秘恋

 

 

秘恋それは、秘められた想い。

 

俺が一世一代の大片思いをした時の事でした。

俺の人生の中でこれほど人を好きになる事なんて無いと思えた。

それは俺が高校3年の時の受験勉強に真っ盛りの時でした。

決して頭がいいとは言えない高校に通っていた俺も、

「大学に行きてえなぁ。」と漠然に思い始め、勉強を始めた時期でもありました。

 

今までさぼっていたつけがきて、予備校に行ってもそのレベルの高さに

愕然とする日々が続いていました。

 

そんな葛藤の日々が続いていた時に予備校の自習室で彼女はいました。

肩甲骨まである長いストレートの髪が綺麗な、笑顔の似合う娘でした。

 

いつもひたむきに勉強している彼女の横顔は、

俺にとっての唯一の救いだった様な気がしました。

その日から当然の如く、予備校に行くのが楽しくなりました。

雨の日も風の日も台風の日も休日も、

俺は原チャリを飛ばして予備校に通う日々が続きました。

予備校に行ってしまえば、そこは受験まっしぐらの雰囲気。

雰囲気に流され易い俺は、動機は不純ではあるものの

それなりに勉強する様になっていった。

そして予備校の中のクラスもメキメキと上がって行き、

まわりの友達は「お前どうしたんだ?」

「何時からそんなに予備校好きになったんだ?」と驚きの表情を隠せなかった。

 

俺はそんな友達を横目に「本気を出せばこんなもんさ。」

と涼しい顔をして見せた。

 

ホントの胸のうちをひた隠しにしたまま・・・・・。

 

そして、とある休日いつもの如く予備校の自習室へ行く為

席の予約をしていると、偶然そこに彼女が現れた。

まさに心臓が口から飛び出すと言うのは、こういう事を言うのだろう。

俺は何気なく彼女に声をかけた。

 

「よく自習室にきてますよね?」

 

精一杯でした。当時の俺は決して女の子に免疫が無いわけでもなかった。

高校1年の時にはバイト先の女子大生のお姉さんに背伸びして

プレゼントをした事があるくらい、ある程度女性には慣れているつもりだった・・・のに。

 

けれど、この恋だけは壊すのが怖かった。

 

なぜなら、俺の世代は受験がもっとも厳しいと言われるベビーブームの時代。

受験勉強中に恋愛なんて御法度という暗黙の了解が流れるなか、

俺は怖かったのである。

彼女の勉強の邪魔をする事、彼女の負担になる事が・・・。

そんな彼女とはコーヒーを飲みながら何気ない話を

するくらいには仲良くなった。

 

決して恋人とは言えない距離。しかし当時の俺はそれだけで、

満足だった。彼女の笑顔が見れるだけで。

 

そしてそんな胸の想いが次第に大きくなっていった・・・12月。

 

受験まではあとわずか、当然気を抜いている暇など無いのだが、

12月はクリスマスと言う、恋人最大のイベントがある。

 

わずかでも、少しでも彼女と一緒にいたい。

 

そう思いながら、予備校を出た時外は小雨だった天気がいつの間にか

雪になっていました。

まさに山下達郎の「クリスマス・イブ」の状況です。

そしてあの有名なフレーズが俺の心の中で鳴り響いた。

 

「きっと君はこない、独りきりのクリスマスイブ」

 

俺は寸前の所で、彼女に言いかけた言葉を飲み込んだ。

正直俺の性格からすると言いたい事言って、うまく行こうと行かなかろうと

すっきりした方が後々の勉強の効率が上がるタイプだって事は重々承知している。

 

言ってしまった方が楽になる。

 

そう思いながら、そう分かっていながら言いだせませんでした。

彼女の重荷に成りたくない、彼女を苦しませたく無い。

そう自分に言い聞かせながら。

 

受験勉強以上の葛藤の中、とうとう受験シーズンが始まってしまいました。

今、言わなければ会えなくなる。

もう会うチャンスは無くなってしまうのだぞ。

 

