いじめ

 

 

最近何かとニュースを騒がせているこの話題ですが、

俺の思うところをつらつらを書き連ねていきます。

 

俺の学生時代を振り返ってもやはり程度は違うけれど、

「いじめ」って物はありました。

一時は苛める側に、一時は苛められる側に、

両方居たことがあるんで両方の気持ちは分かるつもりでいます。

しかし、今の時代のように中学、高校に行ってまでも、

「いじめ」が横行していたわけではなくて、

やはり精神的未熟な小学生の時が一番多かった気がします。

今更ながらに当時の事を振返ると、精神的未熟さゆえの

幼い行動ではあったと思います。

学校という社会の中に自分の存在するコミュニティを作ろうとする余りに、

誰かを入れ誰かをはじき、それが自分の居場所だったりするのです。

 

つまり、クラスの中で仲良しの輪というものが出来上がると、

輪を作る余りに、輪を固める余りに輪の外のものを除外したくなるのです。

外を除外し、中を固める事によって自分の居場所を確認し、

そして安堵感を得る、確かそんな感じだったんだと思います。

だから何時だって、いじめは1対Nになってしまうんだと思います。

それは、今から思うとすごく稚拙な行動です。

しかしそんな感情も小学生どまりでした。

というのも中学にもなると、教科毎に変わる先生、

毎日辛い部活、本格的に活動される委員会等々、

自分らの小さな自己満足のコミュニティなんぞ

作らなくても幾らでも自分の居場所が出来たからだと思います。

そこでやっと気が付いたんですよね、

自分の居場所って誰かをはじいて作るものじゃなくて、

共感する価値観を持つもの同士と自然に出来上がるものなんだって。

 

そんな俺でも中学生時代に一度だけ、「いじめ」と呼べるか

どうか分かりませんが、そんな体験をしたことがあります。

それはクラスでの席替えがあった時にことでした。

完全くじ引きで決められる席替えには、たまたま偶然に

俺の隣がクラスのアイドル的な存在の女の子になったんですね。

そこで俺はやはり隣の子とは仲良くするわけですよ、

可愛い可愛く無いはおいて置いて、隣になったら

自然と仲良くなるじゃないですか?

教科書忘れた時に見せてもらったりとか・・・。

するとクラスの男性陣はみんな面白く無いわけなんですよ。

意味も無く「あいつは調子に乗ってる」って事になって、全員でやんわりとシカト状態。

正直、辛いか辛くないかって言ったら、そりゃ辛かったですよ。

中学生なんて同性で群れたい時期ですし。

それでも周りのその理不尽な「シカト」が、俺に対する「ひがみ」とか

「ねたみ」からきている事が明白だったんで、ある意味楽でしたけどね。

苛める側の「くだらなさ」と「情けなさ」がアリアリと分かりましたから。

苛められながらも、何となく一歩引いた上の目線で居られる事が出来ましたから。

まあ、また席替えが行われるとその「シカト」も自然消滅できたんですが。

 

それでも今や社会はさらに複雑化してきており、

中学、高校に限らず職場でもいじめがあると聞きます。

そしてその原因が、「生理的嫌悪感」「ストレス発散」

など、もやは苛められる側に何の落ち度も無いような、

そんな理不尽な理由が多いような気がします。

 

確かに苛められる人はつらいでしょう。

ろくすっぽ苛められた経験の無い人間に、無責任に頑張れって

言われたって実感が湧かないでしょう。

だから俺が気軽に「頑張れ」「逃げるな」なんて事は言えない気がします。

 

そんな俺でも一言だけ助言させて頂ければ、

「死」という選択肢だけはすすめられないし、認められない。

何故?って理由は簡単で、俺が「死んだ経験」が無いからなんです。

自分が経験もした事も無い事をすすめたり、

認めたりすることは俺は絶対に出来ません。

それが正解かどうかなんて俺は分からないんですから。

 

俺は今、こうして生きているんですから。

 

 

戻る