Bバージンからまたまた、セリフを引用して考えたいと思います。
広大な台地で出会うメスなんて皆無で、 運良く出会えたメスは唯一のメスで。 だから彼女を放したらそこで終わりなんだ。 この国の人間は多すぎて、たった一度の出会いなのに 気がつかないんじゃないかなぁ。
この「人間が多すぎで出会いが分からない。」という事と、 俺は最近よく耳にする、 「大勢人が居るのに、たった一人ぼっちな気分がする。」 「沢山人が居るのに、寂しい。」 と繋がるところがあると思うのです。
人間が沢山居るからこそ、人間の和を重んじると言う言い訳的な 「建前」社会化。 本来は「本音」と対であるはずの「建前」。 この「本音」が置き去りにされて、「建前」だけが 一人歩きしている気がするのです。
今現在、あなたには何人の友達が居ますか? その中で、本気で相談できる人間は何人居ますか? 本当の自分の一番弱い所を見せられる人間は何人居ますか?
親身になってのってあげれることが出来ますか?
見せるとき、話すときには勇気が居るものです。 だって、弱い自分をさらけ出すって事は、 自分の弱点を教える事でもあり、 人を選ばないとダメージが大きいのです。
人と人との出会いを、大切に真剣に考えなければいけないと思うのです。
だからシベリアのオスキツネは、メスを守る為に 時には命がけで戦う事もある。
また次があるからと、希薄的な付き合いを行っていませんか? そして心許せる友人を、沢山育んでいますか? また心を許してくれる友人を、沢山育んでいますか?
あなたも心を許して答えてあげてください。 それが人と人との繋がりだと思うのですから。 その出会いこそが、生きていく上での重要な糧だと思うのですから。
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