2003年

5月

『重力ピエロ』 伊坂幸太郎 (新潮社) 2003.04出版
連続放火事件の現場に残された謎のグラフィティアート。 無意味な言葉の羅列に見える落書きと、放火事件との関連性に気づいたらしい私の弟が事件を追い始める。 キーワードは、放火と落書きと遺伝子のルール...

デビュー作『オーデュポンの祈り』から作を重ねる毎に上手くなっていて、もはや様式美さえ感じるさせるけど綺麗にまとめ上げている。
エキセントリックな登場人物やシニカルなエピソードも相変わらずで、兄と弟を軸とした、いわゆる今時の「青春小説」としては充分に読ませます。
ただ、初期の(つってもまだ4作目だ)文章は多少アレだけど、微妙な軸足の揺らぎ具合や流れのムチャさ加減が、 同時代的とも言えるスタイリッシュなクールさにコーティングされてしまって、プリミティブなパワーを感じられなくなってしまった。
One&Only的な個性が薄まって、結果的にミステリ味が濃いめの石田衣良...というよりは、抑制された舞城王太郎になっちまった、という印象。
埋没しなければいいけど。

ま、今回も一応は骨格となっているミステリとして見ても、暗号モノとしては地味で、けしてケレンに満ちたものではないし、 犯人はおろかその動機さえ途中で見当が付いてしまう。 相変わらずな伏線への執着ぶりはカワイイと思いますが、もはやミステリは物語への「ふりかけ」程度の味付けなのかな。
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『青空の方法』 宮沢章夫 (朝日新聞社) 2001.10出版
さすがに朝日新聞に連載されていただけあって、いつもの「巧妙に計算されたズラし方」が控えめというか、お上品である。
でも、ま、朝日新聞とは言っても夕刊らしく、朝刊よりは「眉間のシワ」具合が少ないというか、お目こぼしが多そうだという、 「ここらへんまでなら許してくれるかな。どうかな」という、作者の編集部に対する駆け引きが見えてきそうなバランスが絶妙。
「しょうゆ」に対する「白しょうゆ」みたいに一見上品だけど、実は塩分は多め。みたいな。よく解らん例ですまん。
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『地球平面委員会』 浦賀和宏 (幻冬舎文庫) 2002.10出版
大学に入学したばかりの僕が、サークル勧誘でにぎわうキャンパスで拾ったのは1枚のビラ。 「あなたも信じてみませんか。地球が平面であることを。−地球平面委員会」
そして、美人委員長の熱烈な勧誘を受け始めると、周りで次々と奇妙な事件が続発する...
しかし、このいかにも中学生が考えそうなオチをやりたいが為「だけに」、主人公をエラリー・クィーンの孫に設定するたあ、見上げたもんです。
この本の見所は、その「見上げた」ところだけ。
ま、確かに今のご時世バカやったもんが勝ちだけど、天然バカミスは別次元としても、狙ったバカミスは「センス」が命なのよ。
表紙がアレなのと、冒頭に清涼院流水が引用されている時点で一抹の不安は有ったが...ま、そういう本だ。
噂では好評だそうで、続編も企画されているらしい...ま、私には関係ないけどね。
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『何がどうして』 ナンシー関 (角川文庫) 2002.12出版 <親本:世界文化社1999.10>
「噂の真相」連載 -> 世界文化社 -> 角川文庫の流れで、まだ文庫になっていないのが『何はさておき』『何だかんだと』の2冊ある。
で、週刊文春のシリーズでは5,6のあと2冊。朝日のシリーズでは残り1冊。
しかし、ここにきて今月、世界文化社から新刊『何をかいわんや』が出るとか。
ナンシー関コンプリートの道はかくも長く険しい。
...っつーか、感想じゃないし。
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『コンタクト・ゾーン』 篠田節子(毎日新聞社)2003.04出版
政情不安定で通貨が急落した東南アジアの小国リゾート地に、OL3人組がチャンスとばかりにブランド物を買い漁りに訪れる。 しかし、あれよあれよとクーデターに巻き込まれ、孤島でのサバイバル生活を余儀なくされる...
いかにも今時の、30代OL達のバカさ加減でつかみはOK。 これでいくら3人が悲惨な目にあっても、読者は安心して「ヒヒヒ、ざまーみろ」と楽しめる...と思ったら、 その災難も案外たいしたことなく、しかも質素な村民との生活を経て徐々に人間的に成長していくさまが描写される...って、こんな話を読みたかったわけじゃないんですけど(笑)
ま、クールな描写力は相変わらずでサクサクと読めましたが、この単純なストーリで引っぱるには長すぎる。ま、途中ダレるとも言う。
ああ、こうして見ると作者の『夏の災厄』は、登場人物に感情移入を許さない突き放し方が白眉だったな。

