四国88箇所霊場遍路の旅

四国の霊場めぐり 第4回(その1)

春から初夏に掛けて四国88ヶ所巡りを半分強を済ませたが、暑さにめげて秋に 先伸ばしして居たが、ようやく涼しくなった11月4日に出立、5日から遍路の再開です。

前回の終わりが53番延明寺でしたから、今回の打ち始めは54番延命寺からです。
ただ、交通の都合で55番南光坊を先に打つことにしました。

11月5日:夜明けに今治に着きその足で向かう、境内に消防自動車が止まっていて何事か聞けば 前日小火(ボヤ)が有ったとかで消防が写真などを撮っていました。
ご住職が夜の見回りで早く発見されたそうで、大事に至ら無かったようです。それでも本堂の回廊部分の床と扉が一部炭化状態でした。

続いて延命寺に向かう、市営墓地とかで広い場所が墓だらけ!、中には太平洋戦争で 戦没された方のお墓が目立ちました。 墓場を抜けてからの里道が解り辛い一度は屋敷の中に!。 再度墓地が有って抜けるとそこが54番さんでした。

昆布茶のお接待を受ける。 ここで同年輩の方と道ずれに成り、59番国分寺まで同行する。 延命寺からはバイパスなる新道を淡々と歩く。淡々とはしていても春の時の様に 暑く無くて割と楽に56番泰山寺に到着する、

お参りの後近くの奥の院竜泉寺に 足を延ばす。 鏝(こて)彫り十一面観音さまが本堂の額の様にお祭りされていた、此処でもお接待を 受ける、隣に住む方がコーヒーやケーキにシャーベットを、おまけにお蜜柑も!合掌 。
56番の奥の院で且つ近いのにも拘らず訪れる人はまばらとか。

続いて57番栄福寺に向かう、淡々とした田舎道。昔は川を渡渉したらしいが、今は 橋が有るのでそちらに向かう、確かに渡渉出来そうな個所が有った。

今度は仙人が居たという58番仙遊寺、登りがきつい!、同行の人はスイスイ!。 高所だけ有って見晴らしが良い。 今日の打ち止めは59番国分寺だ、6.2Kだから大したことは無いと踏んでいたら 歩き疲れて居るので、いやに長く感じた。田舎道や里道をとぼとぼ・・・。

伊予桜井駅からは列車で今日の宿泊地石槌山に向かう、64番前神寺の宿坊にお世話 になる。
お寺には予めお願いしておいたのでお待ち頂いて居て恐縮する、何でも通常は権現様 の縁日にのみ行う祈祷が、特別に行われるとか!ラッキー・・・。

午後6時15分宿泊者一同が権現堂に参集する、参道の途中にはぼんぼりが点いている、辺りは暗闇。山伏姿の信徒様に”えいっ”と言う気合 と共にご本尊の権現様を両肩に押し付けて頂く、何やら有り難い気分が・・・。
場所を護摩堂に移して護摩修行、燃え盛る護摩の炎!、太鼓の音頭で読遥する般若心 経は圧倦でした。

11月6日:今日は60番横峯寺の予定で有る、途中まで路線バスを使う。 バスの始発は伊予三島、途中の加茂川橋(7時49分発)から乗る事にするので 宿坊の出発は7時過ぎで良く、同宿の団体さんを見送る。

路線バスで昨日同行した方に出会う、他にも5名ほど同乗して居た、皆さんは 横峯登山口でバスをマイクロバスに乗り換えて向かうそうである。

私は河口(こうぐち)から星の森経由で徒歩だから途中で別れる、河口からの 道は綺麗に整備されジグザグは繰り返すものの傾斜が少なく歩きやすい、郵便の 配達の方は1時間で登ると土地の人のお話。

2時間弱掛けて、星の森に到着、弘法大師が修行されたとか、鉄製の鳥居が有った 石槌山が手に取る様、鳥居脇の石畳にあぐらをかいて、かの昔お大師様が眺めたであろう景色にしばし見とれる。

