生きる
今回の真面目テキストは、「生きる」です。
題材的に重いな〜って気もするんですが、最近の両親が平気で子供を殺し
無差別殺人が勃発する中で、ケイが思っている考えを語らせて頂きます!!
また、いつものごとくデカイ文字や色文字はありませんので・・・。
ケイは一年に一度もしくは二年に一度くらい「生きる・死ぬ」
って事について、考える事があります。
それは、飼っていたペットが死んだ時です。
実はケイは大の動物好きなんですよね。
今現在飼っているペットも
犬・ハムスター・熱帯魚・インコ・金魚・鯉って、ところ何ですけど、
最大にいた時にはハムスターは12匹いましたし、ウサギも二匹追加でいました。
可愛がっていたペットが死ぬという事は
この未熟なケイにはいろいろ考えさせられる事があります。
まず、真っ先に考える事は
「こいつは俺に飼われて幸せだったのだろうか??」
って、事です。
生きる楽しみが何なのか分からない動物達にとって
こいつらが「生きる」って事は何なんだろう??
何が幸せなんだろう??
って、答えの出ない事を悶々と考えていたりします。
生きる幸せ・意味。
「生きる意味」これは、人間にも当てはまる事です。
何故俺は生きているのだろうか??
それはきっと俺にはわからない事なんだと思います。
何故なら俺は俺の意思で生まれてきた訳では無いから。
だからって、「親が勝手に生んだんだ」などと
クソガキの理論に結びつけるつもりでは無いです。
だって、自分の意思で生まれてくるやつなんか
この世にいないですからね。
強いて言うなら、俺は生きているのでは無くて
「生かれされている」って事になると思います。
俺自身のこの世への誕生が俺の意思で無い限り
自分の意思で「生きている」のでは無く「生かされている」
と思うのです。
これは、別に悲観的意見ではありません。
客観点に考えると僕にはそう思えるって事です。
だから、こそ自分で自分の命を絶ってはいけないのだと
思うのです。
人の命を奪う事も言うまでもありません!!
だって、自分の命は自分が生かされている限り
自分一人のものでは無いんです。
長い長い年月、先祖から脈々と受け継がれてきたその
命があってこそ、自分は今存在できるからなのです。
生かされている以上「生きる」って事に意味を
求めても無駄だと思うんですよ。
だって、権利では無く義務なのですから、
考えても考えなくても「やらなくてはいけないこと」を
考えたってしょうがありません。
そこに答えを求めすぎると、誤った答えを
導き出しかねません。
だから、答えなど無くていいと思うのです。
ただ、俺は思うのです。
俺の生きる意味は無い(分からない)のだけれども、
俺に飼われて死んで行ったペットの分まで
生きなければいけないって事。
なんでっていう、理由は俺にも分からないですが
これが俺の言うところの「笑っていたい」に
結びつくと思うんです。
嘆き悲しんでもペットは生き返らない。
ならばその分まで俺が生きるって事が
最大の供養になるのでは無いかって思うんです。
ペットの立場から見たらすごく「人間的な身勝手」
な考え方だって言うのは分かってます。
けれど、そこって身勝手でいいんじゃないか
と思います、俺は。
だって、人間だけでは無く生き物って生きているだけで、
他の生き物の命を奪って生きているんです。
命を奪うって言う言い方には語弊があるかもしれませんが
「命を頂いて」生きている訳です。
だから、その分生きなければいけないんです。
生きる理由とか理屈じゃ無いんです。
だから、何も考えずに俺は生きます。
権利じゃなくて、義務だから死ねません。
今までたくさんの幸せをもらったペット達から与えられた義務ですから!!