれにしてベッドの上に体を起こすエバ。
向かい合うようにベッドに腰を下ろす親友A。
お茶を手に取ると、二人とも無言で口に含む。
親友A :「・・・ニコラスのこと、聞いたわ。」
お茶の入ったカップに目を落としたままのエバ。
それ以上の言葉が見つからず、黙り込む親友A。
ふと、エバがポツリとつぶやく。
エ バ :「ニコラス・・・処刑されるのかしら・・・」
エバの、カップを持つ手が震える。
エバの手からカップを取り上げると
そっとエバを抱きしめる親友A。
エ バ :「ニコラスが死んだら・・・私・・・私・・・」
取り乱しそうになるエバを、抱きしめる親友A。
親友A :「エバ、落ち着いて・・・大丈夫よ。このところ、
逮捕者は増えてるけど、刑が下されるまで時間が
かかるらしいじゃない。それに、情勢は民衆に
傾きつつあるわ。うまくいけば、お咎めなしって
可能性もあるわよ。だから、大丈夫よ。ね。」
確証のない気休めだとわかっていても、
こんな言葉しか言えない自分を歯がゆく思う親友A。
次第に、落ち着きを取り戻すエバ。
エ バ :「・・・ごめんなさい。・・・わかっているの。
何も完全にダメだって決まった訳じゃないのに・・・
考え出すと・・・とまらなくて・・・。」
エバの手に、手を重ねる親友A。
親友A :「エバ。信じましょう。そして、元気にならなきゃ。
あなたがそんな風じゃ、ニコラスが帰ってきたとき、
迎えにいけないわよ。」
エ バ :「そうね・・・」
友人の温かい心にふれて、エバは少しずつ、
心に力をため込んでいく・・・
ニコラスが逮捕されてから、学内でニコラスのことを
口にする者がいなくなったせいで、エバも静かに
過ごすことが出来たのが、幸いだった。
胸の内を秘めて、何とか続く授業をこなしていく。
そうすることで、かろうじて心の平静を保ちながら、
エバはニコラスの刑が確定するのを待ち続けた。
1年後、ニコラスに終身刑が言い渡され、
刑務所への移送が決定した。
<刑務所の前>
刑務所の塀づたいに歩いているエバ。今しがた、
所員に言い渡された言葉に打ちひしがれている。
女性所員:(事務的に)「面会をご希望の715号に関してですが、
本人の希望により、面会はお断りしています。」
エ バ :(驚いたように)「本人の希望?」
女性所員:「はい。」
エ バ :「本人の希望って・・・どういうことですか?」
女性所員:「面会のお断りには、規則により囚人への
罰則として刑務所側から面会を断る場合と、
本人の希望により断る場合とあります。
今回は、別になにか問題があって罰則としての
面会謝絶が言い渡されている訳ではありませんし、
移送直後の禁止期間も済んでいますので、
後者の本人の希望によりと言うことだと。」
エ バ :「本人が、会いたくないって言っていると・・・」
女性所員:「そういうことですね。」
エバがショックを受けている様子を見て、
所員は周りを気にしながら、優しく小声でささやく。
女性所員:「入所した直後には、良くある話なんです。
こんな姿、見せたくないって。落ち着いたら、
会う気になるかも知れませんわ。気を落とさないで・・・」
エ バ :(小さな声で)「ありがとう・・・ございます」
事務所を出て、帰路につくエバ。
エ バ :「(そうよね、あの女の人が言ったみたいに、
落ち着いたら会ってくれるかも知れないわ・・・
何より、ニコラスは生きているんだもの)」
横にそびえる高い塀を見上げるエバ。
気持ちが晴れないのも、灰色の空が
広がっているせいだと、思いたかった。
それから大学卒業までの5ヶ月、エバは毎週、
面会に行った。しかし、1度としてニコラスと
会えることはなく、それでもエバは通い続けた。
<大学校内・卒業式>
式も終わり、立ち話に興じている卒業生達。
親友A :(周りを見渡して)「入学のときには、随分いたのに・・・
やっぱり少なくなっちゃったわね。」
エ バ :「そうね・・・」
ニコラスのことを思い出させたかと、
話題を変えようとする親友A。
親友A :「エバ、小学校の採用に決まったんだって?」
エ バ :「ええ。新学期からとりあえず、ね。すぐに担任は