ここから下ると横峯寺の山門が近い!、山門をくぐると納経所が有り、此処から 石段を登ると本堂である。納経所脇の休憩所に荷物を置いて、お参りを済ませる。

納経を済ませ荷物を担いで再度石段を登る!、61番香園寺への道は大師堂脇から 下りに入る、暫くは車道を歩く、途中で別れ急傾斜の下り、ゆるやかな登りなどの 山道を行く、可成下った所で、途中で登ってこられた方とお会いする、既に4時間 を掛けたとか、この道を登るのは大変だと思う。

61番奥の院で休憩する、滝の行場とか、不動明王様が滝の上にお祭りされていた。 ここから大谷池までは淡々とした里道、池を過ぎて遍路道に入り間も無く61番香 園寺に着く、今までのお寺と趣が全く違う、階段を登って本堂?、いや大聖堂に入 る。
此処でも違和感が!、入り口に土足禁止と有った、鉄筋コンクリート作りで床 はPタイル張り、兎に角スリッパに履き変えて中へ、う〜ん、でっかくて金ぴかの 大日如来像がライトアップされている、今までのお寺は秘仏だったり暗くてお姿は 殆ど見えないなどが殆どだったが、ここはまるで対象的でした。

62番宝寿寺へは難無く到着、小じんまりとした境内であった、納経所でお接待を お預かりしていますとポチ袋を頂く、袋には29才女性とだけの記入が有った。合掌

テレビに出ていた同行窯、姫備前焼きの窯元を尋ねてみた、テレビでは飯茶碗が出 て居たので気楽なつもりで覗いたが、何ととんでもない!、作品が一杯!、お茶の 接待を受け作品を拝見させて頂いた。
お接待でお泊めをしているの知ってるでしょ と薦められたが、宿はお願いして有るので丁重に辞退して63番吉祥寺に向かう。 例え宿を予約していなくても一寸雰囲気が高貴過ぎて敷居が高いと思う。

今日の宿は昨日と同じ前神寺の宿坊である、着くなりお待ちしていたと言われる!、 5時だったンですが・・、お勤めの時間が早まったとかで早々と大師堂に行く、昨 日と違って今日は普段のお勤めでした。 前神寺さんでは、たった1人の遍路を意識して下さり感謝の気持ちで一杯です。

11月7日:さて、今日は65番三角寺をお参りして、次の66番雲辺寺の登り口まで辿り付く 予定だ、2晩お世話になった前神寺さんにお礼を申し述べ、石鎚山駅7時56分発 の列車で伊予三島に移動する。 列車では昨日バスに乗り合わせた3人連れと出くわす。伊予小松に投宿したとか。

伊予三島からは6.5Kmで標高差350m程の登りで有る。 3人連れと後になり先になりながら進む。 高速道路を潜って暫く行った脇道で道に迷う、遍路道の案内板は跡型もない、四国 の道の道標が有ったのでこれを進む。
途中で土地の人にこの道は公園に行く道で遍 路道とは違うと教えられる、う〜ん・・・・、仕方が無いから多少遠回りに成るが、 この侭進んだら良かろうと、案内役をして呉れた、土地の人は足が早い、ふ〜ふ〜 言いながら付いていくのが精一杯、発電所の導水管脇を進み急な集落内の道を登っ て遍路道が現れるまで、案内され誠に有り難かった。合掌

四国の道の標識は遍路道が基本には成っているが、おかみが立てるが故に全てが遍 路道とは限らず大回りさせられる事が有るようだ。

後は車の通る道をだらだら登りで、途中三島や川之江の町並みが良く見える所で休 憩しながらどうやら、三角寺に到着。

山門で鐘を突いて境内に入る、正面は庫裡で 本堂は左手奥、大師堂はその右隣に有った。

これから66番雲辺寺に向かう訳であるが、とても今日中に行ける所ではない、 登山口の民宿に泊めて頂くべくお願いをして有る、そこまででも14Kばかり歩く、 車も通れる道を平山に向かって淡々と下る、門前のお店ではサツマイモしかったの で敬遠した。

