四国88箇所霊場遍路の旅
四国の霊場めぐり 第4回(その2)
11月10日 :今日はきつい行程である、今日の最後は山登りが待っている。
体力の消耗に気を 付ける筈が出だしからつまずいた。76番金倉寺へ行く途中で変なところへ迷い 込み30分以上のロスをしてしまった。平地でまっすぐの道で間違えるのだから 余程気を許してたるんで居たのでしょう。 おにぎりに似た山の頂上から登るお日様を見ていて、迷い込んだらしい。
76番金倉寺では納経所の書き手の何気ない行いが、何かしっくりしないものが あった。
77番道隆寺には難無く到着と言いたいのだが、ケチが付くといけない、途中で
暑さを感じたので衣服を脱いだのですが、その時に行程計画表を置き忘れた、気
が付いたのは30分以上も歩いてから・・・、う〜ん困った、之が無いとこれか
ら先、めくら滅法に歩くことに成りかねない・・・。
仕方無しに戻る事にする、
荷物を置いて行けば良いことに、半分ほど戻ってから気がついた、石仏が有った
ので、荷物を此処に置いて急ぎ足で戻る。いやはやケチの付きっぱなしだ、先々
気を付けねば・・・。
結局1時間超の余計な歩きと時間を無駄にした。 兎に角77番道隆寺に無事到着、多度津駅から宇多津駅までは列車移動。 がらんとした駅前を過ぎて次の78番郷照寺に到着、宇多津駅に戻り更に列車で 八十場駅に向かう。
79番高照院は駅から近い。此処では納経所の人から声を掛
けられた、納経帳の裏表紙に住所氏名を書いて置いたのだが、これを見て余り見
掛けない苗字ですねと言われる、謂れを少々話す。
廻った中で先方から話し掛け
られたのは此処が初めであり終わりでもあった。あと少しお話がしたかったが、
途中のロスを取り戻さねばと、残念では有ったが退散する。
八十場駅から再度列車で国分駅に向かう。
80番国分寺も駅から割と近い、ここからは今日の最難関の81番白峰寺への登
りだ。
畑を過ぎ蜜柑畑を過ぎて、鉄筋作りのWCを過ぎた辺りから登りがきつく
なる、あえぎながら亀さんよろしく一歩一歩、ようやく山上の車道に出る、古田
まで自衛隊基地を脇に車道を歩く、古田からは石のゴロゴロした遍路道を行く。
81番白峰寺から今日の宿、坂出かんぽの宿は近いし、どうにか登り終えた安堵 感から境内でゆっくりする。 かんぽの宿は素晴らしい環境だ、窓から瀬戸内に落ちる夕日を眺める。瀬戸大橋 も良く見える、勿論坂出の町並みも港も・・・。
11月11日 :今日は82番根来寺から83番一宮寺の2か寺だけで有るが、82番から83番 迄の距離が13.5Kで大半が平地歩行に成る。お天気も下り坂で気になる。
古田まで車道を通って古田から遍路道に入る、途中18丁だか19丁だか言う所 が有って、昔は81番から82番を打つときに此処に荷物を置いて凡そ2Kmを 往復し、此処から80番に下ったとか。
更に進むとさきほど別れた自動車道と合流する、オレンジパークの看板を過ぎる とそこは82番根来寺であった。
下りは裏参道でもあり、車に翻弄されそうもない香西口に下りる事にする、最初 はきつい坂道で有ったが間も無くゆるやかに成り里道に出る、この辺から心配し ていた通り雨が降り出して来た、傘をさしてとぼとぼ歩く、此処でも新道に迷わ される、やや遠回りして香西にでる、新規開店の中華食堂を見つけラーメンを食 べる、どうも汁気が有るものが口に合う。
暫く歩くとバス停が有り、間も無くバスが来そうなので、乗る事にする、乗った バスは瓦町には行かないと言う、一宮寺に行くと言うと、何処そこの停留所で下 りて何処そこ行きのバスに乗れば門前に止まると、親切に教えて呉れたので、そ の通り下りて、次のバスを待つが一向に来ない!、時刻表も無い!、可成待った が相変わらず、どうやらバス路線が有るだけで便は一日に数本の便数の様だ。 困ったバス便を教えて貰ったお陰で時間的に損をする。