無理だから当分は担任補佐ね。」
親友A :「それにしても、あなたが子供好きだったとは
知らなかったわ。」
教会にいた子供たちの笑顔を、思い浮かべるエバ。
エ バ :(微笑んで)「これからの未来を作っていく子供たちよ。
大切にしなきゃ。」
親友A :「そうね・・・」
級友達との別れを済ませ、帰路につくエバ。
ふと、ニコラスのアパートへ足を向けた。
エバが掃除に訪れなくなってから、しばらくして部屋は
整理され、新しい住人のすみかとなっていた。
アパートの前で、ニコラスの部屋だった窓をしばらく
見つめた後、エバは家路をたどった。
<エバの家>
チャイムを鳴らずが、応答がないので自分で
カギを開けて中へ入るエバ。
エ バ :「(ママ、買い物かしら・・・)」
郵便受けをのぞくと、1通の手紙が入っている。
宛名はエバだ。しかし、その筆跡を見て驚くエバ。
エ バ :「(この筆跡は・・・ニコラス!)」
慌てて自分の部屋や駆け込み、もう一度、
封筒を確かめる。間違いなく、見覚えのある字だ。
封を切るエバ。
その日からぷっつりと、エバは面会へ
行かなくなった・・・
<親友Aの家>
エバが小学校の教師になって1年近く立った。
親友Aの誕生日パーティーに招かれて、
久しぶりに家を訪ねる。室内は思いの外、
大勢の人で溢れていた。
親友A :「いらっしゃい。久しぶりね。」
エ バ :「ごめんなさい、遅くなって・・・盛況ね。」
親友A :「ちょうど、卒業して1年でしょ。いい機会だから、
同窓会がてら、みんなに声かけたの。私としては、
沢山からプレゼントをもらえるし、一石二鳥よ。」
エ バ :(笑って)「ちゃっかりしてるわ。」
親友A :「今日は、新しい職場の友達とかもOKって
言ってあるの。知らない人もいると思うわ。
適当にやってね。」
エ バ :「えぇ。」
このところ仕事の忙しさも手伝って、遊びの誘いには
あまり応じていなかった。何よりも、そんな気分には
なれなかった。彼女には何も話していないが多分、
察しているのだろう。
友人B :「エバじゃない。久しぶり!どうしてるの?」
エ バ :「あら!元気そうね。今?小学校の教師をしてるわ。」
友人C :(からかうように)「小学校の先生?エバが?
大丈夫なの?振り回されてるんじゃない?」
エ バ :(笑いながら)「確かに、体力的にはすでに
負けそうだわ。」
旧知の顔も、そうでない顔とも、話が弾む。
久しぶりのパーティーを皆が楽しんでいる。
友人D :「エバ、学校の先生だって?公務員か。
こっちにも公務員がいるぜ。警察官だけどな。
俺の高校時代のクラスメイトで今は同じ職場なんだ。」
ビセンテ:「始めてまして。ビセンテ・イリゴージェです。」
エ バ :「初めまして、よろしく。」
差し出された手を握り返す。
エバより、少し年上だろうか。
知的で落ち着いた感じの好青年だ。
友人D :「俺、卒業に時間がかかったからさ。コイツの方が、
先輩なんだ。同い年なのにさぁ、偉そうにするんだぜ。
ちょっと出世頭だからって・・・」
ビセンテ:「お前が真面目に勤務してれば、注意なんかしないさ。
まったく・・・指導係になった俺の身にもなれよ。」
エ バ :(おかしそうに)「彼が警官になっただけでも、
みんな驚いてたわ。イタズラや悪さにかけちゃ、
彼の右に出る人はいなかったもの。」
ビセンテ:(ヤレヤレという感じで)「その調子で、上司にも
仕掛けるんですよ。この間は上司の椅子のボルトを
1本抜いてありましてね。危うく、大怪我ですよ。
周りは今度は何をするかって、ヒヤヒヤもんです。」
エ バ :(笑って)「チョークにロウを塗って書けなくしたり、
小さな子供みたいなイタズラばっかりよ。
すぐにわかっちゃうような、ね。」
学生時代の思い出話に、花が咲く。ミニゲームや
余興などが催され、パーティーも終わりに近づいた。
同じ方向へ帰る者同士が集まって行く。
エ バ :「え、じゃぁ今日は家に帰らないの?」
友人E :「ごめんね。ここから近いから、おばあちゃんの家に
寄ってくれって言われたのよ。この時間からじゃ、
泊まっていけって話になると思うわ。」
エ バ :「同じ方向で車があるのは、あなたくらいだから