OLが医者の資格を持ってるだの、着の身着のまま逃げてきたのにナイフを持っていただの、特殊部隊の実践マニュアルを読んだことが有る(笑)だのという、 ご都合主義は、どうでも良いんですよ。 それらが絡み合って、ねじ伏せられるような有無を言わせぬ展開さえあればね。
でも、優しい村の男に出会ったら、ま、予想通り寝るし、スムースと言えば聞こえはいいけど、読者が想像できる以上の展開を提示しないのなら、 やはりご都合主義は「ストーリを都合良く推進させる為の苦し紛れ」と言われてもしょうがないでしょう。
それに女性がサバイバルするなら、『悪夢のバカンス』(シャーリー・コンラン)ぐらいは痛めつけろよ。と思う私は人非人。ま、雑誌連載ものらしいので、こんなもんなのかな。

そう言えば、架空の小国の動乱に巻き込まれ、無意識のうちに見下していたそこでの生活を通して、 正しいと信じ押し付けていた自分の価値観(西洋文化)に疑問を抱く、 というプロットは『弥勒』と同じだな。別バージョンってこと?ネタ切れ?
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『走るジイサン』 池永陽(集英社文庫) 2003.01出版<親本1999.01>
平凡な老後をおくっていた作次の頭に猿が乗ったのは、一人息子の真次が結婚し、その嫁の京子と三人で暮らしはじめ、ほのかな恋情を抱いた頃だった...
うん、ま、年を取るということは、誰しも恐怖であろう。 でも、生きてる限りはいずれ老いるしボケる。 しかも、いくつになっても煩悩は無くならない。 開き直るか、流されるしかない。
哀しいな。
老人の汚さや、イヤラシさ、間抜けさをそのまんまストレートに書いてるけど、淡々とした文体のせいかリアルさは感じられない。 嫁の下着を手にとるシーンや失禁するシーンを読んでも、妙に透明感がある。
まるで「まるちゃんの爺さん」が主人公の小説を読んでるようだ。
結局、頭の上の猿には、たいした意味を持たせなかったのがある意味すごい。
こうなると積んでる『コンビニ・ララバイ』も読まないと。
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『鉤』 ドナルド・E・ウェストレイク(文春文庫) 2003.05出版
泥沼と化した離婚調停の影響でスランプ中のベストセラー作家ブライズは、図書館で旧知の作家ウェインと偶然再開し、 もはや彼の作品を発表する場がない事を聞かされる。 そして、一杯飲みながらウェインに持ちかける。 「私の女房を殺してくれたら、君の作品を私の名前で出版しよう。君の取り分は出版社からの前払い金110万ドルの半分」と...
前作『斧』と同様、ドートマンダーシリーズや、悪党パーカーシリーズとはかなり趣が違う心理サスペンス。
導入部は、さすがにワクワクさせられます。 さりげなくジワジワとドツボにはまっていく様や人の動かし方も、やはり上手い。
ただ、もう少し捻りが欲しい。 「2人の立場が逆転」していくあたりを、もう少しダイナミックに見せて欲しかったね。
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『赤い右手』 J・T・ロジャーズ (国書刊行会)1997.04出版
時は第2次世界大戦中のアメリカ。結婚式を挙げに行く途中のカップルが浮浪者風の奇怪なヒッチハイカーを拾う。 そしてカップルの男がこのヒッチハイカーに拉致され、車で山道を連れ回されたあげくに殺害される。 しかし、その通ったはずの道に偶然いた医師は、そんな車は通らなかったと証言するや、 事件は複雑な様相を呈し始め、やがて山中の脇道で繰り広げられる恐怖の連続殺人...
その医師の手記という形で進められる、熱にうなされたようなハイテンションの文体。 ま、言い方を変えれば、つかみ所がない。
しかし、それさえも作者の策略の一部だったりする、とにかく読者を騙す(=コケにする)ことのみに全力を傾けた本格ミステリ。
ボーッと読み流しちゃうと、単なる「一人三役」というトリックが使われた本格ミステリにしか読めない、 いや、そのトリックにさえ気づかない可能性ありだし(笑)
ま、そのメイントリックは、おいとくとしても、この本には様々な「くわだて」がこれでもか、と詰まっている。
----以下、ネタバレっぽいので反転------
●偶然の多用
ここでは出来の悪いミステリでよく見受けられる「つじつま合わせ」としての偶然ではなく、読者を混乱に陥れるために、 つまりミスディレクションとして意図的に使っている。
しかも『アクロイド殺人事件』が脳裏をよぎるように意図されてる。
ま、『アクロイド』や同じネタの本(横溝正史や東野圭吾など多数)を読んだことが無ければ、作者の企てには引っかからないわけですが。
●時制の混乱
章毎に時制を入れ替えて、過去に戻ったり、先に進んだりして語られるのは今時珍しくないが、 これによって重要な伏線が、その時点ではまったく重要に見えないように読者から上手く隠す為に利用している。 これもジェームズ・アンダースン『証拠が問題』のあの一発ネタなどに影響を与えているのかも。
●曖昧さ
普通、「曖昧さ」は本格ミステリにとっては傷だけど、ここでは、やはりミスディレクションとして意図的に使っている。

