2003年

8月

『NHKにようこそ!』 滝本竜彦(角川書店)2002.01出版
俺が大学を中退したのも、無職なのも、ひきこもりなのも、NHKつまり「日本ひきこもり協会」の陰謀なのだということに気づいてしまった。 悪の組織を倒すその日まで、俺は雄々しく戦い抜く...
自ら「ひきこもり」をウリにしている作者の2作目。
戦いを決意しても、自称「ひきこもりのプロ」は「外は車がいっぱいで危険だ」などと依然としてひきこもりながら、 ロリコンゲームおたくの友人とエロゲー制作で一発大儲けを目指すわ、新興宗教に入りかけるわ、小学生のパンツを盗撮するわと、ま、 いかにも今時なドタバタと、そしていかにも今時な放り出しかた。
しかも妄想は妄想であると自覚した上で、ヌクヌクとした自部屋にひきこもる言い訳にしてしまうモラトリアムさ。
大沢某や馳某の作品に出てくる、かっこいいダメダメぶりをみせる登場人物より、 多少(か?)デフォルメされているとは言え、この愛すべきありふれた若者たちの方がよりリアルだ。 今時の「エロス」と「バイオレンス」と「ドラッグ」は、こんなもんでしょう。
これにリアリティを感じない人は、ニュースや新聞だけで全てを知った気になったりせず、世間をもっと自分の目で見たほうが良い。かも。
ま、リアルさと面白さはまた別腹ってもんですが。
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『新世界』 柳広司(新潮社)2003.07出版
広島・長崎の原爆を開発したマンハッタン計画の中心施設、ロスアラモス研究所の所長オッペンハイマーが残した遺稿が発見され、 その中には奇妙な事件の顛末が小説形式で記されていた。 第二次大戦が終わった夜、天才物理学者たちが集う原爆が生まれた砂漠の町で一人の男が殺され、混沌は始まった...
前作『はじまりの島』のダーウィンに続き、本作ではオッペンハイマーが主人公の本格ミステリ。なのかなー微妙だなー。
前作では、ガラパゴス諸島を舞台にした端正な異世界もの本格ミステリだったわけだが、 今回は、これだけの舞台設定で、まさか単純な殺人事件とその解明に終始するこたあ無いだろ、と思ったらそれ以上でした(笑)

中盤までは、戦勝パーティに絡んで起きた殺人事件、過去の原爆開発の様子、事件から数年後、 そして作中作などを織り交ぜ技巧を凝らして、 この話しをどこに転がそうとしているのかまったく見えない。
そして、殺人事件などいつの間にやら忘れ去られ、 オッペンハイマーの苦悩や、 ヨーロッパからの亡命者など様々な人種からなる科学者達の祖国を見据えた思惑、さらには「はだしのゲン」も真っ青な爆心地の描写など、 参考文献を元にした史実を語る事が中心となっていく。
私もここらへんには色々考えるところもあり、関連ノンフィクションも何冊か読んでいますが、 この本もオッペンハイマーに焦点を当てたノンフィクションとして見れば、自らが生み出したものが否応なしに「新世界」の扉を開いてしまった事への苦悩、マンハッタン計画におけるナチスドイツとの関係や、「赤狩り」での失墜、など押さえるべき処もおさえ 手際良くまとめていると思う。
ただ、一応最後には事件の真相も明らかになりますが、とって付けたとうな唐突さだし、 このバランスはエンターテイメントとして明らかに破綻しています。
このテーマで書いてるうちに、当初の予定よりバランスがどんどん変化して行ってしまったのかもしれない。
っていうか、このバランスに対する言い訳として、小説家としては素人であるオッペンハイマーの作、という体裁にしたのか。
ま、この動機(ユニークだけど方向性は前作と同じだな)と犯人じゃ、とてもじゃないがアメリカでは出版できないでしょうけど(笑)
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『過ぎ行く風はみどり色』 倉知淳(創元推理文庫)2003.07出版 <親本:1995.06>
亡き妻に謝罪したい。引退した不動産業者・方城兵馬の願いを叶えるため、長男の直嗣が連れてきたのは霊媒だった。 インチキを暴こうとする超常現象研究者までが方城家を訪れ騒然とする中、密室状況下で兵馬が撲殺される。 霊媒は悪霊の仕業と主張、かくて行なわれた降霊会で第二の惨劇が発生する...