お陰で途中お腹が空いた、ゴルフ場の倶楽部ハウスが道路際に・・・、 食事だけさせて呉れるか尋ねるとOKと来た、此処でゆっくりと食事をして元気を 取り戻して歩きだす、平山の合流点でも解り辛く一度は堀切トンネルの方に行きそ うに成ったが直に気がつき無事遍路道に行き着く。

此処から番外の椿堂まで凡そ3Km、田や畑の中を淡々と進む、稲の収穫の真っ最 中でもあった、番外霊場椿堂では先発の3人組みに出会うのだが、1人が遅れて居ると言う 、途中追い越して来た訳で無くどうやら違う道を進んでいるらしい、30分ほどで 後続が着いて、今日の宿民宿岡田に向かって歩きだす。

国道を歩く以外無く、詰らないだらだら登りの舗装道路をゆっくり歩む、4Km程 で境目トンネルに着く筈だが、足の疲れも出てきてチンタラ歩きで時間が掛る。
道路脇で休んで居たら、道路の反対側からわざわざ横断して来てまでミカンのお接 待を受ける。合掌

境目トンネルに入ると途端に物凄い轟音、幅50cmばかりの歩道?を歩く、車社会 で有ることを痛感する。出口が見えた辺りで突然車が跡絶え、静寂が訪れる、足音 が妙に良く聞こえ、昔田舎のトンネルを歩いて「あ」とか「お」とか狂音を発しな がら通った事を思いだす。

トンネルを抜けるとだらだら下りで、後僅かで今日の宿だ。 泊まり客は3組み計5名で、女将さん、ご主人を交え楽しく談合。 お酒を2本お願いしたが実質3本分!大サービスであった。

11月8日:今日は難関の66番雲辺寺にお参りする日だ、昨夜はゆっくり休めて 身体の調子は万全だ、歩き始めて4日目、身体も慣れてきたように思う。

女将さんとご主人に見送られ、宿を出る。 暫く平地を進行し、いよいよ難関に挑む、高速道路が横切っており、階段が作られ ていた、階段は自分の思うステップが踏めないので苦手である。

そのあと急な登りが続く、 木立を通して下を見ると池が有るように見える、雲海である、兎に角苦しい登りが 続く、後から来た3人連れに先に行ってもらう、あくまでもマイペースで行くのが 最後まで体力を保せるコツと自分に言い聞かせている。

亀の歩みで一歩一歩!。 送電線が見えてきたので、峠が近いことを感じる。林道に出るととそこには畑が!、 高原野菜の栽培場とか。 車の通れる道を通ってどうにか山門に辿り付く!。
お参りを済ませ展望台に登る、 付近には五百羅漢の石像がにょきにょき、更に増やす為に運び込まれたばかりで荷 作りされた侭の物も有った、どうやらこの石像は輸入品の様である。

残念乍ら天候が今一つで遠くの展望は利かなかった。

これから67番大興寺までは凡そ10Km長〜い下り道、最初は緩い下りだったが 県境を越える辺りから急な下りに、一歩一歩踏みしめて慎重に下る、最後の急坂を 下ると、舗装された里道だ、淡々と歩く、岩鍋池は水が少なく干上がり寸前の状態 だった、ここから暫くして遍路道に入る、多少の上り下りを過ぎるとそこは目的の 大興寺。