----ここまでだよん------
しかし、残念ながら、ここらの「くわだて」は読んでる最中は気づかず、読み終わってから、 (というより訳者による丁寧な解説付き「あとがき」を読んでから(笑))「ほえー」と驚くはめに。 それにしても58年前の本だ。すごい。
ま、解決シーンも解りづらい、ってのはどうかと思うけど。
でも、あちこちでみかける「本格ミステリとして反則」というのは、当てはまらないと思う。
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『クレイジー・クレーマー』 黒田研二(実業之日本社ジョイノベル)2003.04出版
大型スーパー「デイリータウン」の家電部門のマネージャー袖山は、クレーマー岬圭祐と、万引き常習犯という二人の悪魔に悩まされていた。 ある日、クマ型ペットロボットの具合が悪いので責任をとれ、と、岬が現れた。 治療法を教えて切り抜けたのも束の間、再びやって来て言う「電子レンジで温めたら死んだ。復讐してやる。」 袖山の心の支えは恋人・美乃の存在だったが...
いわゆるクレイマーを扱ったサイコミステリってのは、今まで有りそうで無かった。 ペナックの『人喰い鬼のお愉しみ』でもクレーム処理係が主人公でしたけど、方向性が全く違うし、 しかもこれは本格ミステリだし、しかもバカミスだし。腰が砕けるように笑えます。
頭の中でひねくり回した人工甘味料的なストーリー展開は相変わらずですけど、以前よりは文章がこなれてきてる分、 ジワジワと狂気の方へシフトしていく心理描写など、すんなり読めます。
で、全体的に軽いノリで進むとは言え、この程度のボリュームの本に、ここまで盛り込むのかよっ!も相変わらずですが、 意味があまり無いと思えるキャラや、エピソード(「万引き常習犯」のくだり)を削ってもっとシンプルにしても良かったような。 ま、それだと短編になっちゃうけど(笑)
逆に、ありがちとは言えやはり面白かったクレーマーのエピソードを増やして肉付けしても良かったかな。
それにしても読後感は悪いっすね。
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『モンスター・ドライヴイン』 ジョー.R.ランズデール(創元SF文庫)2003.02出版
金曜の夜、ぼくたちはドライヴイン・シアター「オービット」に集まった。 いつものB級ホラー映画オールナイト。いつもの大騒ぎ。 だが突然、血の色の光を放つ怪彗星が襲来し、観客全員が異空間に閉じ込められてしまう。 娯楽の殿堂から一転、生き残りを賭けた凄絶な戦場に変わる「オービット」。 ぼくたちはここから生還できるのか...
というドタバタ・スプラッタSF。んー、怪しげな彗星が出てくるからってSFに分類するのも、いかがなものか。
ま、この作者の初期作品でもあるし、原著は1988年発表なんで比較するのもアレですけど、既に戸梶圭太を読んでしまった身としては、 この程度の突き抜け方では、ぬるい。
「ニヤリ」とさせるフックが少ないのも、ハッキリ言って、つらい。
後にハップ&レナードシリーズで爆発するお下劣パワーはかいま見えますが、それもまだ中途半端だし、 ま、そのシリーズも個人的には飽きて3作目以降は手にしてないし。
友情を軸とした青春モノとして見ると、けっこう良くまとまっていて爽快感さえ漂うけど、 この類の本で「良くまとまってる」というのは誉め言葉では無いよな。