歩いたほうが早そうと、歩き始めたが、又しても脇にそれてしまった。地図を見
るにも雨が降っているのでまま成らぬので、見当で歩いたのが災いの元だった。
あと
3Km程の横断歩道で信号待ちをしていたらタクシーが止まった、時間も迫っており、宿
に遅くなっては迷惑が掛るので、お大師さんの差し回しと勝手に判断し、乗るこ
とに。
あっという間に一宮寺に到着。隣の田村神社と一体と言える、尤も昔は神仏一体だ
ったので当然では有るのでしょう。
ここからは電車で瓦町へ、そして今夜のお宿高野山讃岐別院の宿坊へ急ぐ。 宿坊では暖かく迎えられる、通された部屋は大師銅像の後ろの大きい部屋だ10 人は泊まれそうな部屋に私一人。素泊まりなので食事に出る、教えられた鵜鈍屋 に行く、安い!、天ぷらうどんが\400、尤もエビは1匹だったが・・・。近くの コンビニで明日の朝食にとおにぎりを仕入れる。
今日は私一人だが明日はご詠歌大会で大勢の人が訪れるとか、80才に成ると言 う女性がそれに備えて飾り付けの花を生けていた、何でも手を切ったとかで、右 往左往、バンソウコウで出血を止める。あと多少お手伝いをしてから休む事とす る。 外は相変わらずの雨だ!。雨に濡れたお大師さんの後ろの足元で休む。
11月12日:6時に本堂(大師堂)に行く、ご住職にお勤めは中座してもらって結構ですよと
言われる。
お堂の扉を開けたり、お灯明をつけたりで結構時間が掛る、お勤めが
始まったのが6時半過ぎ。
このお勤めが長〜い、途中で中座してくださって結構とご住職に言われた意味が
判った、途中で中座して出発する支度をする。
外は昨日からの雨が振り続いてい
る・・・・。
電車で屋島駅に着く、予定では歩いて登る筈だったが、雨降りなのでケーブルで
登ることに変更する。
一番の出が遅い、その前に試運転が有るそうで、それに乗
せて貰う事にする、それでも時間が有るのでコーヒーを飲む、切符売りも喫茶店も運
転も同じ人!。同乗した人がわたしを含め3名でした。
ケーブルの山上駅から結構歩く、84番屋島寺は立派な威厳の有るお寺だった。
納経所で旧遍路道が下りれるか尋ねる、足元を見て、その靴なら大丈夫でしょう との返事に気を良くして、これを下る事にする、所が大いに苦労をすることに!。
山上のホテルの前で一休みして、景色を見る、雨が降っては居るが雲が高く、お隣 の八栗山は雲の中だが、眼下の壇の浦の方面は良く見え、遠い昔を想像する。
いよいよ下りに入る、傘なんてとてもさせた状態じゃない、そそくさと傘を仕舞い、 濡れるに任せて下る、いやはや坂道なんて生易しいものじゃない!、歩くと言うよ りずり落ちるって言ったほうがぴったりする。
途中木の股に竹が渡して有る、この 上を歩くのかと近付いて見たら、何とこの竹にぶら下がって移動する為だった。 この辺りで一度足が滑り尻餅をついてひやりとしたが、大事に成らずに助かった。
自動車道に出る辺りから傾斜も緩くなり、普通に歩けるような坂道になった。 自動車道を越えると蜜柑畑の中の道で、傘をさしても大丈夫、後は里道、橋を渡っ て今度は85番八栗寺に続く道に入る、沿道には石材を扱う工場が点在している。
だらだら登りの里道を行く、結構長い、どうやらケーブル下に着く、ようやく雨が 止んできた、食堂に入る、此処でも鵜鈍を注文する。待つ間に靴下を取り替える、 雨がしみ込んだのか濡れている感じだ、この侭歩くと豆を作る元になるのでお店の 人に断って靴を脱ぐ、足が乾くまで暫くは素足で気持ちが良かった。
此処も計画では歩くはずだったが足元が悪そうと勝手に決めこんでケーブルで登る 事にする。 屋島で見たときは雲を被っていた八栗のお山も良く見えてきた、苦労なく85番八 栗寺に着く。
下りはそれほどの苦労もなく平地に着く、志度まで電車に乗ろうと考えたが、2山 共ケーブルで登ったので、時間も体力にも余裕が有る、瀬戸内海に面した海岸線だ、歩け歩け と何処からとも無く声援が飛んでくるような気がして、歩きだす。
