テキストの力



テキストの持ちうる力を試したい。


それがおうばぁろうどのベースコンセプトでした。

その為に乱立するコンテンツ群、統一の取れていない

内容等が乱れ飛ぶ結果となってしまっているのは、

今ご覧の皆様には周知の事実ならぬ羞恥の事実と言った所なのですが。


今回は、この俺が考えるテキストの力のお話をします。

俺もこんなサイトを細々と運営しているのは、

少なからずテキストが持ちうる力ってものを信じているから

続けているんですよ。

人が発する言葉には言霊という力が宿る。というお話を

聞いた事がありませんか?

それと同じ様にテキストにも力が宿ると思っているんです。

そう思い始めたのには理由がありました。


※     ※     ※


それは俺がネットを初めて間もない頃なんで、5年くらい前の事でしょうか?

当時の俺は、雑談系メーリングリストって言うんでしょうか?

そんなのに登録していて、見ず知らずの人との会話を楽しんでいたんです。

まだまだISDNがバリバリ主流の時代です。

今ほど気楽にHPを見れたり作れたりしていない時代ですからね。

読み込むのにも時間がかかるし、更新するのにも時間が

かかっていた時代なんです。

メーリングリストの友人達とは、顔を見た事も無いから

こそ逆に打ち明け話ができる、そんな居心地のいい場所でした。


そんな時に、俺の中学時代の恩師がガンで亡くなりました。

中学時代に部活でお世話になった先生で、

当時俺はバスケット部に所属していました。

そして絵に書いた様に、男子バスケの顧問の先生と女子バスケの

顧問の先生が結婚をして、その夫婦は両方ともバスケ部の

仲間とは顔なじみっていう関係だったんです。

だから卒業しても何度かお会いする様なそんな関係でした。


だから、その恩師が亡くなった時にも奥さんは、元女子バスケの

顧問の先生な訳で、俺とも知り合いな訳ですから連絡が入ったんです。


そして通夜に出かけた俺を待ち受けていたのは、

必死に涙を堪える奥さんと、泣きじゃくる子供達と、

治療で疲れ果てやせ細った恩師の遺影でした。


何もかもがショックでした。


亡くなる直前まで、教壇に立ち続けたその先生は、

やはりその人柄から今でも、生徒に好かれているらしく

多くの生徒が参列していました。目を真っ赤に腫らしながら。


何で人は死ぬの?

何で人は大切な人を残して死ねるの?

残された人は何を頼りに生きていけばいいの?

人は死んだら何を残せるの?



ヒトハナゼシヌウンメイナノ・・・・。



そんな事が頭に渦巻いていました。

もう考える思考回路が、ネガティブ路線まっしぐらです。


楽しかったメーリングリストへの書込も

ネガティブな思想でトゲのある発言ばかりです。

それでも自分の近況を愚痴っていた事もあり、

周りのみんなは「大変だったね。」「辛かったね。」

「悲しいんでしょう?」と優しい言葉をかけてくれる人達ばかりでした。


しかしたった一人だけ

「そんな人の生死に関わる事なんて、悩んでも答えなんか

 でないんだから、そんな事で悩む奴は馬鹿だ。」

と発言してきた人がいたんです。

当然、当時のすさんでいた俺は真っ先に噛みつきました。

お前に何が分かる?お前に俺の苦しさが分かるのか?と。

今考えれば、泣いて駄々をこねる子供と対して変わりは

無い気もするのですが・・。


しかし俺のそんな噛みつきに対して相手は、なんとも冷静に答えました。


「いいか?そんな事ばっかり考えていると、自分が生きていくのが

 嫌になっちゃうんだよ。鬱とかになっちゃうんだよ。」


当時はまだ一般的に鬱とか躁鬱とか言う単語も広まっていない、

時代でした。そんな相手の説得にも、俺はさらに語尾を上げて

「何であんたにそんな事が分かるんだ。

 そもそも鬱ってなんなんだよ!!」

そう食ってかかったんです。



ワカルヨ、ダッテオレガソウダモン。



相手からの答えは衝撃的でした。

全然普通に生活できる人達が集まっている中で、

自分が鬱だと公言する勇気は物凄い事だったと思います。

でもその相手は、その後そのメーリングリスト内で

そういう色眼鏡で見られる事を覚悟して、

自分の事を公言してくれたんです。俺の為に。


「だって俺が鬱だもん、部屋から出るのが怖いもん。

 今って一般の生活が出来ていないもん。

 でもね、ケイさんは文章からしか分からないけど、

 普通の生活ができているでしょ?

 だからそんな事で悩んじゃ駄目なんだよ。

 こっちの世界に来ちゃいけないんだよ。」




コッチノセカイニキチャイケナインダヨ。




その一言に、俺は相手のテキストの中に秘められた、

大きな優しさに気がつきました。

この人は自分の立場なんて省みずに、ずっと俺の事だけを

心配してくれていたんだと。


そして、俺が心からその人に対して「ありがとう」って

テキストを打てた時には、俺の中のネガティブな部分は

既に無くなっていました。


そしてそんな事実をカミングアウトしてしまった、その相手の

人は何時の間にかそのメーリングリストから居なくなっていました。

できれば、お会いしてお礼が言いたかったんだけど。

その事をみんなに相談しても、「きっと彼はそれを望まないから」

と説得され、諦めました。




そして今日の俺が居る訳なんです。

そのテキストによって大きなる力を貰って生活している訳なんです。




テキストが持ちうる力を試したい、いや俺は信じているからこそ

今日も俺は更新するのです。


 

戻る