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2007.01.11〜2007.02.07
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この頃の主な症状 :
頻尿腰痛お腹の張り。毎晩Muneが据えてくれるお灸で対処。効果があるのかどうかは定かではないけど、気休めにはなる。
周りの皆に「大きくなったネェ」と言われること度々。そりゃそうだ、もう時期生まれてくるのだから。そう言えば、優水輝がお腹にいた時は皆がそのポッコリお腹を触ってくれたけど、べべの場合は触ってくれる人など滅多にいない。悲しき第二子(>д<;)


32週目
31W終わり・・・7日頃からそれまでに増して激しく暴れ続けるべべ。私の内臓などお構いなしにグリグリと手足を動かし、胃の右下辺りをボコボコ、子宮底の辺りをボンボン蹴る。決して心地のイイものではなく、つい「う゛ッ」と表情に出てしまうほど。力強くなったのぅ(^_^;)
優水輝もそんな感じで、生まれてみたら相当足癖が悪い。べべも同じか?と今から不安。
優水輝はたまに抱っこをせがんでくるけど、「べべちゃんが重いって言ってるよ」と言うと我慢して歩いてくれる(ことが多い)。たまには抱っこしてあげないと!と抱き上げると、「べべちゃん・・・」と言って気遣いを見せたりもする。イイお兄ちゃんだ(^3^)
年が明け、一段落したので毎晩Muneと名前辞典から国語・漢和辞典まで広げてべべの名付けに本腰を入れる。優水輝の時もそうだったように、最初はその響きが不自然に感じたり、充てた漢字がヘンに思えたりするのに、数日それを書いたり声に出したり見たりしているうちにやがては立派(?)に感じたりする。だから、最初からヘンだと決め付けて却下するのはもったいない。考えて考えて考え抜いた結果、やっと候補がひとつ、ふたつ上がった。更に絞り込み、仮決定(と言っていいのか?)、名前を書いた紙を冷蔵庫に貼って毎日にらめっこ。
べべ、どうやらキミにもちゃんと名前を与えられそうで一安心だヨ。

33週目 5,000 超音波写真を見る
20日検診へ。べべは何度も口を開けたり、モグモグするような仕草を繰り返していた。ホンワリ生きているように感じて何だか心が温まった。でも、そんな穏やかな生活も残り僅か、もうすぐやんちゃな優水輝のいる賑やかな家庭に放り込まれるのだよ・・・(^_^;)
さて、臨月突入直前、そろそろ・・・と思い先生に経膣分娩トライへの可能性を聞いてみる。
結論から先に言えば、私たちの判断に任せるというものだった。正直、ガックリした自分がそこにいた。いっそのこと「(経膣分娩は)ムリそうだね」と言ってもらった方がよかったのかもしれないなんて思った。そしてその時初めて自分の気持ちが帝切に傾いていることに気が付いた。
でもその理由が自分でもよく分からなかったので、その夜、経膣VS帝切の自分にとってのメリット&デメリットを書き出してみた。経膣のメリットはただ一つ、念願の出産法だということ。他はデメリットばかり。帝切のメリットが数個あるのに対し、デメリットは一つ、経膣は一生経験することができないものになるという無念さが残る。メリットとデメリットをかけた天秤がグラグラ揺れている。
翌日もパッとしない気持ちのまま起床。以前にネットで調べたVBACを受け入れてくれる近場の病院を見に行ってみようとMuneが誘ってくれた。この時点ではまだ揺れ動いている私の気持ちを告げていなかった。優柔不断な私をさらけ出すのがイヤだったのかもしれない。日曜日だったのでガランとしていたものの、院内はキレイ。張り紙などを見て色々なケアが行き届いていて安心して出産できそうな印象。「ここならトライしてみるのもいいかも・・・」また気持ちが傾き始めた。情けないε-(´・`)
月曜日、その病院の助産師と電話で話した。が、返事は決していいものではなかった。「叶わない可能性が大きい(そういう患者の方が大多数を占める)ので、もし帝切をしたくない思いが強いならちょっと・・・」と、どちらかと言うと否定的。その口調だと経膣はムリと言われているのと同じだった。
僅かなパーセンテージにかけて転院し経膣に臨むか、事前にほぼムリと分かっているなら今の病院のままで帝切に踏み切るか・・・いよいよ選択しなければならない時が来た。
その夜、Muneと話し合い。結論が出るまでの時間は然程要しなかった。2人で出した結論は帝切
思えば私はMuneを散々振り回していた。妊娠が分かった直後にVBACの母子共への危険性があることを知り、Muneは「とんでもない、今回も帝切でしょ」という答えを出していたのに関わらず、「経膣で生んでみたい」という私の思いを理解してくれようと自分の考えを否定し、私に合せてくれた。「Riccoが望むならそうさせてあげたい」と今度は私の味方になり、そういうつもりで後期まで来たのに、いざ決断の時が近づいたら言い出した私の心が揺れていた。
自分勝手な私に対し、それでも優しいMuneは「でもRiccoの体に負担がかかることを考えると帝切がイイとは言えないけど、危険があるならやっぱり回避するべき。帝切でいいじゃない!」と快い返事で話し合いに終止符を打ってくれた。
もうグラつくことは2度とない。翌朝、病院に電話をし、帝切での入院予約を入れた。