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『葉桜の季節に君を想うということ』 歌野晶午(文藝春秋ミステリマスターズ)2003.03出版
なんでもやってやろう屋・成瀬将虎は悪質な霊感商法事件に巻き込まれ、一方では運命の女・麻宮さくらとのデートもこなさなければならず大忙し。 果たして事件は無事解決するのか...
最後にミステリ的な仕掛けが準備されているけど、本格はもちろんのことミステリかどうかも微妙なところ。
ま、色恋ありぃのアクションありぃの、小悪党が右往左往する軽ハードボイルドですけど、 ストーリを語ろうとする意志が、ちゃんと見えていて、しかもきっちりまとめてる。 ついつい「このまま終わってもいいかな」とさえ思わされ、イッキ読み。
ただし、こっち方面には、奥田英朗などより芸達者が大勢居るので、さすがにこれだけでは勝負できないでしょう。
そしてその「ミステリ的仕掛け」に関しては、これを本格ミステリのメイントリックとして堂々と提示されたら、 「おいおい」と突っ込む前に壁に投げつけられるであろうレベルの例のアレ。
しかし、本格ミステリとしての骨格は持っていないので、逆に「ニヤリ」とさせる効果あり。 ご苦労様と声をかけたくなるほど、いわゆるミスディレクションのお手本とも言うべき出来です。
ま、前作のような、ミステリに新しいジャンルを。とまでは行っていませんが、 作者の引き出しは広がったように思えるし、これでストーリとミステリ的要素のバランス加減を自在に操れるようになれば、 閉塞感すら漂う今の日本の本格ミステリシーンを切り開いていくのは彼だと言い切って良い気がする。(偉そうだな、おい)
それにしても饒舌になったもんですね。これから何処に向かうか歌野晶午。
でも「補遺」は蛇足。いらんでしょう。
ま、読み終わった後に「元気」が出てきた事は確かなので、結果オーライ。
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以下、ちょっと追記。(ネタバレ気味)
そもそも私の中では「叙述トリック」は本格ミステリの範疇じゃないんですよね。
サスペンスというか、どっちかっていうとメタフィクションに分類したい。 やはり本格ミステリというからにはロジックが命かと。
読者が解くのではなく、登場人物が作中の情報からロジカルに答えを導き出せるのが、本格かと。
「叙述トリック」は、登場人物が他の登場人物を騙すのではなく、 作者が読者に対して騙そうとする企てですので、(どの時点で、それを読者に開示するとか)神の視点がどうしても介在せざる得ないわけで、 そういう意味ではメタフィクション(のバリエーション)と解釈しています。

ロジックだけだと地味になっちゃうのは氷川某を見れば明白ですが...そこはそれ、やはりサプライズも欲しい...って贅沢かな。

歌野晶午の今回の作品でいうと、例えばあの事実を明らかにしなくても、 物語上はハードボイルドとして全く破綻なく終わることができる。
でも本来の本格ミステリのトリックは、それが明らかにされなければ、物語上は収束しないもののはずです。
ま、本格ミステリの方が偉いとか面白い、とか言ってるわけではないので誤解無きよう。

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