道  南
2005年12月26更新

函館本線
函館発旭川行121
上目名
スハ45
1984年3月廃駅)
1
983年3月

峠の列車交換、誰も乗り降りしない駅で、列車はのんびりと停まっていました。
乗車区間:函館小樽
函館本線
函館発旭川行121
塩谷

1983年3月


一本目の交換は、山線の主荷44レ。オユ+マニ×3+ハザ×3の7輛編成。
函館本線
函館発旭川行121
塩谷

1983年3月


二本目の交換は特急北海2号、列車はすぐに発車しますが、跨線橋を渡らずに、線路におりていくので樂に間に合います。
函館本線
札幌発函館行荷42
長万部

1984年3月

長万部温泉に泊り、夜行列車を見に行くと、雪化粧をほどこした
幻想的なスノートレインが現れ、しばらく見とれてしまいました。
函館本線
函館発札幌行荷43
熱郛
1984年3月


ニス塗りのままで残っている車輌でです。この昭和22年日立製造車は、座席フレームが模様入りで変っていました。

乗車区間:長万部蘭島
函館本線
函館発札幌行121
然別
1984年3月

1ヶ月前の改正で貨物列車が廃止となった山線ですが、まだタブレットが残っていました。
乗車区間:倶知安小樽
函館本線
函館発札幌行121
小樽
1984年3月


小樽でDD51からED76に機関車が替っても、暖房はSGのままでポカポカです。
函館本線
札幌発函館行荷42
小沢

1984年3月

岩内線の分岐駅、信号台は腕木信号機の名残です。
乗車区間:小樽昆布
函館本線
札幌発函館行荷42
小沢

1984年3月

トンネル餅というすあまの販売です。
乗車区間:小樽昆布
函館本線
タブレット閉そく装置
昆布
1984年3月

駅どうしが打合せをする際にベルを鳴らすのですが、「チン、チン、チン」、とか「ボン、ボン、ボン」という、音がします。
函館本線
札幌発函館行124レ
上目名〜熱郛

1984年3月


雪を巻上げながら、山を下っていく。鉄電のなごりがまだ残っています。

乗車区間:昆布熱郛
函館本線
函館発札幌行荷43
熱郛

1984年3月


124レから荷43レに乗換、
対向式のホームに停車済の列車に乗換ます。間に合いそうにない場合は、線路に下りて飛び乗ります。
乗車区間熱郛札幌
函館本線
函館発札幌行125
大沼

1984年11月

ほとんどの列車は駒ケ岳の左側を走りますが、当列車は右側の砂原線を回っていきます。
乗車区間:函館長万部
函館本線
札幌発函館行荷42レ
小沢
1985年3月

何度、力餅で腹を満たしたことか。
旧客が無くなる前に、販売の爺様は現われなくなりました。
乗車区間:札幌長万部
函館本線
函館発札幌行荷43
熱郛

1985年3月

長万部の湯に浸かり、「旧客」の行ったり来たりが始まりました。小樽発函館行124レとの交換待です。
乗車区間:長万部昆布
函館本線
函館発札幌行荷43
熱郛〜上目名
1985年3月