34週目
べべの動きは相変わらず激しい。その激しさをMuneや優水輝にも伝えたくて度々手をあててもらうんだけど、どうもタイミングが合わない。この動きはもしかしたら最後まで続くのかもしれないけど、いずれもう長くはない!と思うと、特に優水輝には感じて欲しいんだよな〜。ま、お腹がドクンと激しく揺れ動いたところでナニ?って感じだとは思うんだけど(^_^;)
優水輝が「おなかみるぅ〜、べべちゃんみるぅ〜」と洋服をめくり上げ、ポッコリお腹にハグしたり頬擦りするようになった。今まではそれほど頻繁ではなかったのに最近は毎日欠かすことがない。そろそろ生まれるということを感じているのだろうか・・・。
ある夜、「そろそろ優水輝にも『べべ』の正式な名前を教えようか」とMune。今からきちんとした名前で呼べば、出産後、極力困惑が抑えられるかもという考え。翌日、「べべちゃんの新しいお名前が付いたよ」と説明して正式な名前で呼ぶことにした。優水輝は1度でそれを理解し、受け入れ、度々名前で呼んでくれている(^3^) 「赤ちゃん=べべちゃん=本名」をキッチリ把握できているようだ。
出産方法が決まったので、先週までのモヤモヤが吹っ切れて夫婦共に気持ちが少しラクになった。その代わり、出産まであと1ヵ月切ってる!と思ったら何も準備が整っていないことに気付き、焦り始めた。とは言っても、べべを受け入れる準備ではなくて産後約1ヶ月の軟禁生活に対する焦り(^_^;) 帝切は37〜38W目に行うというから、2月の第3週か4週頃。その後1ヶ月は買い物もろくにできない。準備と言えば、優水輝出産の時には私が入院している間、Mune用の味噌汁として味噌と具を1週間分1セットずつラップして冷凍したっけ(^3^) でも結局面倒で1、2食分しか食べてもらえなかったんだよな〜。今回は優水輝の分もあるし、夕食のおかずを大目に作って余りを冷凍保存していけば退院後何食分かは家事がサボれる(^_^;) こういう準備って楽しくて大好き♪
あとはべべが生まれてくる日をジッと待つのみ!早く会いたいワ〜(*゚∀゚)=3

35週目 6,950(後期採血) 超音波写真を見る
今回の検診は仕事の都合でMuneは参加を断念。ばばのまこちゃんに優水輝のシッターをお願いすることにして病院で待ち合わせ。約2時間お相手をしてもらった。
診察前にいつもどおりの体重・血圧測定、採尿。血圧の測定値を見て首をかしげる。いつもなら下が60以下、上は100を超えるか超えないかってトコなのに今日は71-116。数値的には安全圏内で問題ないだろうが、普段の私にはない数値。う゛〜この1週間はスウィーツの誘惑が多かったからな・・・と反省。先生に何か言われちゃうかしら(゚∀゚;???
頭が大きいネェ」・・・やっぱり言われてしまった( ̄ω ̄;)!! でももう帝切にすることにしたし、問題ないでしょ?と開き直る(^_^;) その後の各部測定で「全体的に(標準値より)大きめ」ということが判明し、頭だけが特別大きいわけじゃないと分かって一安心ε-(´・`)
羊水がたっぷりあるみたいだからその場合は大きくなりやすいんだよね。2450g、もういつ生まれてもOKだね」と先生。「(オペは)24、25、26日くらいで考えてみて」と言うので「22日だと早いですか?」と聞くと「その日は麻酔科医がいないんだ」と言われがっかり(>д<;) 優水輝が1月11日なのでべべは2月22日を狙っていたのだ。
その夜、Muneと話し合って24日(土)に決める。土曜日で仕事が休みという理由で。「優水輝は1×1=1(1月11日)、べべは2×2=4(2月24日)って感じでイイんじゃない?」とMuneがウマいことを言ってくれたので納得。でもやっぱり2月22日がヨカッタな〜。
というわけで、いよいよカウントダウン突入です!!!!!

         

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