そんな事は彼女と出会った一年も前から決まっていた事でした。

 

まだ、携帯電話なんて復旧していない時代。

連絡先なんて知りもしなく、学校も全然違う彼女の家なんて知る余地も無い。

 

予備校の自動販売機の脇で何度かコーヒーを飲んだだけの、

赤の他人ともいえるそんな俺と彼女との繋がり。

結局言いだせずじまいでした。

そんな中、僕はなんとか大学に進む事はできました。

 

もう会えない彼女のおかげで・・・・・。

 

大学始まってしばらくは魂が抜けた様に過ごしていました。

新しい生活、新しい友人、そして受験勉強からの開放。

ありあまる時間の中で、だんだんと自分の生活を取り戻していきました。

サークルにも入った、バイトも始めた、色々な新しい人との出会いが

俺の中の思い出を過去のものへと送り去り始めた。

 

しかし、自体は急変した。

 

バイト先の後輩が、自分の兄貴の卒業写真だと一冊のアルバムをバイト先に

持ってきたのである。その兄貴とは俺と同い年の為、俺の知人がいないか?

そんなたわいもない会話の為に持ってきたのであった。

そしてそのアルバムのとあるページを見て、俺は固まった。

 

そこには予備校の自習室でいつも眺めていた彼女の変わりない笑顔が

そこにあったのである。

 

その写真を見た瞬間に俺の中で止まっていた時計が再び動き始めた。

 

彼女に逢いたい。逢って話がしたい。

例え彼氏がいてもいい、振られてもいい、俺の想いを伝えたい。

 

その答えを出す迄に、そう時間はかかりませんでした。

その卒写真集から、彼女の住所と電話番号をメモると、

彼女の家に電話をする決心を固めました。

 

季節は既に、夏へと変わり始める時期でした。

 

俺は夏休みを待って、で彼女の自宅へと電話をしました。

彼女の行った大学を知らない俺は、地方の大学へと進学していても

夏休みの時期には帰ってくるだろうと踏んだからだ。

 

「プルルルルルルル、ガシャ。、ハイ、もしもし。」

「あ、あの。私、ケイと申しますが、○×さんの高校時代の友人だったものです。

 ○×さんはいらっしゃいますか?」

「え?!高校時代のご友人の方?あの〜何も聞いておりませんか?」

「ハイ?何の事でしょう?」

 

 

「・・・・・・あの○×は留学の為海外に出かけているんですが。・・・・・・」

 

 

 

 

表のネタ日記なら、ここで「血涙」とか「吐血」って書いて落とすんでしょうが

実際の俺は涙一つでてきませんでした。

あまりのショックで涙すら出てきませんでした。

 

彼女と逢えない・・・その状況は昨日と今日で何も変わってはいやしない。

しかし、逢おうとする努力はできる昨日と、

逢おうとする努力すらできない今日では雲泥の差があるのだ。

 

こうして俺の片思いは幕を閉じたのであった。

 

後から冷静に考えてみると、彼女は受験時代という他に楽しみが無い時代だったからこそ

唯一俺にすり込まれた、「恋愛という名の」幻影であったと思う。

そして実際に逢えないつらさがその想いを増大させたものと思われる。

 

結局デート一つできなかった彼女との思い出。

それでも俺の中では大事な思い出の一つとして心に残っている。

 

その後付き合った女性は何人かいた。

しかし彼女の輝きにはどうしても勝てなかった。

 

今でも思い出すと少し心が痛むこの話だが、

忘れるんでは無く、立派に思い出として心の中で昇華できたと思われる。

だってあんなに人を好きになった事は無かったんだから。

 

・・・・・・・・人を好きになる事。

 

この定義はとても難しいと思う。

だがあえて、俺がこの事に定義つけるとしたら、

「相手を思いやるやさしさが持てた時」だと思う。

 

今でも、予備校の自習室で俺の視線に気がついて

微笑んでくれた彼女の横顔を思い出して・・・・・・。

 

 

 

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