周りがオリンピックムード一色で溢れるなか、 あえて天邪鬼なケイさんは「終戦」こんな話題について 取り上げようと思ってます。
今年(2004年)で終戦59年を迎えますが、 もう時代は「戦争を知らない子供達」という時代では無く 「戦争を知らない子供達の子供達」の時代だと思います。 掻くも言う俺も、両親共に幼児期に戦争が終わってしまい ほとんど戦争の記憶は無いと言っても過言ではありません。 そしてもう既に亡くなってしまった祖父母達も 幸運なことに戦争で無くなった身内は一人も居ませんでした。 そのような環境で生まれ育った、俺は「戦争」と言う物を 語られても今ひとつピンときません。 漠然とあった過去の出来事のような、 映画の中の出来事のような。
ですから、俺はテレビなどで熱く語られている 戦争の原因などと言う物を政治・経済の局面から熱く 語ることは出来ないのです。 まあ語るつもりも無いのですが。 実際に戦争を経験していない物がナニを語った所で 机上の理論にしか過ぎないのですから。 そんな俺でも語れるたった一つの事があります。
それは「平和」についてです。
今や、戦後最大の自殺者だ、事故死亡率の増加だ 不景気だなんだかんだと世論は叫んでいますが、 今現在の日本が「平和」であることは揺ぎ無い事実なのです。 そしてこの平和というものが「当たり前」になってしまう、 平和ボケにならないように日々生きる事が大事なのでは無いかと思うのです。
今や当然の如く行われている行動の数々、 好きなモノを好きな時に食べ、好きな映画を自由に見れる、 好きなテレビを見れて、好きな洋服が買える。 こんな当たり前の行動が、当たり前でなかった時代があったのだ という過去の事実だけは忘れてはいけないと思うのです。
生まれついて平和な時代でしか生きた事が無いから、 平和というものがどういうものか分からない。 という方々も沢山居るでしょう。 しかしながら、空気の有り難味は空気が無くならないと判らない という極論を述べているのと同じです。 100%完全に理解する必要なんて無いのです、 むしろ戦争を経験していない僕らの世代にそれは無理な事でしょう。 しかし、ほんの少し、頭の片隅にでもそれを置いて 考える事ぐらいは出来ると思うのです。
平和な事が当たり前であるこの空間の大切さ。
そんな事を考えられる余裕は、 平和である今の日本にはあるはずですから。 世界の中心で愛は叫べなくとも、 日本の片隅で平和をつぶやいて見るのもいいかも知れませんね。
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