あてにしてたのよ。」
ビセンテ:「あの、良かったら送りましょうか?僕も署に一度
戻るつもりなので、方向的には同じですから。」
横で話を聞いていたビセンテが、声をかける。
エ バ :「構いませんの?遠回りでは・・・」
ビセンテ:「いえ、大丈夫です。それに・・・こんなに
きれいな女性を夜も更けてから一人で歩かせるなんて、
警官としても心配ですから。」
エ バ :(少し照れて)「では、お言葉に甘えて。」
友人E :「ごめんなさい、押しつけちゃって。いつも一緒に
帰るから・・・先に連絡しておけば良かったわね。
エバ、ごめんね。」
エ バ :「いいのよ。仕方ないわ。おばあ様によろしくね。」
別れを惜しみながら、皆、帰路につく。
ビセンテの車に乗り込むエバ。
エ バ :「本当に済みません。お会いしたばかりの方に
ご迷惑を・・・」
ビセンテ:「迷惑だなんて・・・当然ですよ。
お気になさらないで下さい。」
パーティでの話の続きをしながら、家までの道を
過ごす。礼儀正しい態度に、エバも初対面の
相手ながら、安心していた。家の近くまで来た
ところで車を止めてもらう。
エ バ :「ありがとう。もうこの1ブロック先ですから。
この角を曲がってしまったら一方通行で、
警察まで遠回りになりますわ。」
ビセンテ:「そうですか・・・」
エ バ :「今日は本当にありがとうございました。
助かりましたわ。また、どこかでお会いできると
いいですね。じゃぁ・・・」
ビセンテ:「・・・あの、待って下さい!」
車を降りようと、ドアに手をかけたエバを
引き止めるビセンテ。
ビセンテ:「あの・・・すみません!正直に話します。今日は・・・
本当はあなたに会いに行ったんです。」
エ バ :「え?」
ビセンテ:「この間、彼の家に遊びに行ったときに、大学時代の
写真を見せてもらって、あなたを見たんです。それで、
どうしても会ってみたくて・・・だから今日のパーティーに
参加させてもらったんです。」
照れながら話すビセンテ。さすがに昔のように
取り乱したりせずに、話を聞いているエバ。
ビセンテ:「それで、彼に頼んであなたと話を出来るように
紹介してもらったんです。あ、警官だって言うのは
嘘じゃありません。本当です。ただ、その・・・
パーティに参加した動機は・・・あなたなんです。」
エ バ :(困惑した様子で)「突然、そうおっしゃられても・・・」
ビセンテ:「すみません!困り・・・ますよね。」
エ バ :「申し訳ありませんけど、私・・・」
ビセンテ:「もう・・・お付き合いしている方がおられるんですか?」
ビセンテの質問に、胸を突かれるエバ。
エ バ :(小さく首を振って)「・・・いいえ。」
ビセンテ:「それじゃぁ、あの・・・時々でいいですから、
会っていただけませんか。二人きりで会うのが嫌なら、
みんな一緒でも構いません!」
エバの答えに安心したのか、勢いづくビセンテ。
初対面という事以外、断る理由もなく
返答に窮するエバ。
ビセンテ:(エバの様子を見て)「あ・・・すみません。
あなたを困らせるつもりは無いんです。あの、
その、いわゆるお友達から、で構いませんから。
・・・このまま、お別れしたくないんです!」
ビセンテの熱意は、伝わっていた。
だが、いまだ癒えない心の傷が、
エバの心を堅く閉ざしている。
ビセンテ:(小さな紙切れを出して)「これ・・・僕の電話番号です。
あなたの番号は、失礼だとは思いましたが、彼から
聞いて知っています。あなたさえよければ
電話させていただいてもいいですか?」
エ バ :(うつむきながら)「・・・お電話、だけでしたら」
ビセンテ:「ありがとうございます!」
断る理由が見つからないまま、エバは返事をした。
うつむいて返事したエバを、照れていると解釈した
ビセンテ。車を降りて、助手席側のドアを開け
エバの降車をエスコートする。うつむいたままのエバ。
ビセンテ:「休みが決まったら、お電話させてもらいます。
おやすみなさい。」
エ バ :「・・・おやすみなさい」
軽く会釈をして、走り去る車を見送ると家に向かって
歩き出すエバ。胸の奥がズキズキと痛む・・・