お寺は一寸した高台に有り、前は田圃でのどかなたたずまい。

3人組みの方は此処に宿を取って有り、時間が早くて時間潰しに困った様子。

順番ではここから68番神恵院に向かうのだが、列車利用の都合から、70番本山 寺に向かう、田圃道を行き国道を横切り畑の中をどんどん進む、池を右手に見てか ら町に入ってこの辺で同道めぐり!、一寸解り辛かったがどうにか脱出、本山橋を 渡って土手沿いに歩く、土手で休んで居たら軽4輪が止まり乗っていかないかと声 を掛けて頂く、5重の塔が見えてるし未だ時間が早いし後2Km程なので、折角で すが頑張って歩きますとお断りする。

70番本山寺は5重の塔も有って落ち着いたたたずまい、等身大の馬の像が有った。 今夜の宿は本大ビジネスホテル、1DKのマンションを使っている、以前は温泉が 有ったそうだが長期休業中。
直営のレストランは開店前、ビールを買って部屋で飲 む・・・。                  

11月9日: ビジネスホテルを未だ夜が開け切らない内に出発、本山寺近くまで戻り左手の遊歩道を 行く、行き止まりとは知らずに!、広場でゲートボールが始まっていた、暗い内から ご苦労さんです。

お宮さんを過ぎると道が無くなった、川の中州だった、戻るのもしゃくだから対岸 までの浅瀬を選んで飛び石伝いに渡った、これからは土手伝いにどんどん進む、本 来の遍路道と合流して、あと少しで68番神恵院、69番観音寺だ。

お参りを済ま せ展望台に登る、この横に露岩が有り展望台よりやや高い、岩に腰掛けじっくりと 景色を鑑賞する。
いやはや絶景!、銭型の砂丘が手に取るよう、最近砂ざらえされ くっきりと浮き上がって見える。
砂ざらえの様子をテレビで見たが人間の姿が蟻の 様に見えて居たのだから、大きさが測り知れる。瀬戸内を通る船も、まるで箱庭の 様である。

ここからJR観音寺に出て列車でみの駅まで移動する、みの駅から71番弥谷寺ま では凡そ4km、途中から遍路道に合流する、弥谷寺の周りも新道で解り辛かった が、見当を付けて登る、俳句茶屋で手打ちうどんを食べ、荷物を置いてお参りに。

参道脇には古い灯篭見たいでもあり石像でも有る様な物を横目に石段を登る。

大師堂は畳敷で当然のことながら靴を脱いで、座ってお参りする。奥に岩屋が有り 大師が修行なさった所とか。

俳句茶屋に戻って草餅を買い73番出釈迦寺に向かう、2つの池の間を通る時に蛇 の姿を見る、未だ冬眠はしていない証拠だ!、まむしにも注意が必要と思う。

出釈迦寺には有名な捨身ヶ嶽禅定が有るが、途中で見上げると高いところだ!、こ こはかくあいする。

続いてすぐ近い72番曼荼羅寺、更に74番甲山寺と続く、75番善通寺も近い。

善通寺は広い境内でどこがどこやら、どうやら裏門から入ったようで有る。
御影堂(大師堂) がすっぽりと覆われて居る、工事中だった。 でも、中は平常通りの営業?、いや違う平常通りお参りが出来るように成っていた。
受け付けや切符、いやお札売場は蛍光燈で電飾されて居て、切符売り場と言った雰囲 気、古いものと新しいものが入り交じって居た。

金堂(薬師堂)へは回廊を通って山門を通っていく、ここで話し方に覚えの有る言葉 を!、尋ねて見たら矢張り私が育った地方の方の団体でした。 ふるさとの方と出会うのは今回で2回目で有る、前回は実家から500mも離れて いないお住まいの方で、今回は隣町の方々でした。

お参りを済ませ今夜の宿の在処を捜すべくうろちょろしていたら、果物屋さんが商 品で有る柿をお接待だとして下さった。商品までもお接待されて嬉しく思う、合掌

今夜の宿は近くの料理旅館の一富士旅館、泊まり客は私一人、静かなお部屋で大満 足。たった一人の為にお料理は豪華版、それに宿賃も割安で誠に結構でした。K.ame

第4回のその2に続く