ライオン



こんなサイトでも最近良く相談メールなるものを貰う事があるんです。

まあ、俺のテキストで何かを感じそして「相談」するに事足りる

人物だと判断して相談して頂けると言うのは非常に有り難い事です。


その相談メールの中でやはり一番多いのが、人間関係」の悩みですね。

特に誰かを傷つけてしまったとか、傷つけられたとか。


多分こういう事で悩む人は、優しい心の持ち主なのでしょう。

与えてしまう「痛み」、与えられる「痛み」。

痛みが分かっているから優しくなれる人なのでしょう。

それと同時に、優しいからこそ「悩む」のでしょうけれども。


人間社会なんてものは、決して一人では生きられません。

他人となんらかの繋がりを持ちつつ人は生きています。

そして、その繋がりがある以上、人は「傷つけ」「傷つけられる」

事は避けられない事だと思うのです。


とある漫画の中でこの様なセリフが有ります。


「ライオンは一生のうちに、シマウマを360頭殺す。

 けれど、それでもライオンはライオンである事をやめない。

 また明日には牙をとぎ、子を産み育てる為にシマウマを殺す。」


生きる為に、誰がを傷つけて生きていく。

それは、何も人間に限った事ではないのです。

弱肉強食という自然界の摂理が成り立っている以上、

この地球上の生きしける全ての生き物が何かを傷つけて

生きていると言っても過言では無いのでしょう。


そして、相談メールの中で「傷つけた」「傷つけられた」

の悩みでは、やはり「傷つけた」痛みの方が多い様です。

「傷つけられた」はあくまで、自分個人の問題です。

自分の心の持ちよう一つでどうにでもなる要素があります。


しかし、「傷つけた」痛み・・・・つまり他人への痛み。


その痛みを解消できるのは、その傷つけた相手でしかなく、

傷つけた側がいくら悩んでも解決できるものでは無いのです。

傷つける側・・・・つまりライオン側ですね。


しかし、例えその事に悩んだとしても

「ライオンはライオンである事はやめない」

何故なら、それは生きる為だからです。


傷つけ合わない世界なんてものがあるとしたら、

それはそれで素晴らしい世界なのでしょうが、

きっとそんな世界は何処にもありませんし、

そんな物を望んでもただの現実逃避に過ぎません。

いや例えあったとしてもそれは限りなく「上辺」だけの

付き合いの世界な気がします。


だからと言って傷つけ合う事を恐れ、心を閉ざし

他人との接点を減らす様な生き方は、

ライオンがライオンである事を「放棄」している事と一緒です。


傷つけ合う事。


俺も今までの人生で多くの人を傷つけ、

多くの人から傷つけられ、ここまで生きて来ました。


けれど、俺は俺である事を決してやめません。

明日の為に生きる為の糧として消化しなければ、

ライオンとシマウマの関係以下になってしまいます。


だから、傷つけ合う事に臆病にならないで下さい。

シマウマを殺す事を恐れたライオンは、餓死してしまいます。


人間とてライオン同様に「傷つけ合い」を繰り返すこともあるでしょう。

しかしそこに、ライオン同様に目的があり信念があるものなら、

何も恐れる事は無いと思います。


世の中には傷つけ合いを恐れ悲しみ、結果として死を

選んでしまう人もいるでしょう。

しかし、そんな時にはちょっとだけ考えて欲しいのです。

今まであなたがこの世に生を受けてから、

一体どれだけ多くの命を奪って来たのかを。

一体どれだけ多くの人を傷つけて来たのかを。


その罪を償う為にはやはり、生きるしか無いのです。

どんなに辛くとも、どんなに悲しくとも。


だって、ライオンがライオンをやめられない様に、

あなたがあなたである事も決してやめられないのですから。

そして、やめてはいけないのですから。


 

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