徒然染め草の記 |
つれづれなるままに ![]() 上の写真は、東京在住のプロの写真家 吉田敬三氏が、 わざわざこの山上まで来られて、撮影されたモノです。 吉田さんが、何故わざわざ遠路はるばる私ごときの写真を 撮りに来られたと言いますと当サイトに掲載していた ヒロシマの色を奪ったヒカリ をたまたまご覧になり、私が被ばく2世というのが、わかったからです。 吉田さんは、被爆二世100人を撮影し その肖像写真を一般公開する事を目標にされていました。 その動機は吉田さんのHPに記載されています。 私は厳密に言いますと被爆二世ではなく、被曝(ばく)二世になります。 父は、原爆投下後の広島に救援の為に入ったので直接被爆したのではありません。 とは言え、まさに投下直後に爆心地に入ったので、 相当な放射能を浴びたのは、間違いないと思います。 おそらく人が年間浴びても問題ない許容量を (100ミリシーベルト以下) はるかに超えていたのではないかと想像できます。 しかし、父も私たち家族も放射能に対して、無知というのもあったのですが 被ばく者という被害意識は全くなく、晩年まで過ごしていました。 ところが、父は75歳を過ぎてから、悪性リンパ腫(血液のがん)を発症しました。 もちろん、被ばくしてから50年以上も経過しているので その因果関係はほとんどないと思われますが、 結果的に、原爆の「放射能」の事を考える契機になりました。 それから、父は 今まで、投下直後のヒロシマの事をこれまであまり多くは語らなかったのですが、 私にボツボツと話すようになったのです。 それをまとめたのが、サイトにあるものになります。 ある意味、父の遺言といってもいいかもしれません。 それが縁で、この写真撮影となったわけです。 しかし、撮影は1回だけではありませんでした。 なんと結果的に 3回も吉田さんはこの山上まで、撮影に来られたのです。 ![]() なぜか? それは写真の仕上がりが悪かったからです。 モデルがモデルなので仕上がりが悪いのは当然なのですが 「もうあれでいいですよ」と言っても承知されませんでした。 さすが プロです。 ちななみに、下がボツになった1度目の写真です。 平成21年撮影ですから 実に3年がかりの事でした。 ![]() さて、閑話休題 これからつれづれなるままに 山上の自然の中で採れる染め草の話をしていきます。 それらは、人工的に作られた放射性物質とは まさに対局にある事でもあります。 しかし被ばく二世というアイデンティティをふまえ、 「平和」とか「環境」なども問うてゆきたいと思います。 その他 私たちは、原発事故など さまざまな問題を抱えていますが もしかして自然の力には 何かそれらを解決できる糸口があると、信じております。 ![]() なお、吉田さんの写真展は 本年の8月に東京で開催されます。 近郊の方は是非ご覧ください。 kosodeの写真も展示されるはずです。 陽光繧繝 染織工房勝部 このpageのフォント縮小バージョン 壁紙の染め草はカナムグラ |