海岸の近くをどんどん行く、途中の橋から海岸に出て防波堤の上で休む!、潮風に 当って良い気持ち!、磯の匂いもして海を満喫する。
86番志度寺には程なく到着。バスの添乗員と思われる人が納経印を自分で押すか らと申し出たが御法度ですからと断っていた。 殆どの納経所で添乗員がご朱印を勝手にべたべた押し、墨書だけをお寺の方が書く と言う構図に成ってしまって居る中で、この毅然とした態度が気に入った。
さて、次は今日の打ち収めの長尾寺を目指す、淡々とした自動車道をだらだら登り で進む、JRのオレンジタウン駅が有って周りが遊園地の様であったが人影が見え ない、更に進んで橋を渡り、町中に入りまっすぐに進む、結構長い、疲れた足取り で87番長尾寺に入る。
時間のせいか静かなたたずまいで有った、納経所で住職と 思われる方に記帳をしていただき、飴を接待していただく。 今日のお宿は民宿ながお路、泊まり客は5名。其の内車遍路は夫婦と老母の3人組。
食事が済んで暫くしてから休む、直に寝入ったが、間も無く目を醒ます。 隣の部屋からぼそぼそと話声が・・・・。気になって寝付けない、8時に成っても 9時に成ってもぼそぼそが続く、言えば角が立つだろうしと思案の末、宿の主人に 部屋を変えてもらうことにした。
11月13日: さてと、早いものでとうとう最終日だ、88番の大窪寺にお参りするだけの行程 だが、道のりは長い、高低差も大きい、昨夜は車遍路のぼそぼそに悩まされたが 部屋を変えてもらってからは熟睡出来た。
7時過ぎに宿を出る、前山ダムまではだらだら登りの自動車道を行く、結構長い、 ダムの左岸を行く道が有る、此処の案内板には足に自信の有る人に限る様な事が 書いて有った。
私は右岸の林道を行くことに決めていたので、更に進む。
栗栖バス停を少し行ったところから林道に入る、途中の集落を過ぎて太郎兵衛館
迄は車も通れる舗装道路を行く。
暫くして女体山の登りに掛る、厳しい登りが続
く、幾つかのピークを過ぎて、傾斜が最高に達し4つん這いに成って登ると、石作り
の館が現れる、此処が頂上で休憩所も設置されて居る。
最高点は露岩で有る、割れ目が入っているようなのが、女体山の謂れで有ろうか?。 此処に座りしばし目を閉じる。
此処からの下りも4つん這いに成るほどの所は無いにせよ登りと同様、否もっと 急坂を下る、眼下に大窪寺の賑わいが手にとるように見えるが、遥か下で有る・・、 一歩一歩踏みしめて下るとそこは88番の大窪寺だった。
遂にやった!、結願だ!。
疲れを忘れてお参りをする。
1番の霊山寺で読遥した般若心経のたどたどしさが今や大分流暢に成っている!、考えて見れば今回の読遥は175、176回目だ!。写経の残り1枚を納経箱に入れる。
野田屋でたらいウドンを食べる、何の変哲もない湯に浮かしたウドンと思いきや たれに秘密が・・・、名物と言うだけ有って嗜好(思考?)を凝らしたたれであった。
後は今日のお宿の黒川温泉に下るだけ、気楽な気持ちで進むが、どうしてどうし
て中々手強い道のりだった。途中八丁坂なんて有って、息が上がる!。
この坂の手前で新規に炭焼き窯を構築していた、殆ど出来上り、乾燥させるため
か出入り口で焚き火をしていた。
4時半頃、テレビで出ていた老主人に出迎えられ宿に入った。
此処のお風呂の源泉は冷泉で、老主人の現役時代は、天秤棒で担いで運んで居た
そうで有る。
肌がつるつるして普通のお湯との違いが判る。
ご馳走を頂きゆっくりと休む。
かくして、第一回の出発が4月5日、全4回に分けて今回で、無事に結願を果たせ
たのも、多くの方々に親切にしていただいた賜物と、感謝の念で一杯です。
宿坊の皆さん、民宿のおかみさんとご主人、旅館の方々、途中同行した皆さん、道 を迷ったときの土地の皆さん、納経所の皆さん、路線バスの運転手さん、見知らぬ 私に接待をして下さった皆さん、本当にお世話に成りました。 この場をお借りして厚くお礼申し上げます。