上り勾配の右カーブです。デッキの扉を開けて、冷たい手摺をしっかり握りしめて、身を乗り出しました。
函館本線
函館発札幌行121
張碓

1985年3月

通過列車が多い中で、旧客が停まるのは、この121レだけです。どういう訳か、除雪されていない端に停まります。
乗車区間:昆布札幌

2006年3月18廃駅
函館本線
札幌函館行128レ
銀山

1985年5月


うすぼんやりとした新緑の最も美しい頃です。二股で下車をして、二股ラジューム温泉泊りです。

乗車区間:札幌⇒二股
函館本線
函館発札幌行121レ
二股

1985年5月


再び旧客して、札幌まで戻ります。

乗車区間:二股札幌
函館本線
函館発札幌行121
小沢〜銀山

1985年5月


2ヶ月前に同構図で写真を撮ったカーブです。
函館本線
函館発札幌行121
昆布〜ニセコ

1985年5月


尻別川に沿ってくねくねと走りいると、少しづつ羊蹄山が迫ってきます。
函館本線
函館発札幌行121
昆布〜ニセコ

1985年5月


列車はガラガラなので、右へ左へ展開する、羊蹄山を思う存分楽しめます。
函館本線
函館発札幌行121
小沢〜銀山

1985年5月


峠に向い長い登り勾配走行中です。紅葉のような、いたや紅葉の新緑が続きます。
函館本線
函館発札幌行121
張碓
1985年5月


このような所で誰が利用するのかという、防波堤のようなホームです。

2006年3月18日廃駅
三菱石炭鉱業鉄道
大夕張発清水沢行混4レ
清水沢
1985年6月

三軸ボギー車は、幼少の頃に東海道本線でマハ29とかマハ47に乗って以来のことでした。

乗車区間:南大夕張清水沢間乗車
三菱石炭鉱業鉄道
大夕張発清水沢行混4レ
清水沢
1985年6月

一ヶ月前の坑内爆発や坑内火災により、存続が危ぶまれるようになりました。
三菱石炭鉱業鉄道
大夕張発清水沢行混4レ
清水沢
1985年6月

広窓ながら、木造客車の鋼体化なので、随所に名残がありました。
さよなら冬の函館本線
小樽函館行124レ
銀山

1986年1月

「旧客最後の冬」

北国の遅い夜明け、ホームはスケートリンクのようになっており、何度も滑りました。

乗車区間:塩谷熱郛
さよなら冬の函館本線
函館発札幌行荷43
熱郛

1986年1月


124レから荷43レに乗換えて、札幌まで乗車をします
乗車区間熱郛札幌
さよなら冬の函館本線
函館発小樽行125
長万部

1986年1月

今回は車中二泊の乗りまくりとなりました。
ドアは手動なので、どこでも乗り降り自由です。
乗車区間:長万部余市
函館本線
函館発小樽行125
二股

1986年1月


スハフ44は車掌室が最後部なので、車輌の向きにより、簡易展望車にならない時は魅力半減になります。
函館本線
函館発小樽行125
ニセコ

1986年1月


特急北海4号と交換、125レはガラガラ、昨日も今日も5分遅れで超満員でした。
函館本線
札幌発函館行荷46
倶知安

1986年1月

「さよならスノートレイン」
銀世界の山線を、夜汽車は行きます。
乗車区間:余市函館
函館本線
札幌発函館行荷46

1986年1月

山線を下り、長万部からはスピードが上がります。巻き上がる雪で、厚化粧になっていました。
函館本線
函館発札幌行荷43レ
朝里〜張碓
1986年3月

架線の鉄柱が片持ちになる最も写真になるカーブです。

乗車区間:長万部⇒札幌
函館本線
札幌発函館行荷42
銭函〜張碓

1986年3月

恵比須島、石狩湾に沿って、スラロームを描きながら走ります。
乗車区間:札幌函館
青函航路
函館桟橋
1986年3月
大雪丸

夜間の大雪丸の接岸。スラスターがないので、タグボートが押します。
さよなら春の函館本線
函館発札幌行荷43
銀山

1986年5月

停車時間中に、上着を借りて、念願の車掌になりました?。
乗車区間:札幌倶知安
19年後に車掌復活
さよなら春の函館本線
札幌発函館行荷42

銀山

1986年5月

残雪残る山に、紅葉のような新緑。珍しく重連です。
さよなら夏の函館本線
札幌函館行荷42

1986年8月


蛍光灯化されている車内ですが、デッキは白熱灯のままです。
さよなら夏の函館本線
函館発札幌行荷43
鷲ノ巣信号所
1986年8月

部分的に単線が残っている区間です。交換列車はなく、時間調整のようにしばらく停車してました。
乗車区間:森ニセコ
さよなら夏の函館本線
函館発札幌行荷41
函館

1986年8月

夏休みだけ、カーペット車の増結がありました。しかし連絡船が着く前に、車内は鉄チャンですでに占領されいるのです。
乗車区間:函館札幌
さよなら夏の函館本線
函館発札幌行荷41
朝里〜張碓
1986年8月

