その為に乱立するコンテンツ群、統一の取れていない 内容等が乱れ飛ぶ結果となってしまっているのは、 今ご覧の皆様には周知の事実ならぬ羞恥の事実と言った所なのですが。
俺もこんなサイトを細々と運営しているのは、 少なからずテキストが持ちうる力ってものを信じているから 続けているんですよ。 人が発する言葉には言霊という力が宿る。というお話を 聞いた事がありませんか? それと同じ様にテキストにも力が宿ると思っているんです。 そう思い始めたのには理由がありました。
当時の俺は、雑談系メーリングリストって言うんでしょうか? そんなのに登録していて、見ず知らずの人との会話を楽しんでいたんです。 まだまだISDNがバリバリ主流の時代です。 今ほど気楽にHPを見れたり作れたりしていない時代ですからね。 読み込むのにも時間がかかるし、更新するのにも時間が かかっていた時代なんです。 メーリングリストの友人達とは、顔を見た事も無いから こそ逆に打ち明け話ができる、そんな居心地のいい場所でした。
中学時代に部活でお世話になった先生で、 当時俺はバスケット部に所属していました。 そして絵に書いた様に、男子バスケの顧問の先生と女子バスケの 顧問の先生が結婚をして、その夫婦は両方ともバスケ部の 仲間とは顔なじみっていう関係だったんです。 だから卒業しても何度かお会いする様なそんな関係でした。
顧問の先生な訳で、俺とも知り合いな訳ですから連絡が入ったんです。
必死に涙を堪える奥さんと、泣きじゃくる子供達と、 治療で疲れ果てやせ細った恩師の遺影でした。
やはりその人柄から今でも、生徒に好かれているらしく 多くの生徒が参列していました。目を真っ赤に腫らしながら。
何で人は大切な人を残して死ねるの? 残された人は何を頼りに生きていけばいいの? 人は死んだら何を残せるの?
もう考える思考回路が、ネガティブ路線まっしぐらです。
ネガティブな思想でトゲのある発言ばかりです。 それでも自分の近況を愚痴っていた事もあり、 周りのみんなは「大変だったね。」「辛かったね。」 「悲しいんでしょう?」と優しい言葉をかけてくれる人達ばかりでした。
「そんな人の生死に関わる事なんて、悩んでも答えなんか でないんだから、そんな事で悩む奴は馬鹿だ。」 と発言してきた人がいたんです。 当然、当時のすさんでいた俺は真っ先に噛みつきました。 お前に何が分かる?お前に俺の苦しさが分かるのか?と。 今考えれば、泣いて駄々をこねる子供と対して変わりは 無い気もするのですが・・。
嫌になっちゃうんだよ。鬱とかになっちゃうんだよ。」
時代でした。そんな相手の説得にも、俺はさらに語尾を上げて 「何であんたにそんな事が分かるんだ。 そもそも鬱ってなんなんだよ!!」 そう食ってかかったんです。
全然普通に生活できる人達が集まっている中で、 自分が鬱だと公言する勇気は物凄い事だったと思います。 でもその相手は、その後そのメーリングリスト内で そういう色眼鏡で見られる事を覚悟して、 自分の事を公言してくれたんです。俺の為に。
今って一般の生活が出来ていないもん。 でもね、ケイさんは文章からしか分からないけど、 普通の生活ができているでしょ? だからそんな事で悩んじゃ駄目なんだよ。 こっちの世界に来ちゃいけないんだよ。」
大きな優しさに気がつきました。 この人は自分の立場なんて省みずに、ずっと俺の事だけを 心配してくれていたんだと。
テキストを打てた時には、俺の中のネガティブな部分は 既に無くなっていました。
人は何時の間にかそのメーリングリストから居なくなっていました。 できれば、お会いしてお礼が言いたかったんだけど。 その事をみんなに相談しても、「きっと彼はそれを望まないから」 と説得され、諦めました。
そのテキストによって大きなる力を貰って生活している訳なんです。
今日も俺は更新するのです。
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