11月14日: 昨日で四国霊場88ヶ所巡拝は結願した、今日はお礼参りの日だ。 1番から始めたので、1番さんに参って、続いて高野山に行くことにする。
しかし、列車、バス、船と乗り次が多いので何処まで到達出来るか、見当が 付かない、そんな訳で5時に宿を出る、辺りは真っ暗だ、所々に街灯も付いて いるが、間隔が長いので、目が慣れて来て暗くても判るように成ると街灯がで ・・余り役に立たない。
西山橋の手前で夜が明けてきた。あとは唯ひたすらに歩く だけ、讃岐白鳥から列車で坂東へ、坂東から霊山寺への道は、最初に歩いた道で有り印象に残っている。
坂東から更に列車で徳島へ、続いて連絡バスで港へ、連絡バスと言うので、巧 く連絡すると思ったら大間違い、可成待たされて仕舞うこととなった。
こんな事なら最初からタクシーを利用すれば1本前の船に乗れて2時間位は 早く着けたのに・・・・・。悔やんでも仕方が無いが。 徳島駅には10時に着いたのだが高野山に5時に成るとは・・・実に7時間、 有る程度は予測していたが、3時間近く時間潰しを強いられた。
フエリーで和歌山港へ、南海で和歌山市へ、引き続いて和歌山へ、更に橋本へ と比較的順調に進む、此処からの南海で待ち時間が!、その上橋本から極楽橋 まで単線で勾配区間と来て、距離の割に時間が掛る。
ケーブルで山上に着いた のが何と夕闇一歩手前の4時50分、納経時間に間に合わない!、電話をして ご無理をお願いする、納経帳だけで有ると告げるとそれなら、来なさいと場所 を教えて下さる。
タクシーで急ぐ、辺りは夕闇が迫ってくる。
教えられた所に行き着いた時には辺りは真っ暗、納経帳の記帳を受ける。
お参りは後に成ってしまった。
5時出発で一生懸命駆けつけたので、お大師様も許して下さると勝手に思って
います。
さて、こうなると里心が出てきて、今日中に横浜の自宅に帰りたくなってきた。
待ってもらっていたタクシーでケーブル乗り場まで戻り、南海電車で難波に出
る、昔大阪に居たことが有るので、地の利は解っているが、難波は随分と変遷
していた。
地下鉄の心斎橋、本町、淀屋橋、梅田はそれ程変わらず面影を残し
ていて懐かしく思う。
新大阪に着いたのが8時、最終1本手前のひかりに乗っ
て一路我が家に向かう、ああ済んだと思うと安堵感で一杯!。
今日は本当に慌ただしい一日で、あさは5時出発、我が家へ帰り着いたのは12
時ほんの少し前、実働19時間の酷な日程に成ってしまった。
しかし何と言って
も我が家で休むのは一番と思った。
なお、全行程に要した、宿泊並びに実可動日数と各回の参拝寺院数は
第一回目 3泊4日17ヶ寺
第二回目 3泊4日12ヶ寺
第三回目 5泊6日24ヶ寺
第四回目 9泊10日37ヶ寺
合計 20泊24日で、
他に夜行高速バスの車中泊が計7回でした。
歩く為には季節の選定も大事です。
第1回目が4月6日からで寒さも暑さも程々。
第2回目が4月19日からでそれ程の暑さでは無いものの可成汗をかきました。
第3回目は5月11日から歩き始めたのですが、日差しが強く大汗をかく事態にな り、林の中は未だしも里道を歩く辛さを味わいました。
第4回目(最終回)は11月5日から、誠に良い季節で暑さも寒さも感ぜずに、衣 服の調節で快適に歩くことが出来ました。
結論的には天候も安定する4月中と11月の前半が歩くに適した季節と言えるかと 思います。
途中雨に降られたのが気圧の谷が通過した11月11日午後と12日午 前で、あとは4月の6日にほんの僅かパラパラって程度でした。
勝手な事をへたくそな文章で綴ってさぞ読み辛かった事でしょうが、どうぞお許し 下さい。私のつたない経験が何等かのお役に立てれば幸いです。 合掌
在 横浜市港南区 K.ame