いわゆる「日常の謎」系列の本格ミステリである猫丸先輩シリーズの初長編。 複雑な家族構成の一族を登場させたり、降霊術などを持ち込んで長編としてのケレンを導入していはいるけど、 ま、今回も、根は後味スッキリのさわやかな本格ミステリ。
メインとなるネタは「叙述トリック」に分類されるとは思うけど、 作者が読者のみを騙す、 つまり、作中の登場人物達には自明な事なのに読者には伏せられているタイプの安直な「叙述トリック」ではなく、 それが明かされることによって、きちんとストーリ内でも真相に影響を与える「叙述トリック」として機能している。
これが意外と少ない。
以前も書いたけど、前者はそれだけでは本格ミステリとは言えない。 その事実が読者に明らかにされても、確かに読者として驚きはするし作品全体の構図も変わってはくるが、 登場人物にとってはなんら関係のない「叙述トリック」のなんと多い事よ。
ま、本作のは、ネタとしては小粒ではあるけど使い方のセンスが好き。ってことで。
冗長な部分を少し絞り込んで短くしてくれたらなお良し、ですが、ま、元々こういう作風だしね。
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『流れ星と遊んだころ』 連城三紀彦(双葉社)2003.05出版
突如、彗星の如く現れた中年映画スター秋場との、数奇な出会いから大作映画の主役への抜擢とその後の人気ぶり、 そしてその終焉までが、マネージャの回想インタビュー形式で語られる。
芸能界を舞台にした、得体の知れない男と人生を諦めてしまっていた男という2人を軸としたサスペンスとして、 さすがに手慣れた筆さばきでクイクイ読まされ、 大御所のストーリーテラーぶりを堪能する...などどなめてかかっていたら既に作者の術中にはまっている。
ま、人間の回想なんて誰でもそんなもんだと思うが、必ずしも時系列順に語られるわけではなく、所々省略され、 気が向いたときに話は戻り、省略されていたシーンを語り始める。
すると全体の構図がガラリと変わってしまう事実が明らかになる。
この「穴埋め形式」のどんでん返しは一種の叙述トリック。 しかもそれが一度ならずに、これでもかこれでもかと親の仇のように繰り返され、 この酩酊感はフランスミステリに似ている。
本格ミステリ的な観点からするとアンフェアな部分も有るし、そりゃ強引すぎでしょ!的な突っ込みどころも有るが、 別に本格物ではないし、エンターテイメントとしてノープロブレム。
ただねー、ここまでどんでん返し続けれらると途中でお腹いっぱいになっちゃうよなー。 2階に上って梯子を外された驚きは良いんですけど、ずーっと足下が不安定な状態ってけっこう疲れますよ。 ま、大御所の豪腕ぶり、と言うよりヤオイ臭さを含めたオチャメぶりを楽しめ、ってこった。
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『ポップ1280』 ジム・トンプスン(扶桑社)2000.02出版
アメリカ南部の田舎町ポッツヴィル、人口1280。 保安官ニック・コーリーは、心配事が多すぎて、食事も睡眠も満足に取れない。 今朝の朝食も ポークチョップ5〜6切れ、目玉焼き2〜3個、グレイヴィーをかけた粗引きトウモロコシを添えた温かいビスケット1皿しか喉を通らない。 考えに考えた結果「自分にはどうすればいいか皆目見当がつかない」という結論を得た。 性悪な妻、うすらばかのその義弟、秘密の愛人、昔の婚約者、保安官選挙。だが目下の問題は、町の売春宿の悪党どもだ...
