人の価値とは



そろそろ冬のボーナスが気になる季節がやってまいりましたが、

普段の基本給有りきの、月々の給料とは違って、

ボーナスってのは査定ってもんが重要になってくるんですよ

ウチの会社は。


そういう出来高重視の会社って最近多いのでは無いでしょうか?

終身雇用制度の崩壊とか、実力重視とか叫ばれていても

そこまで行使できていなくて、ボーナス査定くらいは

下克上ありき見たいな考えを採用している会社って。

んで俺もそろそろ、査定されていた立場から

査定する立場に移行し始めているんです。


ボーナスっていうデジタルな金額で表す為には

その人の仕事ぶりの評価をデジタルに、

つまり具体的な数値で表現しなければいけないのですが、

これがまた難しい。


うちの会社に限らず、お役所仕事でも無い限り、

会社の目指す方向ってのは「利潤追求」が大前提な訳で、

稼げる奴がエライの法則ってもんが成り立ってしまいます。

まあ、その理論は分かるんですが、いまだに青い

甘ちょろい考え方が捨てきれない俺としては、

「その人の(会社としての)必要性ってそれだけなのか?」

って、思ってしまう訳なんですよ。


仕事が出来る=稼げる=会社として必要=査定アップ

この理論は当然成り立ちます。


この理論を無視した段階で、会社が会社として成り立たなくなり

社員が会社は給料を稼ぐ所っていう場所で無くなって

しまいます。つまり、サラリーマンでは無くなってしまうのです。


でもね、それだけじゃねえだろ、って思うんですよ。


人としての和を重んじる人間、雰囲気を和ませる人間、

つまり人間関係の潤滑油的な役割ができる人間。


それ以外にも、結果が現れていなくても生真面目で

努力している人間とか、今はまだ芽が出ていなくても

常に先の事を考えて先見の目がある人間とか。


そういう人間も評価対象に入れてあげたい、

評価してあげたい。とは思う思いとは裏腹に、

やはり目先の「売上」って単語の前にはすべてが

奇麗事で片づけられてしまうのです。


この矛盾の前には俺はひとしきり悩んだ時期もあったのですが、

最近では割り切る様になりました。


そうです、「会社として必要な人間」と「人間的に優れている」

人は必ずしも一致しないのです。


何故なら、会社ってのは前にも書いた様に「利潤追求」が大前提です。

しかし人生という舞台に置いては、俺は「幸せ追求」

が大前提だと思うからです。

そして、その幸せとは必ずしも「金銭的利潤」では無いと

思うのです。

つまり求めているもののベクトルが違うものを、

同じ物差しでは計れないって事なんです。


だからこそ、違う物差しで計って、違う評価をして

あげていいんだと思います、少なくとも俺は。


俺は今のところ、俺が進むべき道と会社が求めるべきものが、

大きな路線でずれていなかったからこそ、

今の会社で今の仕事を続けていますが、

進むべき道がずれた時に俺はどうするんでしょうかね。


例えば、慕っていた後輩や先輩に対してリストラを

宣告しなきゃいけない立場に置かれるとか・・・・。


少なくとも今の俺の答えは、会社とは人間が作るものだから

会社という見えないものより、人間との繋がりを大事にしたい。


と思っているですが・・・・やはり甘ちゃんですかねぇ?(笑


 

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