北海道の特有の朝霧の中を、石狩湾に沿って小樽札幌間をノンストップで走ります。
さよなら旧客の函館本線
岩見沢客車区
1986年10月

カーペット車と共に団臨等に使用された、素朴なニス塗りのお座敷車です。
さよなら秋の函館本線
函館発札幌行荷43

倶知安

1986年10月

急行ニセコとの交換です。もはや4輌のミニ編成ですが、修旅で増結がありました

乗車区間倶知安札幌
さよなら秋の函館本線
函館発札幌行荷43
小沢〜銀山
1986年10月

紅葉のハイシーズンですが、土砂降りになってしまいました。
さよなら秋の函館本線
札幌発函館行荷42
銀山

1986年10月


北海道では最後の乗車となる、列車になってしまいました。思い出深き銀山駅。
乗車区間:札幌⇒倶知安
三菱石炭鉱業鉄道
清水沢発南大夕張行混5
清水沢
1987年1月
(1987年6月廃線)

DD51の重連で山を下る、石炭満載のセキ列車と、山を戻る客車は、空のセキにくっ付いていきます。
乗車区間:清水沢⇒南大夕張
三菱石炭鉱業鉄道
清水沢発南大夕張行混5
清水沢〜南大夕張
1987年1月
(1987年6月廃線)

一日一往復の混合列車。長いセキ(石炭車)にぶり下がり、だらだら走ります。3軸ボギー台車は、ワルツの調べは一瞬で終わりました。
三菱石炭鉱業鉄道
南大夕張清水沢行混4

大夕張
1987年1月

空のセキが開放されて、後部に石炭満載のセキが連結され、明朝山を下って行きます。
さよなら青函連絡船
函館発青森行22便
函館

1988年1月


特急北斗8号の接続の、八甲田丸。
さよなら青函連絡船
函館発青森行22便
函館

1988年1月


汽笛を函館の街に響かせ、出船です。
さよなら青函連絡船
青森発函館行25便
十和田丸
1988年1月

接岸間近の連絡船です。3月いっぱいで船からトンネルに変り連絡船の幕が閉じます。
さよなら青函連絡船
青森発函館行25便
十和田丸
1988年1月

タグボートが押して接岸です。
さよなら青函連絡船
函館発青森行20便
函館

1988年1月

連絡船(十和田丸)の後部から、コンテナー列車が積み降ろしが込まれています。
青函連絡船旅客名簿
1988年1月

住所と氏名を記入の上、乗船前に係員に渡します。グリーン船室の場合は、淡緑色の用紙になります。
さよなら青函連絡船
函館発青森行20便
函館

1988年1月


普通船室の椅子席です。リクライニングはしないキハ82系と同じシートです。

乗船区間:函館⇒青森
さよなら青函連絡船
函館発青森行20便
函館

1988年1月


連絡船を代表するマス席です。
青函連絡船
函館発青森行20便
十和田丸

1988年1月

船内でグリーン席に変更すると、船名が入った硬券が手に入り、しかも錨の検札が押されます。
函館本線
C62ニセコ
小樽発倶知安行9162
小樽

1988年6月

引込み線からホームへ移動中です。小樽の街にドラフトが響きます。
函館本線
C62ニセコ
小樽発倶知安行9162
小樽
1988年6月

北国の夏は程遠い、発車前にSGで車内はポカポカです。

乗車区間:小樽⇔倶知安
函館本線
C62ニセコ
小樽発倶知安行9162
銀山

1988年6月

JR化でなんと山線に、SLが復活。旧客に又乗れるだけで、満足でした。
函館本線
C62ニセコ
銀山駅
小樽発倶知安行9162

1988年6月

上りホームは使用停止とみえて、崩れかけていました。
函館本線
C62ニセコ
スハシ44
小樽発倶知安行9162

1988年6月

厨房がないので正式なスハシとは言えませんが、動くカフェ車です。
函館本線
倶知安
1988年6月

C62が機回しをしながら、客車の入替えまで行います。北海道鉄道文化協議会・JR北海道・JALの協賛ですが、ガラガラでした。
函館本線
倶知安発小樽行
余市
1988年6月

ホームでスーパーニッカの試飲がありました。手を振っている場合ではありません、酔っ払ってデッキから落ちないように・・

乗車区間:倶知安⇒小樽
函館本線
C62ニセコ
小樽発倶知安行9162レ
小沢〜倶知安
1989年6月

もともとSLファンではなかったので、初めてC62の走行を間近に見ました。

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