現代のサイコ君ものやパルプ系ノワールと比べれば、そのグダグダさがかえって新鮮という1964年発表の、ま、大人の寓話(笑)ですね。
とにかく主人公は自分にとって邪魔な者を次々と抹殺していくんですが、 自分では直接手を下さず、曖昧な言葉で相手を操り、噂を流し、他人になすりつけ、巧妙に立ち回る狡猾さ。 ただ、それとて、 その場しのぎの行き当たりばったりな行動や言動が、いつの間にやら巧妙な計画になっていたり、 狡猾さも一貫して居るわけではなく、 一見まったく意味不明な行動も有り、 まるで作者自身が、とりあえず思いついた面白そうなシーンを書きはじめ、書きながら無理矢理に辻褄を合わせたような、 先の読めなさ(笑)
しかも主人公の半端ではないモラルの欠如は徹底していて、 他の登場人物達の中途半端なモラルがかえって無粋に見えるほど。 ここまで徹底させるには、作者もさぞ苦労したことでしょう。
とにかくピュアな悪意を読んでみたい人はどうぞ。
ラスト近く、キリストと絡めた形而上的でいっけん含蓄深そうな会話が出てくるが、 そこから何か教訓を得ようなどとはすれば、まさに作者の思うつぼ。
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『陰摩羅鬼の瑕』 京極夏彦(講談社ノベルス)2003.08出版
白樺湖畔の洋館「鳥の城」は、主の五度目の婚礼を控えていた。 過去4人の花嫁は何者かの手によって、ことごとく初夜の翌朝に命を奪われているという。 花嫁を守るように依頼された探偵・榎木津礼二郎は、小説家・関口巽と館を訪れるが...
デビュー作以来のシンプルさ。
ま、今までの作品にしても物語の骨組みはシンプルなのに、 周辺情報を2重3重に絡ませて、 さらにそれらを長々と饒舌な蘊蓄として見せることにより読者に焦点を絞らせず、一種のミスディレクションとして複雑に見せかけていたわけだが、 本作ではテーマが「死」「儒教」「時間」と、パラレルではなくリニアに組み合わされる性格のもので、 物語を風通し良く見渡せ、シンプルに見せている。
このさじ加減は難しいところだけに、作者のこのシリーズの何処に魅力を感じているかで評価は分かれそう。 ま、シンプルに見渡せちゃうぶん、この長さは冗長に思えるのも事実だけど。

ミステリとしては、犯人は早々に予想がついてしまうとは言え、その背景(=動機)は、 世界観をひっくり返す心理トリック?として、その畳み方を含めカタルシスは充分。 あまたの「サイコもの」と比べてもその論理性で傑出してるでしょ。 ま、現代だったらさすがにこのネタは通用しないと思うけど(笑)
ただ、ずっと異世界ものとして読んできた私にとって、 横溝正史の登場には、萎えちゃったり。
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『ハルビン・カフェ』 打海文三(角川書店)2002.04出版
福井県の西端にある新興の港湾都市「海市」。 凶悪犯罪の多発により、警官の殉職率が東京をはるかに凌駕するレベルに達したとき、 市警察の下級警官の一部が『P』と呼ばれる地下組織をつくり、マフィアに報復テロルを宣言して、法の番人自らが法秩序を破壊し始める...
いやー、ここまで緻密で複雑なプロットは海外の謀略小説にもそうは無い。
警察庁、警視庁、県警、公安、そして中国マフィア、朝鮮マフィア、ロシアンマフィア。 そして市警察の内部でうごめく下級警察官や殉職遺族達によるテロ組織。
それぞれの思惑が絡み合った、数十年にわたる暴力に血塗られた復讐と権力抗争を複雑なストーリとして組み上げた後、 さらにジグソーパズルのようにいったんバラバラにし、そのピースだけを提示して見せた、 この構成力とクールな筆力には、圧倒される。
でも、その複雑なプロットを語るのに汲々としちゃっていて、ストーリとして動的な面白さや躍動感を削いでるよなあ。 なんか高村薫と同じ臭いがするぞ。
で、人口35万の地方都市が、まるで100万都市のような描写なのは御愛敬としても、 架空都市にした意味がほとんど無い。ってのも。
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『幽霊刑事』 有栖川有栖 (講談社文庫) 2003.07出版 <親本:2000.05>
結婚間近のフィアンセを残し射殺された刑事・神崎達也は、未練からか幽霊となって現世に舞い戻り、物質には触れないなど不自由な条件の中、 真相を突き止めようと捜査を進める。 協力者は、唯一自分とコミュニケーションが取れるイタコ体質の後輩刑事のみ。 いったい真犯人は誰なんだ...
老若男女、誰にでも安心してオススメできる、ロマンチックで適度にユーモアがあり、最後には泣かされ、 おまけにミステリ的な味付けも有るという贅沢なファンタジ。
ま、どの要素も中途半端でヌルいけど、 「本格ミステリ」を期待しなければ、そこそこ完成度の高い読み物かと。
ただ、この「幽霊が自分を殺した犯人を捜し出す」という、少なくはない先例が有る設定を、効果的に使い切れていないのが惜しい。
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